第7話 初手、ソルジャー





「では、ターンさんはシーフでよろしいですか?」


「ちょっと待って」


 わたしは受付嬢さんを遮って、ターンの両肩に手を乗せた。ターンのキラキラした瞳が可愛いが、それはまあ今はいい。それよりだ。


「ターンはわたしのこと信じてくれる?」


「信じるぞ」


 迷いのない返答に鼓動が高鳴る。この子はわたしが守らねば。


「お姉さん。ひとつ聞きたいんですけど、途中でジョブを変えたらどうなります?」


「え? そんな勿体ないことを」


「どうなるんですか?」


「補正パラメータ値の10分の1が基礎パラメータに加算されますけど、補正が全部無くなりますよ。あと、スキルは残りますね」


 ここまでは、『ヴィットヴェーン』の仕様と一緒だ。イケるか?


「ジョブを変える人って結構いるんですか?」


「上級ジョブや派生ジョブに変える人はたまにいますけど、それ以外ではほとんど」


「なるほど」


 後はどれくらいの効率でレベルアップできるか、そこが問題か。でもおかしいな。



「あの、話は変わるんですけど、迷宮ってどれくらい前からあるんですか?」


「それは……。この街は元々、迷宮があるからできた経緯がありますから、200年以上は前だと聞いています。けれど」


「けど?」


「ステータスが確認できるようになったのは、つい20年ぐらい前だそうです」


「それは、ステータスカードがドロップするようになった、ってことですか?」


「そういうことです」


「じゃあそれまでは、ジョブもスキルもステータス補正も無かった」


「はい」


 これで疑問は解決した。20年という期間では、ステータスやジョブの解析ができていないんだ。ゲームなら時間進行はあっという間だし、色々検証できる。ネットもあったし。

 だけどこっちでそれをやるなら、それはもう人体実験だ。酔狂な人が試した可能性はあるけど、ジョブ変更の恩恵なんて、マルチロールになれることと、アホみたいにレベル上げてやっと効果が出るくらいのもんだ。



 つまり、これからわたしがやろうとしていることは、自分自身とターンを使った実験になる可能性が高い。巻き込むのか? 彼女を。このままシーフからニンジャで十分強くなれる。だけど。


「サワ」


「なに? ターン」


「ターンはサワを信じるぞ」


 わたしが悩んでいるのを感じ取ったのだろう。ターンは曇りの無い表情で断言した。


「ターンは強くなれる?」


「勿論だよ。だけどわたしのやり方は普通じゃないと思う」


「いい。やる」


「一月くらい迷宮に籠り切りになるようなことも、するかもだよ」


 横で受付嬢さんが、愕然とした顔をしている。知るか。


「強くなるなら、やる」


「……わかった」


 ターンの瞳には、迷いはない。ただ強くなるための渇望があった。理由は分からない。だけど、そこまで言うなら付き合ってもらおう。わたしもやるからさ。


「お姉さん、ターンのジョブは『ソルジャー』でお願いします」



 ◇◇◇



 ターンに勧めたジョブ『ソルジャー』は前衛系の下位ジョブだ。STRが10あれば、誰でもなれる。ちなみに後衛系下位ジョブは『メイジ』こっちはINTが9あればいける。


 その『ソルジャー』だが、特徴としては器用貧乏という表現が一番しっくりくるだろう。レベルアップ時にVIT、STR、AGI、DEX、前衛系ステータス全てが上がるんだ。上げ幅は0~3。だけどここで、ターンのLEAが活きてくる。実に19だ。5%強の補正がかかる。これでレベルを30くらいまで上げれば。でゅふふ。

 要は、そこからシーフ系に移行すれば、力強いシーフが出来上がるっていう寸法だ。やるしかねぇ。


 わたしも同じだ、プリーストで終わるつもりはないし、次のジョブも決めてある。


「ターン、二人で強くなるよ!」


「おう」



「で、では本当に『ソルジャー』でよろしいんですね」


「うん。お願い」


 受付嬢さんによる再三の確認の後、ターンはソルジャーになった。



 待ち合わせの宿まで歩きながら、フンスフンスと鼻を鳴らすターンが可愛い。余程冒険者に成れたのが嬉しいのだろう。

 途中で武器屋、例のボータークリス商店に寄って、ターン用の武器を買った。短めのショートソードでお値段7000ゴルド。


「これも貸しだよ」


「分かった。ありがと」



 ◇◇◇



「お待たせしましたー」


「おう、待ってたよ。ちゃんとジョブには就いたのかい?」


「はい。わたしはプリーストで、ターンは」


「ソルジャー」


「そうか」


 アンタンジュさんが微妙な顔をしている。ターンに才能が無かったとでも思っているんだろうな。ところがどっこいだ。


「ターン、ステータスカード見せてあげなよ」


「ん」


「なんだこれ!? なんでシーフにしないんだよ!」


 アンタンジュさんが怒るのも分かる。だけど、そこは納得してもらうしかない。


「意味はあるんです。あえてソルジャーなんですよ」


「サワがターンを気に入ってるのは分かってる。本当なんだな?」


「はい! 鳥が飛び立つ時、助走をしませんか? 強く羽ばたいて、それから空に浮かびませんか? ターンは今、それをやるんです」


「なるほど。サワは良い言葉を知っているな」


 いや、アンタンジュさん説得用に、昨晩考えただけなんだけど。効果があったようでよかった。彼女は感慨深そうに頷いていた。ちょろいぞ。



 ◇◇◇



 迷宮までの道中、わたしはターンに戦い方を伝授していた。レベル0プリーストが何をほざくかであるが、今後に繋がるので仕方が無いんだ。


「いい、ターン。その剣は防具だと思って」


「剣だぞ?」


「うん、だけどそれは防具。敵の攻撃が来たらそれを捌くの。相手を切ろうなんて思わないで。やっていいのはトドメを刺す時だけ」


「分かった」


「なるほど。今からシーフの動きを教え込むのね」


 ウィスキィさんが会話に混じってきた。


「さっすが、分かりますか」


「そんな会話を聞かされればね。ターン、サワの言っていることは正しいわ。信じてあげて」


「最初から信じてる」


「あらあら」


「……ターンは恵まれている」


「がんばってくださいですわ!」


 ジェッタさんと、フェンサーさんまでターンを励ましてくれた。可愛いもんね、ターン。強くなって、もっと人気者になろうぜ!



「ほら、あそこが迷宮の入り口だ。ようこそ迷宮にってな」


 アンタンジュさんがニヤリと笑う。そうやって新人の顔色を窺っているんだろうけど、わたしは勿論、ターンも普通のまんまだ。この程度でビビっていたら、今後なんてない。


「可愛げないねえ。そこが頼もしいんだけどね」


「うっす」


「うっす」


 わたしとターンが同時に応える。どんとこいだ。



 そうして一行は、ずんずんと迷宮を目指す。そこには、多くの人がいた。

 バリバリの冒険者っぽい人から、パワーレベリングなのか、大した装備を持たずに引率される、比較的若いひとたち、そして。


「あれって、怪我人?」


「そうだよ。治療に行く途中だろうな。ほら、まわりが道を空けてるだろ」


「迷宮で治療? あ、そうか」


 スキルは迷宮でしか使えない。つまり、プリーストの治療系スキルもそういうことだ。この世界の外科医は、迷宮常勤かあ。


「プリースト互助会が持ち回りでやってるのさ。サワもプリーストやっていくなら、どこかで関わるかもな」


「はい。ヤバい組織とかじゃないですよね」


「あははは。大丈夫、今の会長も副会長も良い人だよ」


 アンタンジュさんは心底楽しそうに笑った。

 だけど私としては、治療を盾に金稼ぎに奔放する悪の組織だとしても、おかしくないと考えてしまう。それくらいの用心は必要だ。


 そうしているうちに、私たちの順番が回ってきた。


「さあ迷宮だ。あんたら、覚悟は決まったかい?」



 決まらいでか。ここからわたしと、そしてターンの伝説が始まるんだから。


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