第95話 テンプレに仕掛けた罠
「サワ」
「誰かつけてきてるの?」
「ん」
「振り切って終わり」
「分かった」
「おいおい」
「時間の無駄ですよ」
会長のツッコミは無視だ。
さて朝イチで、会長とウォルートさんにはジョブチェンジしてもらった。二人ともソルジャー。受付のスニャータさんが愕然としていたけど、関係ない。
ついでに、武器も全部インベントリに入れてもらった。ちょっと軽くなって結構結構。
まずは5層で、わたしと会長組はカエル狩り、ターンとウォルートさん組は7層でマーティーズゴーレム狩りだ。効率効率。
で、3時間後に9層で合流だ。
「まだついてきてる?」
「ん」
「しつこいなあ。じゃあ、ちょっと皆さん、ここで待っていてください。ターンは護衛ね」
「分かった」
「そこの4人組の皆さん、こんにちは」
「っ! お、おう。いきなりどうしたんだよ、嬢ちゃん」
「いえ、ちょっとご挨拶ですよ」
冒険者風っていうか、雇われたんだろうなあ。見た顔すらいるし。
「先日の5層ではみっともないところをお見せしました」
そうだ。見たことのあるそこの人は、あの時もいた。
「あの時使った『虚空一閃』。迷宮のどこかに相手を吹き飛ばすんですよね。だから証拠も何も残らないんです」
「な、何を」
「わたしはまだ穏便な方ですけど、ウチの狂犬たちは違いますよ?」
「……分かった。俺の負けだ、サワ嬢ちゃん。受け取った金はどうすればいい?」
「そのままでいいんじゃないですか? 情報も流して良いですよ。だけど、襲うのは無しで。わたしも、みんなも」
「肝に銘じるよ。そして約束する、俺は手を引く」
「お、お前、勝手に何を」
あれあれ、仲間割れかな。
「いいから。この人たちはな、俺たちのことなんて問題にすらしてないんだよ。命があるうちに抜けるんだ」
「じゃあ、わたしたちは行きますので、そっちはそっちで話し合って今後を決めてくださいね」
返事を聞く前にわたしは元の場所に歩き始めた。
クールに決まったぜ。格好良いぞ、わたし。
「殺したのかい?」
「まさか。穏便に話し合っただけですよ」
わたしをなんだと思ってるんですか。
◇◇◇
時間も惜しかったので、その日は35層まで突き進んで、レベリングした。結果、お二人とも見事にコンプリート。まあ、ソルジャーだしね。
「明日からの予定ですけど」
「その前に、昨夜の盗賊の件が聞きたいね。ハーティ」
「全員、冒険者崩れでした。裏はまあ、ありません。それだけですね」
「そうか……」
「それより副会長が困っていましたよ」
「ハーティさん、1週間の我慢と伝えておいてください」
「……分かりました」
あれ、そう言えば今の副会長って会ったことないなあ。
「話を戻して明日からですけど、わたしのお勧めは、メイジ、シーフ、カラテカ、ウォリアーですね」
「それのどれかを選ぶわけだね」
「いえ、全部です」
「全部……、かい」
「本当はプリーストを混ぜたいのですけど、日程がちょっと」
「ジェルタード様」
「なんだい、ウォルート」
ウォルートさんが割り込んできた。
「私のレベリング期間を、延長してはいただけないでしょうか」
「ほう?」
「先ほどサワノサキ閣下が仰ったジョブの他に、プリーストとパワーウォリアーを学びたいのです。その後、ヘビーナイトとなりましょう」
「なるほど、イーサ嬢と似た路線だね」
「はい。ですが、その間の護衛は」
「いいさ。それは『ホワイトテーブル』にお願いしようかな」
「お代は頂きますよ?」
「当然だね」
「では、ハーティさん手筈を」
「分かりました」
うわあ、わたしなんかやり手っぽいぞぉ。
今度、ワイングラスを片手に、猫を、ドールアッシャさんを脇に侍らせよう。
◇◇◇
で、2日後、会長とウォルートさんがシーフをコンプして、次はカラテカになろうと事務所に赴いた時に、事件が起きた。
「よおよお、アレが噂のねーちゃんかい?」
お食事処コーナーから下卑た声が聞こえる。どうもわたしに向かって発した様だ。
「あんなチビっこいのと、犬娘がヴィットヴェーン最強とは、時代も変わったもんだなあ」
あ、ターンもターゲットだったのか。
それにしたって、私が男爵なのを知ってるはずなのに、よくもまあ。
「あ、ウォルートさん、いいですから」
「相手をせずですか」
「いえいえ、まさか」
動こうとしたウォルートさんを止めて、わたしとターンは彼らに向かって歩き出した。
「何か用ですか?」
「用もなにも、噂の『訳あり』のツラぁ拝んでおきたくてなあ」
「さぞかし名のある冒険者さんでしょうけど、お目にかかったことがありませんね」
「ああ、俺たちは『鉄柱』って言ってな、1年前までここで最強張らせてもらってたんだよ」
「それは凄いですね。で、今は、某伯爵の飼い犬ですか?」
「てめえ!」
いやいや、知ってるんだけど。情報持ってるくらい想像してよ。それから、簡単に挑発乗りすぎ。
それと周りの連中、顔を伏せないで。肩が震えてるよ、笑いを堪えてるでしょ。
「残念ですけど、今の冒険者協会は暴力沙汰はご法度なんですよ」
「ほう? 噂に名高い冒険男爵様は、お逃げになるのかい」
だから、男爵に喧嘩売るなっての。
「そうですねえ、訓練ならどうでしょう」
「ほほう、おもしれえ、乗ってやろうじゃねえか!」
一斉におっさんたちが立ち上がった。おいおい、18人って3パーティか。
わたしはペチンと指を鳴らす。これもやってみたかった。
続けて立ち上がったのは『ブラウンシュガー』とズィスラ、ヘリトゥラだった。
こういう事があった時のために、毎朝付き合ってもらってたんだ。
「へえ、流石は男爵様、取り巻きの多いこって」
「いえいえ、わたしは手を出しませんよ。相手をするのは5人。リィスタ、シュエルカ、ジャリット、テルサー、そしてズィスラ」
後半は彼女たちに投げかけた言葉だ。今回は彼女たちに任せよう。
「えっ!?」
チャート、シローネ、なに驚愕してるの。あんた方が出たら、秒で終わるでしょ。ダメだよ。後、ヘリトゥラは純後衛ビルドなんだからまだ早い。
「じゃあ、訓練場に行きましょうか」
「はははっ、いいぜえ」
威勢よく裏手の訓練場へ向かう一行と、シッポをへんにゃりさせたチャートとシローネ、暗い表情のヘリトゥラ。そして、わたしとターンと観客が多数ってところだ。
「会長とウォルートさんはダメですよ」
「分かっているよ」
会長さんが関わると、大事になるからね。新米男爵のわたしはほら、赤と青を混ぜて紫色の血だから、なんとでもするからさ。ゾンビの返り血じゃないからね。
◇◇◇
冒険者協会の訓練場は結構広い。
わたしたちが到着すると、剣とかを素振りしていた、主に新人冒険者がぎょっとしていた。知っている顔がチラホラいるね。楽しいショーの開幕だから、是非見ていってほしい。
「さて、俺は『鉄柱』のリーダー、ザゴッグだ。パワーウォリアーでレベルは31だな」
「31……、凄いですね」
水陸両用みたいな名前だけど、前時代の冒険者としては正直凄い。
「他の連中もレベル20は超えてるぜえ。まさか今更逃げるとは、言わねえよなあ」
ねえ、おじさん。いたいけな少女たちに言う台詞かな?
「わたしはズィスラ、レベル20よ!」
何か自己紹介が始まった。ズィスラはソードマスターのレベル20、だけどウォリアー、ファイター、カラテカ、グラップラーを経由している。バリバリの前衛だ。
「リィスタ、です。レベル16」
「シュエルカ……、レベル18」
「……ジャリット、レベル17」
「テルサーです。レベルは18です」
という現状だけど、ジョブ遍歴があるからねえ。
ちなみにリィスタがカラテカ、シュエルカはシーフ、ジャリットもカラテカで、テルサーはシーフだ。都合良く前衛ジョブで揃っている。
「では条件です。これは訓練ですので、武器は無し。防具はアリです。怪我は良いですけど、死なせるようなのはダメですよ。ターンが止めますので、気を付けてくださいね」
「素手? 素手かあ、いいぜえ」
素手だからシーフも前衛ってことにできるわけだよ。だけどパワーウォリアーからしたら、絶好の舞台なのかもね。ああ、付け加えるならテルサーはパワーウォリアー卒業してるよ。
繰り返しになるけど、地上ではスキルを使えない。これが迷宮での決闘だったら、こっちの圧勝だ。スキルが違いすぎるよ。
だけどこの場所なら。まあ勝てるだろうけど、結構良い勝負になるんじゃないかな? 全員が前衛系ジョブを4つ持ってるし、実戦経験も十分だから。
「では、始めてください!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます