第96話 サワの放つ狂気





 ばぎょっ!


「ぐぎゃあぁ!」


 訓練場に嫌な音が響き渡った。同時におっさんの汚い悲鳴が上がる。

 やったのはテルサーだ。今はシーフで前ジョブがカラテカ、ついでに言えばその前はパワーウォリアーという経歴を持つ彼女は、速さと力と技で見事に相手の膝を砕いてみせた。

 本職はハイウィザードなんだけどね。意味不明だ。


「サワとターンに絡みましたよね。覚悟はあるんですよね。死なないだけマシですよね」


 怖いよ、テルサー。そういうキャラだっけ。


「ぶっ壊す……」


「……ぶち壊す」


 シュエルカ、ジャリット、キャラ被ってるよ。

 ジャリットは硬いから良いけど、シュエルカ、あんたも後衛系で柔らかいんだから、そこそこにね。


「ぐぼあぁぁ」


「まだまだ、です。楽に倒れてもらっては困ります」


 モンクの経験があって、今はカラテカのリィスタは、ボディブロウが得意みたいだ。時々相手の攻撃が当たるけど、物ともせずに打撃を返している。クロスレンジガチ勢だ。

 何かウチの子たちが、バイオレンスなんだけど。


「よくもサワにちょっかいをかけたわねっ!」


 ばきぃん!


「覚悟しなさいよっ!」


 びきぃん!


 いやいやいや、ズィスラ。ツンデレの方向性としてはどうなんだろう。

 ウォリアー、シーフ、ファイター、カラテカ、グラップラーときたズィスラは、バリバリの前衛だ。相手に近づいたかと思うと、敵の手足の何処かが逆側を向いている。



「ちょっとは苦戦するかと思ったんだけど」


「気合が違う」


 ターンが妙に誇らしげに言った。そういうもんなのかな。


「やっちゃえズィスラ」


 ヘリトゥラもそういうキャラだっけ?

 さっきまでシッポへにょんだったチャートとシローネも、ギラギラした目で戦況を窺っている。


「どういうことだ? なんなんだこれは?」


 ザゴッグさんが、いいや、ザゴッグが何か言ってる。

 すでに18名中、17人が沈むか、もがいている。残っているのはザゴッグだけだ。それを取り囲む5人。さて、どうしたもんか。


「みんな一旦停止!」


 ザゴッグを取り囲んでいた5人が止まった。


「5対1は流石にないでしょ。相手はレベル30超えのパワーウォリアー、ぷふっ、だよっ、ふひょっ」


 ヤバイ、煽るつもりはないんだけど、そういう笑い方をしちゃった。


「まあ、誰でも勝てるだろうけど、ここはレベルにはレベルってことで。ターン」


「おう」


 訓練場につむじ風が舞ったかと思えば、すでにターンがそこに居た。

 両腕を組み、胸を張り、威風堂々とした姿だ。見惚れるね。


「ターン」


「サワのご指名」


 悔しそうなズィスラに素気無い言葉を掛けて、ターンは5人を引き上げさせた。


「な、なんだあ、お前は」


「ターン、ただの黒柴。ただし、レベルは48」


「48……、だと」


「嘘は言ってない」


 実態はレベル48どころじゃない。普通にサーシェスタさんと戦ったら、ターンが勝つ。

 遠距離魔法合戦でもない限り、ヴィットヴェーンでターンに勝てる存在を、わたしは思いつかない。そういうことだ。



 両手両脚を複雑骨折したザゴッグその他が、有志によって迷宮1層の治療所に運ばれていった。


「いやあ、お互いに良い訓練でした。勝った側、負けた側、両方に経験という得難い利を残したことでしょう」


 いつの間にか背後にいた会長とウォルートさんに聞こえるように、わたしは独り言として呟いた。


「そういうことにしておくよ」


「事実ですから」


「あの、ターン嬢の強さとは」


 ウォルートさんが聞くので教えてあげる。


「ターンは今、イガ・ニンジャのレベル48です。ヴィットヴェーン最速が故に最強の存在ですね。サーシェスタさんも、ベルベスタさんでも勝てません。相性だけで言うと、ロード=ヴァイのハーティさんか、ホーリーナイトになった後のイーサさんなら、良い勝負ができるかもですね」


 もちろんわたしもだ。ただ、地上では絶対に勝てない。迷宮でスキルをフル活用して五分かなあ。


「さあ、ちょっと時間が押しましたね。直ぐに迷宮に向かいましょう」


「なんとも君は……分かったよ」



 ◇◇◇



「結局どういうつもりなんでしょうね」


「様子見にしては大駒が出てきたよ。『訳あり』の力を見誤っていたのかな」


「向こうの情報は伝聞ですからね。信じられなかったのかもしれません」


 35層でモンスターを屠りながら、わたしと会長は会話していた。背負子に乗せられた会長も慣れたもんだ。

 今日のお二人はカラテカだ。本当なら下ろして実戦経験をしても良いんだけど、ちょっと柔らかいからなあ。


「でもそれなら、今度は搦め手を使ってくるかもしれないよ?」


「なぎ倒します」


「え?」


「そんな物は力でねじ伏せます。会長もご存じでしょう。『訳あり令嬢たちの集い』は居場所なんです。それを脅かそうなどと、たとえそれが貴族であれ、王族であれ、わたしたちは打倒しますよ」


「冗談、ではなさそうだね」


「ええ、もちろん。本気ですから」


 わたしの背中にいる会長が、ちょっと震えているのが分かる。


「それはつまり、僕や叔父上が敵になった場合は」


「纏めて捻じり倒しますよ。わたしはサワノサキ領の領主ですよ。民を守るのは義務ですから」


「ははっ、どうやら叔父上は、とんでもない相手に爵位を与えたようだ」


 あんたの差し金だろうに。



「……明日からは、育成施設に護衛を付けます。『ブラウンシュガー』と『ルナティックグリーン』です。一応『世の漆黒』にも話は通しておきましょう」


「そう見るかい?」


「現状で、わたしたち最大の弱点はあそこですからね」


「うん。それで良いと思うよ」


 ところで、そろそろはっきりさせておいた方が良いかな。



 わたしは立ち止まって、背負子から会長に降りてもらった。ターンとウォルートさんもそうしている。

 考えてみたら凄い滑稽な光景だよね。


「会長、いえ、ジェルタード卿」


「……何かな」


「わたしは女男爵になりました。それは何故だと思いますか?」


「正直に答えた方が良さそうだね。君は君の守りたい者を守るために男爵になった」


「そうです。では、わたしが平民と貴族、どちらに重きを置くと思いますか?」


「言うまでもないね」


「はい。ですから、貴族のやり方を知らないわたしは、これから平民のやり方で、冒険者の流儀で事に当たります」


 仕方ないじゃないか。


「それが、君たちを破滅させることになったとしても?」


「破滅なんてさせませんよ。わたしとターンとみんながいる限り。例えば」


 次の瞬間、わたしはウォルートさんの首筋に大太刀の刃を当てていた。ターンのクナイは会長の喉元にあった。

 いつでも殺せるってことだよ。殺したくないから分かってもらえるかな。


「まったく、暴力だけでは解決できないことも多いんだよ?」


「それでも最強の力は物事を収めるのに、都合の良いモノでしょう」


「否定はしないから、そろそろ刃を放してもらえるかな。心臓に悪い」


「ターン」


「ん」


 わたしたちは刃を納めた。



「会長とフェンベスタ伯爵はわたしたちの味方であると思って、良いのですよね?」


「もちろんだよ」


「それは、ヴィットヴェーンの経済を上手く回すためですか?」


「否定はできないね」


「なら、その前提が崩れたなら、例えばわたしたちとサシュテューン伯爵が大混乱を引き起こしたとしとしたらどうしますか?」


「状況次第としか言えないね。だけど、僕たちはヴィットヴェーン全体の安定を守るよ。それは間違いない」


「その時にわたしたちが邪魔になったらどうします?」


「……」


「全力で抗いますよ。『訳あり令嬢たちの集い』はいつだって居場所を守るんです」


「高貴なる者と対立することになってもかい?」


「高貴なる者たちと、粗野なる冒険者たちの闘争ですね。勝てるとでも思いますか」


 そこでわたしは微笑んだ。


「そういう前提を知っておいてほしいのです。先ほどの言葉は全て本気ですからね」


「心に刻んでおくよ」



 ◇◇◇



「ちょっと空気が悪くなりました。ごめんなさい」


「いや、君の本音を知れて良かったと思うことにするよ」


「助かります。では、レベリングの続きですよ。背負子にどうぞ」


 そうして、カラテカ二人を乗せたわたしとターンは、35層を駆け抜けた。



 さて、釘は刺した。これでフェンベスタ伯爵は建前だけでも、完全に味方に回るだろう。恫喝だったけど、それだって力の使いどころだ。


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