第99話 紫色の終わらせ方
「お、お待ちください!」
扉の向こうから複数の足音が聞こえてきた。結構良いタイミングじゃない。
「お邪魔するよお」
最初に入って来たのはサーシェスタさんだ。
その後に続けて『訳あり令嬢』たちがぞくぞくと現れる。ハーティさんも居るし、なんとリッタとイーサさんもだ。
「サークリッタ嬢……」
サシュテューン伯爵が唸るように言った。
「これは閣下、わたくしはサークリッタではありません。今はただのリッタです。覚え置きお願いいたします」
「……そうか」
ターンはとっくにわたしの横に戻っていた。ここまで来たら、人質紛いのことをする必要もない。
最後に20人くらいの連中が縄に縛られて引きずられてきた。ロイヤルスイートが広くて良かったよ。
だけど、何人か知ってる顔が居る。そこが残念。
この人たちは、例の襲撃騒動に関わった連中だ。直接、間接問わず、しょっ引いた。
昨日の夜中に大捕り物が繰り広げられたんだよね。被害者たちの報告を聞いて、冒険者協会の捜査課や、チャートやシローネは始めとした『訳あり』総動員でローラー作戦をやったんだ。
ちょっとでも怪しかったら、即捕縛したらしい。
「で、これはどういうことだ」
「おとぼけを」
「なんのことか分からんな」
ま、そう出るよね。ずっとそうして来たんだろうから。
丁度伯爵の対面になる椅子に、わたしはどっかりと座った。体重軽いけどね。威厳も無いし。
だけど、わたしの背後に並ぶ面々を見てどう思う? ビビるだろうさ。
「官憲はフェンベスタ伯に止めてもらっています。なので、落ち着いてください」
「どういうつもりだ?」
「わたしの血は紫色ですよ。赤くなったり青くなったりするんです」
「……」
「さて、貴族らしく交渉しましょう。お互い背後に権力やらお金やら暴力やら、抱えたままです」
「良かろう」
伯爵の声がちょっと震えているよう感じたのは、気のせいかな。
◇◇◇
「さて、閣下のご要望は?」
「……私に、付け」
「お断りします」
「ならば」
「ならばなんです? 同じことを繰り返すって言うんですか?」
「……」
「ところでわたしは今、冒険者協会でこういう職を持っていましてね」
ハーティさんが羊皮紙を渡してくれる。それをばさりと開いてテーブルに置いた。わたしからは逆さまにだ。名刺交換みたいだね。
「『調査部別室』? 聞いたことも無いな」
「ええ、会長直轄の秘匿部署ですから」
今回新設された、とは言わない。
「で、その室長がなんだと言うんだ」
「冒険者が罪を犯した場合、逮捕権限を持つということですよ」
「はっ、くだらん。好きにすればいい」
「ええ勿論。とりあえず、一部の人間が自白しましたので、『鉄柱』のメンバーを拘束しますね」
「なっ!?」
驚きの声を上げたのはザゴッグだった。
「俺は知らねえ。関係ねえぞ!」
「それを調べるんですよ。これから」
「そんな無法が」
「通るんですよこれが。わたしは正式な男爵ですよ。平民如き、怪しければ拘束するだけのことです」
「伯爵様、何か言ってやってくれ!」
そこで助けを求める辺り、悲しいね。
「『鉄柱』は私の庇護下にある。勝手は許されないな」
伯爵は、とりあえず庇ってみせた。さて、どこまで粘れるかな。
「勝手をしますよ」
「なんだと?」
「ですから勝手をするって言ってるんです。許されない? 知ったことではありません」
「貴様っ」
「後ろの皆さん。伯爵以外の全員を捕縛してください」
「あいよ」
アンタンジュさんの声と共に、一斉にクランメンバーが動いた。それぞれが『鉄柱』の手を捻り上げる。
「止めろ! そのようなこと」
「ご自分と取り巻きご自慢の力で、止めればいいじゃないですか。受けて立ちますよ。まさかとは思いますが、天下の伯爵閣下が持つ暴力は、この程度なんですか?」
「……結論を言え」
ついに伯爵は観念してくれたようだ。この場だけかもしれないけど。
「そうですねえ。とりあえず実行犯は確実に引き渡してください。あとは慰謝料の支払い。その上で不干渉の確約です」
「一掃するつもりは無いと」
「それくらいの清濁は分かりますよ。わたしたちは、そっちが手を出してきたから対抗しただけで、最初から相手なんてする気もありませんでしたよ」
「私が間違っていたと」
「ああ、貴族の面子ってやつですか? なら気にしないでください。無かったことにしますから」
ほら。落としどころを用意してあげたよ。
「手を引けば手打ちにするということか」
もう完全にアレの世界だ。仁義だのなんだの。
「……よかろう」
あ、そういう言い方になるんだ。貴族も大変だね。じゃあひとつ添えておこう。
「今回限りですよ。もし似たようなことがあれば、今度は伯爵領関係者を全員潰して、二度とヴィットヴェーンに関われないようにします。分かったか、おらぁ!」
「あ、ああ」
言い含めは大切だね。本当はざまぁしたかったんだよ。だけどね、それだと引退する冒険者が増えるだけで、悲しみが連鎖するからこうしてあげたんだ。
リッタやハーティさんにも言い含められた。貴族らしい終わらせ方をしないと、後で尾を退くって。悔しいなあ。
本気で次は無いからな。
わたしの視線の意味を感じたのか、伯爵はそれ以上何も言わなかった。
「では、犯罪者は頂いていきます。あと、慰謝料は冒険者協会の会長が立て替えると思いますので、後日よろしく」
お縄に付いた連中の内7人を引き連れて、わたしたちは退出する。
ああ、ひとつ言い忘れていた。
「薄汚い『鉄柱』の冒険者紛い共」
「なにぃ」
「口を開くな、安くなるだけだぞ」
「あ、あ」
いいから黙って聞いてろ。本当にあんたらには腹が立っているんだ。
「いいか、冒険者っていうのはな、強くなって、とことん強くなって、己を鍛えて、迷宮に潜ってナンボだ」
さっきステータスカードを見ただろ? わたしたちは強いんだよ。
弱いのは仕方ない。だけど現状にうつつを抜かして、強い者にぶら下がって、弱者を虐げる。それが気に食わない。
「1年前までは最強に近いかもしれないけどなあ。今じゃ5番目だ。いや『世の漆黒』が出張るから、6番目だな。半年後には10番にも入っていない」
「くっ!」
「見上げた、いや呆れ果てるほどに見下げた根性だ。いいか、今のままで冒険者名乗るな!」
本当に腹が立つ。何してるんだよ、あんたらは。
「悔しければ、38層まで到達してみろ。わたしたちや他のクランの人たちは、そこで戦ったぞ。勝ったぞ。持ち帰ったぞ! それが冒険者だろうが!!」
ねえ、隅っこにいる『紫光』のハイニンジャさん。貴方なら分かるよね。
「このまま伯爵の犬をやるなら、それはそれで構わない。だけどせめて、冒険者になれよ!」
そっちの方が、伯爵だって助かるだろうさ。
「それだけです。今度は笑って迷宮で会いたいですね」
そう言って、わたしは部屋を出た。
◇◇◇
「まさか力でねじ伏せるとはね」
「力を提示して、和解しただけですよ。捕まった人たちは?」
「『村の為に』や被害者全員の前で、きっちり謝罪させた上に慰謝料は支払ったよ。それでいいんだろう。その後、殴られまくっていたけどね」
ヒールがあるからって、荒っぽいなあ。
「助かります。本格的なざまぁなんて、心臓に悪いだけですから」
「ざまぁ?」
「こっちの話ですよ」
会長とわたしはクランハウスで会談していた。その後の展開を聞きたかったんだ。わざわざ出向いてくれるとか、相変わらず腰が軽いね。
もちろんウォルートさんもいるよ。
「サシュテューン伯爵はどう出ると思います?」
「フェンベスタ伯に書状が届いたそうだよ。手打ちだとね。しばらく今回のようなマネはしなさそうだね」
「それは良かった」
「ただ、三男については責任を取れない、とも付け加えられていたそうだよ」
「リッタとの婚約を破棄した人でしたっけ。なんです、それ」
「そうだよ。どうも、癖がある人物の様だね」
ああ、頭が痛い。
「じゃあ、落ち着いたら、またレベリングをお願いするよ。次はいよいよハイウィザードで良いんだよね」
「そうですね。ウォルートさんも」
「私はプリーストですね。ありがとうございます」
会長がハイウィザードでウォルートさんがプリーストからヘビーナイトになれば、まあ、万全だろう。ハイパーレベリングもそろそろ終わりかな。
こういった感じで貴族とのイザコザ第1弾は終わったわけだ。だけどなあ。
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