第116話 3年殺し
「なるほど。カラクゾット男爵令息様は戦争をお望みなのですね」
我ながら恐ろしいほど、冷淡な声が出た。
「勝てるわけがないだろう! 僕だって不本意なんだよぉ」
なんだその語尾は。
そこ、ハーティさん。手で目を覆ってないで、わたしの援護して。友軍でしょうに。
「サワさん、落ち着いてください」
「落ち着け? 何をふざけたことを。わたしは今、貴族どころじゃなくって、一人の女性としての面目を丸潰れにされてるんですよ?」
「事実を受け入れてください」
「やです」
「そこをなんとか」
「いやあ、今日はこの『死霊のオオダチ』が血を吸いたがっていますよ。迷宮では全然使わなかったもんだから。ねえ、そこの男爵令息。こっちは現役の女男爵だぞ? どっちが格上だ?」
「物騒なこと言わないでくれよ。僕だって嫌なんだよぉ。伯爵が、伯爵が無理やりさあ」
会長がベソをかいている。知るか。自分の言動に責任を持て。天やら伯爵やらが許しても、このわたしが許さん。
「そこまでにしてください。もうちょっと建設的なお話をしましょう」
「ハーティさん、屍を積み上げて建築物を造りましょう」
「サワさん」
ハーティさんがギンと音を立ててわたしを睨んだ。どうやって音を出したんだろう、スキルかな。でも地上では。
「くだらないことを考えている顔ですよ」
「ええ、まあ」
ハーティさんと話していたら、なんか落ち着いてきた。会長を許す気はないけどね。
「で、君はどうする」
「どっちも嫌です」
「伯爵の面子を潰してでもかい」
わたしとハーティさんは紅茶を、会長はワインをラッパ飲みして、ちょっとだけ落ち着いた。落ち着いた?
「そんなに僕では嫌かな」
「最初から胡散臭くて嫌でしたが、今は格付けで最低です。はっきり言ってジュエルトリアさんより下です」
「そこまでかい」
会長ががっくりと肩を落とす。可愛げなんぞ、欠片も感じられないぞ。刀を抜かなかったわたしを褒めてもらいたいくらいだ。
「はぁ、それでヘーストラン子爵の次男っていうのは、どんな子なんですか」
「……セリアンの子供を、こよなく愛しているようだね」
「元凶じゃねーか!」
「今はまだ耳とシッポを舐めて愛でる程度だが、5年、いや3年後は危ないそうだよ」
「だからさあぁ!」
「サワさん、普段は心の中のツッコミが表に出ていますよ」
知るか。
「そこでだ。一応僕と婚約して時間を稼ぐというのはどうだろう」
「偽装ですか」
「ああそうだよ。たとえ偽装だとしても、吐き気がするほど嫌だけどね」
「全くの同感ですよ。これはもう、どちらから婚約破棄を持ち出すかの勝負ですね」
「なるほど。貴族として相手に致命的な落ち度があれば良いね。サワ嬢、その点、君は最良だ」
「何が最良だっ!」
結局だけど、わたし、サワ・サクス・サワノサキ女男爵は、ジェルタード・イーン・カラクゾット男爵子息と婚約することになってしまった。
絶対に婚約破棄イベントを起こしてやる。
◇◇◇
「サワが婚約!?」
婚約ってワードに一番敏感なリッタが叫んだ。
「だ、誰とよ?」
「……会長」
「えぇ……、よりによって、一番胡散臭そうなのじゃない」
「リッタもそう思うよねぇ」
どうやら『訳あり』たちにとって、会長評価は一致しているらしい。
「ところが、それどころじゃなかったのよ。聞いてよ」
「うわあ、酷いわね」
「アイツはサワを侮辱したのか」
ターンの目が据わった。
「そんなヤツにサワはやれない」
父か? でもありがとう、ターン。
「消してくる」
「待って。チャート、ターンを止めて」
「おう」
「チャート、ターンの邪魔をするのか」
「サワに頼まれた」
クランハウスの一角で残像合戦が始まった。ワンコによるキャットファイトとはこれ如何に。
「ターン、落ち着いて。婚約期間は3年ということになったの。その間にヴィットヴェーンを堕とすわ」
「サワ嬢ちゃん、それはどっちの意味だい?」
「両方です」
ベルベスタさんが怪訝そうに聞いてきたので、正直に答えてあげた。
迷宮と街の両方を手中に収めるんだ。3年もあれば可能だ。
「3年あれば、サワノサキ領は最強の軍事力を持ちます。それを以て」
「サワさん?」
ああ、ハーティさんがお怒りだ。兄想いなんだね。可哀相に。
「そんなことをしなくても、婚約破棄をして、後腐れ無くお兄様の面子を叩き潰す方法を考えましょう」
会長、妹が裏切ったよ。ざまぁ。
「で、正式な発表はいつなんだい?」
「書類作成やらで3日後だそうです」
サーシェスタさんがちょっと楽しそうに聞いてきた。年長組はみんなそんな感じだ。ちくしょう。
「へえ、式典とかはあるのかねえ」
「伯爵閣下から婚約を認めてもらうっていうのはあるみたいですけど」
「ドレスとかは良いのかい?」
「わたしは冒険男爵ですから」
「色気より迷宮だねえ」
なんだそれ。
まあいいや。明日から2日間、みっちり迷宮に籠ろう。そうしよう。
◇◇◇
翌日『ルナティックグリーン』と『ブルーオーシャン』は31層へ、『クリムゾンティアーズ』と『ブラウンシュガー』は38層へ向かった。
昨日と同じで2人パーティを4組作って、とにかく新人4人のレベルアップを敢行する。
残り4人と言えば、随伴しながら各々単独でモンスターを狩っていく。防具を新調したおかげで、魔法攻撃も怖くなくなった。まあ、わたしはオートヒール持ちなんだけどね。
ターンは全部を躱すか、先制を取ってる。リッタも殆ど先制魔法で危なげない。今まで結構魔法を貰っていたイーサさんに至っては、新調した盾で万全だ。
12人、8パーティという訳の分からない集団が31層を駆け抜ける。
狩場だけあって、たまに他のパーティも見かけるけど、皆ぎょっとした顔でわたしたちを見送ってくれた。
「コンプリートしました」
夕方、ほぼ同じタイミングで新人がメイジをコンプリートした。まあ、そうやって調整したんだけどね。
「じゃあ次は全員シーフね。今日は戻って休んでいいよ」
「わたくしたちは38層に泊まるわ。明日の朝、31層で待ち合わせよ」
わたしの説明をリッタが引き継いだ。今日はこれから『クリムゾンティアーズ』と『ブラウンシュガー』に追いついて、夜通し狩りまくる。今のわたしたちのVITは徹夜のひとつやふたつ、何の障害にもならないんだ。
「調子はどう?」
38層では『ブラウンシュガー』が戦っていた。何と言うか、もう圧巻だ。ハイニンジャ、ケンゴー、ハイウィザード、スヴィプダグ、ガーディアン、そしてナイチンゲール。恐ろしい構成だ。
「テルサーがマスター超えた」
シローネが教えてくれた。やるねえ。
「それより『クリムゾンティアーズ』だ」
「どうしたの、チャート」
「『一之タチ』って言うのを見つけたって。後でサワに聞くって」
「おおお! やったねえ!」
『一之タチ』。スヴィプダグと並んでソードマスターの上位ジョブ、『ツカハラ』に必要なアイテムだ。ちなみに壊れない。
いやあ、誰が使うんだろ。
そんな会話をしていたら『クリムゾンティアーズ』が階段まで戻ってきた。
「出たそうですね」
「ああ、多分当たりアイテムなんだろ」
「大当たりですよ。ソードマスター系で『ツカハラ』を取れます」
「なるほどねえ」
アンタンジュさんが考え込んでいる。誰に使うか、かな。
「サワ、候補は?」
あ、投げた。
「えっと、ドールアッシャさんは殴り系だし、フェンサーさんとポロッコさんは後衛志望でしたよね?」
「そうですわ」
「となると、ウィスキィさん、リィスタ、ズィスラ、ヘリトゥラね」
「わたしは後衛、です。エルダーウィザードがいい、です」
まずリィスタが辞退した。事前に言ってたもんね。『ブラウンシュガー』はもう4枚前衛いるし。
「欲しいけどまだ早いわ!」
「わたし、後衛が良いです」
ズィスラとヘリトゥラが言い切った。もう彼女たちも路線を決める時期なんだよね。
「決まりだね」
アンタンジュさんがニヤリと笑う。
「わたしでいいの?」
「元々前衛のウィスキィさんなら最適ですよ」
「分かったわ」
そう言って、ウィスキィさんも笑顔を見せた。
「でも、明後日までは付き合うわ。サワの婚約の後にジョブチェンジね」
「せっかくの迷宮なんですから、その話は止めてください!」
みんなが笑った。だけどわたしは不本意なんだからねっ!
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