第98話 冒険者の流儀





 効果は翌日に現れた。ただし良くない形だったけど。


「無関係のパーティが襲われた?」


「ああ、あたしたちは21層を適当に流していて、それをつけてくるヤツもいた。だけど9層で、新人が襲われたみたいだ。見つけてくれたのは『ラビットフット』だ。死人はいない」


 アンタンジュさんは報告してくれながらも、歯をギリギリさせている。怒り狂っている。

 はっきり言って、わたしも同じ気持ちだ。


「後をつけていた人たちは?」


「丁度、9層で事件があった頃に消えやがった。連中、打ち合わせしてたんだろうな」


 そこまで計画的なのか。


「ハーティさんの見解は?」


「これまでを考えると、フェンベスタ伯爵への敵対意思は薄いと思います。むしろ私たちの気性を知った上でこういう行動に出ていると考えますね」


 一見冷静風だけど、ハーティさんも拳を強く握りしめている。



「サワ!」


「どうしたの、ターン」


 そこにターンが飛び込んできた。いつものどっしりとした落ち着きがない。


「街で新人が襲われた。怪我は無い」


 どんっ! 気が付けばわたしは目の前のテーブルを叩き割っていた。上に置いてあった地図とかがヒラヒラと舞っている。ちくしょう!


「犯人は?」


「ごめん……」


 つまり『ブラウンシュガー』たちの包囲網を潜ったってことだ。偶然か、必然か。相手に優秀なシーフが居る?


「サワさん、これは考えたくもないことですが、そろそろ脅迫状が届くかもしれません」


「……まさか」


「フェンベスタ伯の傘下を抜けるか、サシュテューン伯爵に付くか、クランを解散するか」


 ハーティさんの推測に、その場にいた全員が唖然とした。そこまでやるのか。


 そしてそれは直ぐに現実になった。

 その日の夕方、おどおどした冒険者が一通の手紙を持ってきたんだ。



 ◇◇◇



 行くな、罠だ、とは誰も言わなかった。この街でわたしとターンのバディを止められる人間なんて存在しない。不意打ちすら不可能だ。


 今、わたしとターンはヴィットヴェーンでも上流層に当たる地区の、とあるホテルの前に来ている。

 言うまでもなく、サシュテューン伯爵の泊っているホテルで、わたしが名指しで呼ばれた場所だ。


 会長にはちゃんと話をしておいた。止められたけどね。

 知るか。いい加減イライラが限界突破してるんだ。

 くそったれな相手に、冒険者の流儀ってモノを教えてあげたくなったんだよ。


「はい、これです」


 カウンターにサシュテューン伯爵からの手紙をポイと置いた。

 フロントのおじさんが青い顔をしているね。被害者だね。


「ご、ご案内いたします」


「はい。お願いします」


 我ながら恐ろしい程、冷たい声が出た。いけないなあ。こっちの世界では明るく楽しくやっていきたいのに。それもこれも。



「入りたまえ」


 おじさんがノックをすると、扉の向こう側から鷹揚な返事が来た。


 ああ、なるほど、これがロイヤルスイートってヤツかあ。

 ゲームでは設定だけで実際に入った事もない部屋に、わたしとターンは踏み込んだ。


「サワノサキ男爵、閣下のお召しにより参上致しました。こちらは従者のターンと申します」


「ふむ、よく来た。しかし尊き身分の者がセリアンを従者にするとは、感心できないな」


 人種差別主義者と来たもんか。わたしの中で、伯爵の評価が急降下中だ。


 しっかしまあ、こっちは素手なのに、そっちは武装した冒険者がえっと、16人ですか。ザブン、もといザゴッグも居たよ。

 だけどケタがひとつ足りないね。


 まあいいや。伯爵様のお言葉を賜ろう。


「それで、結論は出たのかね?」


「そうですね。正直言えば、がっかりです」


「貴様、何を?」


「薄汚い手を使って、脅して、自分の我を通そうとする。それが青い血のやり方ですか。呆れ果ててモノも言えませんね」


 伯爵は何も言わない。黙ってこちらを見ている。

 ああ確かに中々の度胸だよ。だけどさ、わたしたちは怒ってるんだよ?


「期待とは言いませんけど、過大評価していたんですよ。何かしらの切り札を持っているとか、とんでもなく強い冒険者を抱えているとか、絡め捕られるような策謀を持っているとか。これじゃあ地上げ屋の理屈じゃないですか」


 こっちの世界に地上げ屋がいるかどうかは知らない。


「貴様ぁ!」


 伯爵の代わりにザゴッグが叫んだ。


「黙れ」


 ボツリと呟いたのは、我らがターンだ。彼女はすでに伯爵の背後を取って、その首に手刀を添えていた。触らなくていいよ。ばっちいから。


「さて、そろそろいいでしょうか。前置きは終わりにしませんか」


 周りの冒険者たちが獲物に手を伸ばしているけど、そんなことはどうでもいい。


「暴力を超えるのはなんです? 暴力だよ。いつだって暴力を叩き潰すのは、それ以上の暴力だ。それを今、見せてあげるから感謝してね」


 軽く一歩を踏み出して、それだけでザゴッグの目の前に到達した。そのまま手首を握ってやった。嫌だけどね。


「があぁぁっ!」


 前回同様、汚らしい悲鳴を上げるね。じゃあ、現実を見せてやろう。

 胸元からステータスカードを取り出して、そこらの連中によく見えるように掲げてあげた。


 ==================

  JOB:HIKITA

  LV :35

  CON:NORMAL


  HP :87+172


  VIT:42+65

  STR:53+86

  AGI:39+84

  DEX:49+87

  INT:31

  WIS:19

  MIN:29+56

  LEA:17

 ==================


 どうだい? 見たこと無いジョブだろう。そして、見たことも無いステータスでしょ?

 VITもSTRもAGIもDEXもそしてMINも、どれかひとつでもわたしに敵うヤツは居るのかな?


 わたしの目の前のザゴッグ、精々ウォリアーからパワーウォリアーにジョブチェンジしたくらいでしょ。そうじゃない。ジョブチェンジっていうのはそうじゃないんだ。積み重ねて、最後に尖らせるものなんだよ。


「バケモノかっ」


「あら、ごく普通の冒険者ですよ。ターン」


「ん」


 ==================

  JOB:IGA=NINJA

  LV :48

  CON:NORMAL


  HP :88+232


  VIT:46+64

  STR:40+63

  AGI:60+155

  DEX:60+136

  INT:25+33

  WIS:12

  MIN:26+95

  LEA:19

 ==================


 伯爵の首を牽制しながら、ターンもステータスカードを取り出した。それを見せてあげる。


「……これは」


 ここで初めて、伯爵が動揺を見せた。そりゃそうだろう。AGIとDEXが200を超えてるんだ。それにね、そもそも基礎ステータスが、常人離れしてることに気付くかな。


「ウチには、こんなのがゴロゴロいるんですよ。4パーティで24人。知っているでしょう、ヴィットヴェーン初のエルダーウィザード、レベル60を超えるモンク、聞いたこともないジョブのロード=ヴァイ。その他にもハイウィザードが沢山いて、そうそう、ハイニンジャもしっかり取り揃えています」


 かなり盛ったけど、まあちょっとしか嘘は吐いてない。


「レベルは正義、ステータスは嘘を吐かない。ここに居る連中程度なら、10秒で戦闘不能だ!」



「しっ!」


 わたしの啖呵と同時に、何者かがターンに襲い掛かった。

 速い。だけどターンに比べれば言うまでもない。繰り出されて手刀をターンは片手であっさり受け止めて、固定した。


「……残念」


 ターンのその言葉は嘲りじゃなかった。襲撃者はかつてターンにシュリケンを譲り渡した『紫光』のニンジャだったから。


「ごめんなあ、ターン嬢ちゃん。返せない義理があってな」


 すかさずターンが手刀で首を叩き、その人は崩れ落ちた。殺しちゃいない。

 そっか、確かハイニンジャになってたんだっけ。この人がチャートやシローネの監視を掻い潜ったんだ。


「ねえ、伯爵様。こういうことをするのが貴族なんですか? 尊き者なんですか?」


 黙ってんじゃないよ。



「なるほどダンマリですか。なら、青い血など結構。わたしは紫の血を持つ、一人の人間として行動しただけですよ。これが自由な冒険者の流儀ってヤツですね」


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