第94話 ハイパーレベリング
別に定規でボタンを連打するわけじゃないよ。このネタ、昔お父さんに教えてもらって、いつかやってみたくて、それでも実現しなかったんだ。まあ、今回は違うけど。
「それはなんだい?」
「
迷宮の入り口で出会った会長とウォルートさんは、『訳あり』謹製のレッサーデーモン・スライム革鎧を着ていた。他にもしっかりと、マーダーベアの皮から作られた手甲を装備して、ブーツも履いている。いいね。
会長の武器は、なんでも男爵家に下賜された逸品『赤撃の杖』、ウォルートさんは+2相当の片手剣と大楯だ。
「じゃあ座ってください。そして革紐で身体を固定してくださいね。なるべく揺らさないように走りますから」
わたしとターンが背負子を背負って、それぞれ、会長、ウォルートさんに背中を向けた。
「これに座る?」
「ええ、時間の節約になりますから」
「では、失礼します」
ウォルートさんが意を決したように、ターンの背負子に座って自分を固定した。困惑しながらも、会長が続く。なんでこの組み合わせかと言えば、補助ステータスの関係でターンの方が力持ちだから、仕方ないね。
「『活性化』」
迷宮1層に入った瞬間、わたしとターンはスキルを使った。体力バフだ。
そして一気に駆け出す。お二人の姿をあんまり1層の住人に見せるのも気が進まないしね。
お二人とも鍵は取得していたので、問題なく9層まで突撃した。途中で何匹かモンスターが出てきたけど、ターンがちゃちゃっとやってくれたよ。
「『ダ=リィハ』」
ターンがサクサクと魔法で敵を倒していく。会長とウォルートさんは背負われたままだ。いちいち下ろして守るのも面倒くさい。
『訳あり』メンバーによって、9層の攻略パターンは完成している。
どれだけ効率よく扉を開けていくか、周回ルートもそうだ。
「あの、このままでよろしいのでしょうか」
「大丈夫ですよ。周りの目は避けています」
「いえ、そういう意味ではなく」
「会長」
「な、なんだい?」
「パワーレベリングの契約で、危険は極力避けることは明示されていましたけど、名誉や尊厳についての記載はありませんでしたよね」
「それは、そういう意味かな」
「どうでしょう。価値観とは人それぞれですので」
1時間後、会長はレベル10、ウォルートさんはレベル11になっていた。
◇◇◇
「ターン、行ける?」
「全然いける」
「よっしゃ」
そのままわたしたちは22層を目指す。そこで会長たちをマスターレベルまで引き上げるんだ。
ただ、ひとつ問題が。
「な、なんだ、ありゃ」
「あの背負われてるのって、会長じゃねえか?」
「サワお嬢とターンちゃん、遂にそこまでやるようになったか」
「すげえ度胸だぜ」
そう。人気スポットなものだから、冒険者が多いんだ。多分今晩にでも噂になることだろう。
だけど、仕方ないね。契約に関しては守られているんだからさ。あはは。効率、効率ぅ。
「今度は顔を隠す布とか用意しようか」
「ん」
気遣いは大切だ。わたしは日々成長していくのだ。
さらに2時間、お二人が22層でマスターレベルになったので、わたしたちはさらに下層を目指す。31層だ。
ゲートキーパーのロードスケルトンをサクっと倒して、27層へ。さらにそこから31層まではノンストップだ。階段付近には陣地があった。おなじみの場所だね。
「お疲れでしょう。一度休憩を挟みましょう」
「あ、ああ。助かるよ」
会長がレベル15、ウォルートさんは14まで来た。さあ、ここからが勝負だね。
「おう、サワ嬢ちゃんじゃねえか」
「お疲れ様です、シンタントさん」
『リングワールド』のシンタントさんだ。今日は『ワールドワン』が来てたのかな。
「や、やあ」
「げっ! か、会長」
あわてて『ワールドワン』の面々が膝を突いた。
「ああ、今日は冒険者だからね。顔を上げておくれよ」
「はっ!」
シンタントさんが抗議をするような目でこっちを見ている。知らん。
「サワ嬢とターン嬢にパワーレベリングを頼んでね。中々独創的な手法だったよ」
ほう、独創的と言って誤魔化すか。やるな。
「で、ここは何層なのかな?」
「31層です」
「31……、31!?」
ウォルートさん、そう驚かなくても。適正レベルの倍ちょっとじゃないですか。大丈夫、大丈夫。
「じゃあ乗ってください」
「ま、また乗るのかい? 後ろからの攻撃とかは」
「ターンがいる限り、バックアタックはあり得ません」
「そう、か」
というわけでお二人を乗せて、わたしたちは31層を徘徊し始めた。
「ひでえ。おい、撤収だ。サワ嬢ちゃんたちが来たんだ。今日は狩りにならねえ」
背後でシンタントさんが何か言ってるけど、気にしないでおこう。
◇◇◇
「遅くなっちゃったね」
「お腹減った」
「そうだね」
とにかく二人のコンプリートを目指したので、結構遅くなっちゃった。会長とウォルートさんは、本日クランハウスにご宿泊だ。たまに役立つ、1階の客間だね。
「ようこそ会長。お疲れ、サワ、ターン」
「これはサーシェスタ嬢。お招きに与るよ。ついでに僕とウォルートも労ってくれないかな」
「こりゃ失礼、精神的にお疲れだったね」
「お見通しかい」
お二人さん、本当に何もしなかったからねえ。ただ、黙って担がれていただけでコンプリートレベルになっちゃったんだ。革命だよ、これは。
ちなみにわたしは2、ターンが1上がったよ。
「ほら、二人の苦労を労って乾杯だよぉ」
ベルベスタさんの音頭で、お酒と食事だ。年少組はもう寝てる。わたしとターンはミルクだね。
「あ、そうだ、ウォルートさん。イーサさんを紹介しますよ」
「紹介?」
別にカップリングじゃないよ。同じ護衛的立場ということでだよ。
「イーサです。初めまして」
「こちらこそ。ウォルートと申します」
涼やかなウォルートさんの笑みに、イーサさんがちょっと頬を赤らめた。おいおい、そうじゃないだろ。
「ウチのイーサは『訳あり』最強の護衛なの!」
横に居たリッタがインターセプトした。
「ほう、どのようなジョブをお持ちで」
「ナイト、ソルジャー、シーフ、カラテカ、グラップラー、エンチャンター、プリースト、モンク、そして今はヘビーナイトのレベル36よ。レベル40になったら、ホーリーナイトになるわ」
「なっ!」
そうなんだよね。イーサさんは9ジョブ持ちなんだ。しかも護衛寄りに取ってる。『訳あり』最強どころかヴィットヴェーン最強のナイトだろうね。
「素晴らしいですね」
おっと、ウォルートさんが持ち直したぞ。やるなあ。
「いえ、それほどでも」
イーサさん……。
「主の為に研鑽を積まれたのですね。これは私も頑張らねば」
「は、はい、そうですね」
ウォルートさん、ナチュラルかよ。リッタの目が厳しくなってるよ。
「さあ、会長、ウォルートさん、飲んで飲んで」
「あ、ああ、ありがとう。で、明日の予定は?」
「協会事務所でジョブチェンジしてから、今日と同じことをします」
「……分かったよ。よろしく頼むね」
「はい」
夜は更けていった。
そしてその日の深夜、『訳あり令嬢たちの集い』のクランハウスに強盗が押し入った、らしい。
◇◇◇
「よくもまあ、こんなあからさまに」
翌朝、5人の冒険者風の男たちが、お縄になっていた。
捕まえたのはわざわざ1階で寝ていた、チャートとシローネ、そしてドールアッシャさんだ。ウチのワンコとニャンコを甘く見てもらっては困るね。
勿論、昨夜会長とウォルートさんに泊まってもらったのは、ワザとだ。だからって言って、初日から引っかかるなんて。
迷宮の浅い所で、妙な動きをしている冒険者が何人かいたんだよね。探知してくれたのはターンだけど。
「そそのかされたそうですよ」
ハーティさんがゴミを見る目で言った。
「おおよそ、男爵令息が宿泊したクランハウスに強盗が入った、なんていう噂を流そうとしていたんでしょうね」
「裏は取れましたか?」
うわあ、現実で一度は言ってみたかった台詞が言えちゃったよ。
「まさか」
そうだよねえ。
「会長、こういう時はどうすべきでしょう」
「官憲に引き渡すべきなんだけど、ここはサワノサキ領だからね」
「じゃあ、寄り親に頼っても良いですよね」
「そういうことになるね」
「じゃあ、後はハーティさんたちに任せて、わたしたちは出発しましょう」
「え?」
こんなことでパワーレベリングの日程を崩すわけないじゃない。
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