第93話 女男爵のやるべき事
「サワ・サクス・サワノサキ名誉男爵よ」
「はっ!」
「神より授かりし王権の代理者として、王家に忠誠を、民への奉仕を誓えるか」
「御誓い致します」
「よかろう。本日、今この時より、そなたはサワ・サクス・サワノサキ女男爵だ。その血に懸けて義務を果たせ」
「全霊を以って」
ああ、茶番だ。
ヴィットヴェーン領主、ジャックルール・イトル・フェンベスタ伯爵が、わたしに誓いの短剣を手渡した。肩を剣でトントンとかは無かった。あれって騎士の誓いだったっけか。
しかも、しかもだ。ここはヴィットヴェーン中央広場だ。多くの冒険者や仕事に従事している人たちの眼前で、わたしは儀式に駆り出されたんだ。まあ、ツェスカさんとかドワーフのおっちゃんたちが祝ってくれたのは、嬉しかったけどさ。
「サワノサキ女男爵は、これよりフェンベスタ家の庇護下となる。我が家が全力を以って彼女を支えることを、ここに誓おう」
はい。これでわたしはフェンベスタ伯爵と一蓮托生だ。
「また、領地はヴィットヴェーン迷宮、北部一帯とする。領民となった者たちよ、サワノサキ女男爵を支えてもらいたい」
育成施設の子供たちが一斉に拍手をしてくれた。事前に練習してたの知ってるんだぞ。
施設長のマーサさんも、にこやかに笑っている。なんで男爵夫人がわたしの領地で働いているんだろう。不思議だね。
◇◇◇
そして夜、今度は伯爵邸でわたしが主役の晩餐会だ。ホントに勘弁してよ。
『訳あり』からの出席者は、わたしとサーシェスタさんとハーティさんだけ。要は貴顕な方々だ。リッタもそうなんだけど訳あり過ぎて、参加は見送った。
衣装? 冒険者なんだから、ガチガチの冒険者装備だよ。貴族だから武器の持ち込みも自由なんで、大太刀も持ってきた。
「いやあ、おめでとう。貴女ならきっとこうなると思っていたよ」
「ありがとうございます」
そう言って現れたのは、カムリオット子爵令息だ。リッタのお兄さんだね。
何故か友好の短剣をくれたあの人だ。まあリッタは良い子で仲良しだし、年少組にも好かれているからいいけどね。許してあげるんだからねっ。
「また一緒に迷宮を潜りたいものだよ。……リッタとイーサにもよろしくね」
最後は小さい声だった。良いお兄さんって感じなんだよね。敵対派閥とかめんどくさい。
「初めましてだな、そして男爵授爵おめでとう。私はジェートリアスタ。サシュテューン伯爵現当主だ」
続けては、満を持してのジェートリアスタ・エア・サシュテューン伯爵の登場だ。
尊大ではあるけど、中々の美形だ。茶色の短髪と青い瞳。体つきもスッキリしている。目つきは鋭いけど、気のせいかちょっとわたしを見る目がいやらしい。悪役っぽいけど、典型的な腐れ貴族の感じは薄いね。
フェンベスタ伯爵と、ほぼ同年代の40代半ばくらいかな。
「初めまして。閣下のお目にかかること、光栄にございます」
「ふむ。私ならば貴様の功績、子爵を用意したのだがな」
「身に余る褒賞は、逆に身を滅ぼすことに繋がります故」
「中々殊勝ではないか。惜しいな」
何が惜しいんだか。
「そのうち、愚息が顔を出すだろう。よろしくやってくれ」
「はっ!」
聞いてないぞ、それ。息子を寄越すって、どういう意味だ?
嫌な予感どころか、嫌な事が起きるの確定じゃないか。
決めた。明日から迷宮に籠る。誰にも邪魔はさせないぞ。
「やあサワ嬢、この度はおめでとう」
「ありがとうございます」
今度は冒険者協会会長、ジェルタード・イーン・カラクゾット男爵令息が現れた。コマンドで逃げるを選択したいなあ。
よく考えたらこの人もイケメン? なんだよね。貴族って凄い。
「僕のレベルアップの件、明日以降でお願いできるかな」
「問題ありません」
やっべえ、忘れてた。
いっそパワーレベリングと称して、1週間くらい目の前の人を迷宮に閉じ込めるのもアリかも。
「ああ、彼も紹介しておこう。僕の護衛、ウォルートだ」
「ウォルートと申します。閣下にお目にかかり、光栄に存じます」
会長の背後から現れたのは、微妙に長い金髪のお兄さんだ。引き締まった長身で、なんかすっごいキラキラしてる。
何より凄いのは、目が優しいことだ。こんな新米で年下の女男爵を侮るところが欠片も無い。なんだこの完璧お兄さんは。
「サワと申します。お話は頂いています。お二人でレベリングということですね」
「はい。私はナイトのレベル8です。マスターレベルは達成したいと考えています」
「会長はウィザードのレベル5でしたよね」
「うん、そうだよ」
そっか、そっかぁ。
「お二人は今後、どのようなジョブを選択される予定ですか?」
「僕がジョブチェンジ?」
「それは私にジョブチェンジをと?」
「当たり前じゃないですか。強くなるなら一択ですよ」
相手が会長とその護衛さんだけに、私の口調はちょっと軽くなった。
「それにしても、どうしていきなり鍛えたいんですか」
「ああ、今回の件で色々あってね。冒険者協会の会長たる者、強くなくてどうするなんて言い掛かりがあったんだよ」
「それはまた」
協会の会長さんは、冒険者が恙なく活動できるように便宜を図るのが本分だろうに、なんでそういう話になるんだか。やっぱり、例の伯爵の嫌がらせなのかな。
「分かりました。わたしとターンが直々に、しかも短期間でそこらの冒険者なんて歯牙にもかけないくらい強くしてみせましょう」
「お、お手柔らかに頼むよ」
「ありがとうございます」
最後までウォルートさんはキラキラしていた。
◇◇◇
「あー、疲れた」
「お帰り、サワ」
「ターンもお留守番ありがとう」
「おう」
ああ、癒される。やっぱりわたしはこっち側の人間だよ。
「ベルばあに聞いた。サワはターンたちを守るために貴族になったって」
「そこまで大袈裟な話じゃないよ」
「でも疲れてる」
「ポーション飲むから大丈夫」
「ありがと。ターンは貴族できないけど、絶対にサワを守るぞ」
思わずターンに抱き着いて、頭をくしゃくしゃに撫でてしまった。シッポがゆるゆると動いている。
ああ、ここが原点なんだ。わたしの居場所にはターンが居てくれる。だから頑張れるんだ。よっし、やる気出てきたぞ。
「ねえターン」
「なんだ?」
「明後日から、貴族関係の二人をレベルアップするんだ。手伝ってくれる?」
「おう」
「ありがと」
「ほらほら二人の時間は終わりにして、あたしたちのサワ閣下誕生の祝いだよ!」
「アンタンジュさん、止めてくださいよ」
「宴会をかい?」
「もう、呼び方ですよ」
って言うか大人組、もう出来上がってるじゃないか。お酒臭いよ。
ターン以外の年少組は居ない。夜も遅いし、もう寝たんだろう。
「サワ」
「どうしたのリッタ」
やってきたのはリッタとイーサさんだった。
「感謝しているわ。わたくしとイーサを守ってくれたのね」
「守ったというか、成り行きだよ。ああそうだ、お兄さんがよろしくって」
「ありがとう。……サワには言っていなかったわね。婚約破棄の相手、サシュテューン伯爵の三男坊なの」
「うええっ!?」
「伯爵はわたくしがここに居ることを知っているわ。その上で、サワがわたくしたちを領民にすることで、守ってみせるって、そう伯爵に言ったも同然なのよ」
そんなこと、ああいや、言われてみればそうか。確かに。
そう言えば愚息がどうこう言っていたっけ。まさかこのことか。
「わたしたちは仲間を守る。そうでしょ、リッタ」
「ええ、ええ!」
後ろではイーサさんが、直立不動のままダクダクと涙を流していた。イーサさんってお兄さんには辛辣だったけど、リッタは扱い違うんだね。
「サワに背負わせちまって、悪いねえ。どうやったってあたしには貴族様は無理だよ」
「わたしもよ。ごめんねサワ」
「いいんです、もう開き直りましたから。ここまできたら貴族の権力で色々やりますよ。アンタンジュさん、ウィスキィさんも手伝ってくださいね」
「クランリーダーの命令なら、仕方ないわね」
ウィスキィさんが苦笑してる。だけどそれは仕方のない妹への笑い方、みたいな。どこかのドラマか映画で観たような、そんな感じだ。
ジェッタさんも、フェンサーさんも、ポロッコさんも、そしてドールアッシャさんも笑ってくれている。
わたしがやることは、この人たちの笑顔を守ることかもね。勿論わたし一人じゃできないから、全面的に手伝ってもらうけどさ。
さて、まずは会長とウォルートさんのパワー、もとい『ハイパーレベリング』からだね。
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