第92話 貴族ってやつは
さて、話の再開だ。それとアンタンジュさん、もうお前らに任すって目は止めてください。
「えっと、想像ですけど、フェンベスタ伯爵とサシュテューン伯爵の仲が悪いってことですか?」
「半分正解です。正確には方針が違う、ということですね」
よく分からん。
「簡単に説明すると、フェンベスタ家は冒険者の権益を保護して、それで経済を回そうという考え方をしています。サシュテューン家は逆と言えば分かるでしょうか」
「サシュテューン家は、冒険者を使い潰すってことですか?」
「そこまでではありません。ただ、冒険者を囲って有益な素材を優先的に集めようとしていますね」
うーん、依頼ならまだしも、誰かに命令されて迷宮に潜るのは嫌だなあ。あれ?
「でもヴィットヴェーンって、フェンベスタ伯爵が管理しているんですよね」
「そうです。ですが、冒険者はただの職業です。法に反しない限り、行動は自由なんです」
「何処で誰に何を売ろうとしても、ですか」
「そういうことになりますね。大抵の冒険者は協会に素材を卸しますけど、ほら、私たちも自分たちの素材を勝手に使っているじゃないですか」
そう言えば冒険者協会に登録した時、そんな話があったっけ。
この街の住人は大きく2種類の税金を払っている、ひとつは年に1回払う人頭税。それともうひとつは売上税だっけ。だれかにモノを売った時に、3分、つまり3パーセントを税金として払う仕掛けだ。
協会に素材を卸すと自動的にその分を差っ引かれるけど、脱税の心配が無くなる。帳簿なんぞゴメンだっていう冒険者にとっては、逆に助かっているくらいなんだよね。提携しているボータークリス商店なんかの買い取り価格もそうらしい。
それはさておき。
「この街の税収が減っているってことですか」
「先日までは、ですね」
それってまさか。
「サワさんがこの街に現れて5か月、状況は一変しました」
人を宇宙人みたいに言わないでください。
「先ほどお兄様が話した通り、今、ヴィットヴェーンは空前の好景気になっています。カエルの皮、レッサーデーモン皮の他にも、マーティーズゴーレムの木材、ゾンビ石炭、ロックリザードの肉と石材。身に覚えはありますよね?」
ありすぎて怖いくらいですよ。
「そして、サシュテューン伯爵は実に貴族らしいお方です」
「すみません、分かりません」
「血が青いらしいですよ」
ああ、平民とは別の生物ってわけか。
「非合法紛い、いえ完全に非合法であっても、平民を取り込んでしまうのに躊躇がありません。むしろ感謝すべきであると、そう考えているようです。わりと本気で」
「やっと話が見えてきました」
「流石はサワさんですね」
「あたしはさっぱり分からないよ」
アンタンジュさんがボヤく。
「リッタなら分かるんじゃない?」
「分かるわ!」
「なら説明して」
「『訳あり令嬢たちの集い』のトップを正式に男爵にして、しかも伯爵の庇護下に入れる。それで、サシュテューン伯爵の横やりは避けられるわ!」
「はい、正解です。付け加えるなら、急がないとサシュテューン伯が勝手に『訳あり』の、正確にはアンタンジュさんを男爵にしてしまいかねません。もちろん、騙してです。言い分は『フェンベスタ伯爵は功績ある冒険者を正当に評価していない』ってところでしょうか」
「げぇ、マジか」
驚愕するアンタンジュさんが頭を抱えた。そこまでやるのかあ。
「そうなるとわたくしの存在も厄介ね」
「リッタ……」
「お兄様は、ジェルタード卿と仲が良いのよ。まったく奔放なんだから」
リッタが言えた義理なんだろうか。つまり父親同士は別の派閥の寄り子で、息子同士は仲良しと。
「さて、それらを踏まえてです。授爵の話を受けるか、受けるとしたら誰が、です」
「ハーティさんはどう思いますか」
「私は、言い難いですが、話を受けた方が良いと考えています。ですがそれは、私がお兄様や伯爵、叔父様を知っているからです」
「身内びいきの可能性かあ」
「あたしは賛成するよ」
「あたしもだねぇ」
なんとサーシェスタさんとベルベスタさんが同時に賛成した。理由が聞きたい。
「伯爵は分からないけど、会長は信用できる。あたしはそう思ってる」
「わたしも似たような理由だねぇ」
この二人にそこまで言わせるとは、凄いな会長。まあ、わたしもそれなりに信用してるけど。
「利害関係がはっきりしているうちは、お兄様も叔父様も皆さんの味方になるでしょう。そういう人たちです」
まあ、それくらいの方が分かり易いか。
「年少組には悪いけど、ここらで決を採ろうか。あたしは賛成だ」
アンタンジュさんの言葉に続けて、全員が挙手した。全会一致で可決だ。
さて問題はこの後だ。嫌な予感しかしないよ。
◇◇◇
「次は誰が男爵になるかだねぇ」
「はい!」
「……サワ嬢ちゃん、言ってみな」
「ベルベスタさんかサーシェスタさんが良いと思います!!」
「あたしゃ、ウィザード互助会に戻るかもしれないからねぇ」
嘘つけ。ここに居座るつもりのくせに。
「あたしは『名誉顧問』だからね。外様だしさあ」
「卑怯ですよ、サーシェスタさん」
「なんのことかさっぱり分からないよ」
くそう。まず年少組は問題外だ。流石にそれはやっちゃいけない。年長組の内、誰にするか。サーシェスタさんとベルベスタさんは逃げた。
さらに言えば、ハーティさん、リッタ、イーサさんはダメだ。それくらいは分かるけど、一応確認してみようかな。
「私は無理ですよ。血族でしかも庶子なんて、身内人事だと非難されるスキを与えるだけです。それとリッタさんとイーサさんは問題外です」
だよねえ、敵対派閥の訳あり娘とその従者なんて話にもならない。とすれば。
「アンタンジュさん」
見やれば『クリムゾンティアーズ』全員が頭を下げていた。
「あたしは無理だよ。孤児出身なんだぞ、貴族なんか分かるわけないだろ」
「わたしもそうよ。貴族の妾になるところを逃げだしたんだから」
アンタンジュさんとウィスキィさんが必死に断る。
「……わたしに貴族ができると思うか?」
「わたくしならできますけど、面倒臭いですわ!」
ジェッタさんは確かに無理だ。フェンサーさんも、何と言うか無理だ。
「お願いです、許してください」
ポロッコさんは泣きながら許しを乞うている。
「できるわけ、ないです。にゃん」
ドールアッシャさん、なんで猫になるかなあ。
「ほい、決まりだねぇ」
「ぐぬぬ」
「では、新クランリーダー。人事を発表してください」
ハーティさんが、予定通りという笑顔で先を促した。酷すぎる。
「ベルベスタさんも『特別顧問』です。逃がしませんよ」
「分かったよぉ」
「副リーダーは、アンタンジュさんとウィスキィさんです。それくらいは受けてください」
「分かった」
「助かるわ」
「後、未定だった『ホワイトテーブル』の隊長はハーティさんで副隊長はサーシェスタさんです。他は今まで通り」
「謹んでお受けいたします」
訳ありが多すぎて、人事すら面倒臭い。なんなんだろ、この楽しいクランは。
「ただ、絶対にひとつだけ忘れないでください。『訳ありの誓い』をです。特に『楽しく、笑いながら生きようじゃないか。それが冒険者だ』。仮にわたしが男爵になろうとも、伯爵になったって、遠慮は無用です」
「そんなサワだから、みんなが選んだんだよ」
サーシェスタさんが笑っていた。全くもう、こんな子供に対して酷い言い草だよ。
◇◇◇
「サワさんが快諾してくれました」
してねーよ!
「それは良かった」
良くねーよ!
「伯爵閣下の恩情に縋り、謹んでお受け致したいと考えております」
「うん。僕からよろしく伝えておくよ。それから領地だけどね」
「領地!?」
「名前だけの男爵なんて、名誉男爵と変わらないだろう。伯爵閣下はしっかりと賞罰を与える方だよ」
囲い込み扱いのくせに、なんてことを。
「サワノサキ領は、ヴィットヴェーン迷宮の北側一帯だ。開拓せよとの仰せだよ。勿論『訳あり令嬢たちの集い』のクランハウスと『ヴィットヴェーン育成施設』も領地内だ。ああ、補助金は継続して投資するから安心してくれていい」
こういった経緯で私の血の色は青くなって、しかも領民を持つ男爵に内定したってわけだ。
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