第97話 冷静に、だけど攻撃的に怒れ
「というわけで、明日から『ブラウンシュガー』と『ルナティックグリーン』は育成施設の護衛ね。みんなで楽しく遊んできて。将来の仲間もいるかもしれないから、仲良くするのよ」
「わたくしは?」
「リッタとイーサさんは臨時の先生だね。文字と計算を教えてあげて」
「分かったわ」
年少組はちょっと嬉しそうだ。楽しく仲良くね。
「それと『世の漆黒』のクランハウスね」
実は今、『訳あり』のクランハウス第2棟は工事が中断されて、代わりに『世の漆黒』のクランハウスが建設中だ。場所は、育成施設を挟んで反対側だね。
設計はウチのクランハウスとほぼ一緒だけど、地下室は無し。秘密なのだよ。
「せっかくの投資なんだから、返済が滞ると困りますね」
ハーティさんが夢の無いことを言う。
まあ格安金利、長期間で融資したのは事実だけどね。潰れてもらっては困る。
「なんにしても、できるだけ6人一緒に行動するのが良いと思います」
「二人で動いてるサワがそれを言うかい」
サーシェスタさんが身も蓋もないツッコミを入れるけど、黙殺だ。
「ターンが居ますから」
「むふん!」
「むむっ!」
胸を張るターンと、ライバル意識を燃やすチャートとシローネだ。
「二人も一組で行動すれば、まず問題ないんだけどね。だから『ブラウンシュガー』と一緒に、育成施設の子供たちを守ってあげて」
「任せて」
「おう」
さてはて、次の仕掛けはどう来るのかな。
◇◇◇
凶報が訪れたのは2日後だった。
「『村の為に』が襲われた!?」
2日かけて会長とウォルートさんのウォリアーをコンプリートして戻ってきたわたしたちが聞いたのは、許されざる報告だった。
話を持ってきてくれたのはダグランさんとガルヴィさんだ。
「18層で、戦闘が終わった直後に背後から襲われたらしい。死人は出ていないが、装備を持ってかれたようだ。たまたま通りかかって良かったぜ」
ダグランさんはプリースト経験がある。その場で治療したので、後遺症とかは大丈夫のらしい。
今はウチの客間に寝かせて、チャートとシローネが見守っている。
「殺す」
ターンがシッポをぶわっと膨らませ、髪が逆立っている。これほどの怒りを見せる彼女は初めてだ。村の同郷だ無理もない。だからこそ、逆にわたしが冷静になれた。
「会長。この場合、沙汰は」
「冒険者同士の、特に迷宮内でのイザコザは最大のご法度だよ。証拠が出ればステータスカード剥奪まであるね。この間のアレは、ギリギリだよ」
冒険者がステータスカードを失う。それはヴィットヴェーンで、一般人として生きていくことすら困難になることを意味する。事実上の追放刑か。
この間のアレとは、記憶にないねぇ。
「ターン、殺すのは無し」
「むうっ!」
珍しくターンが不満そうだ。これだと、チャートとシローネも危ないね。なんとか抑えないと。
「ベルベスタさん、チャートとシローネを」
「あいよぉ」
あっさりと承諾してくれたベルベスタさんが食堂を出ていった。
これからどうするか。正直言ってわたしは甘かった。ここまでするのか。
「相手はわたしたちを直接狙えないので、標的を変えた、というか嫌がらせに切り替えたみたいですね」
「そうだろうね。あたしたちに関係を持った連中を、か」
アンタンジュさんも目が凄まじい。いや、全員か。
「育成施設と『世の漆黒』もマズいな。サワノサキ領は全部狙われると思っていい」
ガルヴィさんもそう判断したようだ。
「それだけでは済まないでしょう。私はツェスカさんや互助会を心配します」
ハーティさんの想像に、心臓がバクンと跳ね上がる。あり得る。あり得そうだけに心が痛い。
「要は、わたしたちが関わってきた全員、ですか……。サーシェスタさんはどう思いますか?」
「そうさね。叩き潰すしかないだろうね」
「どこまでですか?」
「必要とあれば、全部だよ」
サーシェスタさんが獰猛に笑った。ああ、この人も怒り狂っているのか。
「冒険者協会会長としてサワ嬢に役職を用意するよ」
「それは」
「会長直轄の『調査部別室』だ。室長だね。『捜査課』と連携してくれていい。協力者として冒険者を使っても良いよ。もちろん承諾を得てからね」
冒険者協会捜査課。今回のような事件が発生した時に、協会として対応するための部署だ。そして『調査部』。そんなものはない。
「任せていただけると考えてもよろしいでしょうか」
「人死には避けてもらいたいけどね。ただし、貴族まで到達したら、一旦手を止めてほしい」
一旦と言ったね。そういう風に考えてもいいんだよね。
「分かりました。『訳あり』の全力で『調査』を行います」
「僕とウォルートのレベルアップは一時中断でいいよ」
「助かります」
「サワさん、『緑の二人』も参加させてもらいたい」
「ダグランさん、ガルヴィさん、報酬は出せませんよ?」
「受けた恩を返すだけだ」
「俺は今、シーフだからな。役立つぜ」
ガルヴィさん、シーフになってたんだ。すっごい万能だね。
◇◇◇
「じゃあ、僕たちはこれで。報告は密に頼むよ」
「分かりました」
そう言い残して、会長とウォルートさんが立ち去っていった。
それから少しして、チャートとシローネを連れて、ベルベスタさんが戻ってきた。
さらに30分程してから『世の漆黒』のリーダー、ケインドさんを呼びに行ったガルヴィさんも戻ってきた。
作戦会議の開始だ。
さあ考えろ。この手の小説やドラマは沢山見たぞ。実践したことあるわけないけど、変な知識だけは沢山なわたしだ。知識チートの出しどころだぞ。
「……マーサさんに事情を話して、年少組は育成施設を使って出入りします。クランハウスは『ホワイトテーブル』で護衛です」
「あたしたちは囮かい?」
「いえ、もうクランハウス襲撃は無いでしょうから、念のためです」
「なんだい、つまらないねえ」
勘弁してね、サーシェスタさん。でもまあ、食いついてくれる可能性が少しでもあるなら、人員を残すべきだ。サーシェスタさんとベルベスタさんなら間違いない。
「しかしまあ、こんな時に役立つとはねえ」
アンタンジュさんが言ってるのは、クランハウスから育成施設に繋がった、秘密の地下道だ。
わたしの趣味丸出しなんだけど、地下訓練迷宮を伸ばして育成施設に繋げておいたんだよね。知ってるのは『訳あり』とマーサさんたち育成施設の職員、そしてドワーフのおっちゃんたちだけだ。
ケインドさんとダグランさん、ガルヴィさんが驚いてる。まあ3人になら知られてもいいか。
「まず『世の漆黒』はフォウライトの警備をお願いします」
「ああ、新人たちも育ってきた。入れ替わりでなんとかしよう。だが、他のクランには声を掛けないのか?」
冒険者の宿フォウライト、そこを定宿にしている『世の漆黒』が警備するのが自然で良い。
ただ、他のクランはなあ。トップパーティは信用できるけど、末端になるとちょっと不安だ。『村の為に』が襲われた事件の詳細だけを教えて、警戒態勢で迷宮に潜ってもらうのが一番かな。抑止力にもなるだろうし。
「『クリムゾンティアーズ』は普通にクランハウスから出入りして、警戒しながら21層辺りを流してください」
「あいよ」
『クリムゾンティアーズ』は、アンタンジュさん、ウィスキィさん、ポロッコさん、ドールアッシャさんがシーフ経験者だ。アンブッシュなんて不可能だし、むしろ襲撃してもらいたいくらいだよ。犯人捕まえられるし。
「リッタとイーサさんはハーティさんと一緒に、わたしの補助をお願いします。貴族を教えてください。リッタは嫌な思いをするかもしれないけど、特にサシュテューン伯爵のことを」
「分かったわ」
ごめんねリッタ。
「そして作戦の本命は、ターンと『ブラウンシュガー』よ!」
「おう!」
「ターン、チャート、シローネはバラバラに街を探って。特に『鉄柱』の居所ね」
そうなんだよ。『鉄柱』は冒険者の宿に居ない。大所帯だから、どこかに潜んでいれば分かるはずなんだ。
まさか、サシュテューン伯爵と一緒にいるわけがないので、貧民街が怪しい。それを探ってもらう。
「任された」
頼むね、ターン。
「リィスタ、シュエルカ、ジャリット、テルサー、ズィスラ、ヘリトゥラ。貴女たちは3班に分かれて、柴耳に付いて。昔を思い出させて悪いんだけど、格好も考えてね」
「任せてよ! わたしは居場所を無くしたりなんかしない!」
代表してズィスラが気合を入れる。
さあ、こっちのターンだよ。ターン制じゃないだけに、手数が多い分、やりたいようにやらせてもらうからね。
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