第117話 そこまでしなきゃ、ならないの?





「面を上げなさい」


「はっ」


「ははっ」


 フェンベスタ伯爵の声を受け、会長とわたしが同時に顔を上げた。


 会長、ジェルタードさんは、如何にも貴族チックな服装をしてる。

 白いズボンに白いシャツ。その上には青いフロックコートって言うんだっけ、長めのベスト見たのを羽織っている。金糸の装飾が派手派手しいけど、彼の金髪にはよく似合っているように思う。青い瞳と相まって、中々のイケメンぶりだ。

 中身はアレだけどね。


 対する私は『訳あり令嬢たちの集い』特製、儀典用冒険者服だ。特注だよ。今回のためってワケじゃなく、女男爵なんだから一着作っておけと言われていたんだ。

 基本はいつもの冒険者装備と一緒だけど、ちょっと豪勢なジャケットを着ているんだ。両肩には例のワッペン。そして、黒いジャケットには、紫の糸で装飾が為されている。これはわたしの希望だ。


 赤い血と青い血。それがわたしだ。そこだけは引けない。ゾンビじゃないよ。



 そんなわけで今、伯爵からわたしとジェルタードさんの婚約が宣言される。嫌だなあ。


 謁見の間には『訳あり令嬢たちの集い』のメンバーのほか、ヴィットヴェーン関連の貴族達や、名代が並んでいる。こないだの人攫い、ヘーストラン子爵は名代を出してきたみたいだ。

 後は当たり前だけど、会長のご両親、カラクゾット男爵とマーサさんだ。男爵は初見なんだよね。金髪碧眼は息子さんとよく似ていて、中々のナイスミドルだ。中身がどうだかは分からない。


「よってここに、ジェルタード・イーン・カラクゾットとサワ・サクス・サワノサキ女男爵との婚約を認めると共に宣言する」


 ああ、伯爵が何か言っていたっけ。全部聞き流してた。


「誓いの指輪を」


 なんでもこの世界、お揃いの指輪を嵌めるのが婚約の証らしいんだ。やだなあ。


「これを君に」


「わたしからも」


 会長がへばりついた笑顔で指輪をわたしの左手中指に差し込んだ。わたしもやり返す。


「二人に祝福を!」


 周りから盛大な拍手が巻き起こった。『訳あり』たちも拍手してる。ちくしょう。


 その日わたしに、正式な婚約者ができてしまった。



 ◇◇◇



「最初に言っておくが、今回の婚約は君たちを守るためのものだ」


「理解はしております」


 フェンベスタ伯爵の言に返事を返したのは会長だ。


 今、伯爵邸の応接室に居るのは、わたしと会長、伯爵とその護衛だけだ。

 それと、わたしは理解できるけど、納得はしてないからね。


「サワノサキ卿。君は思っている以上に危険な状況なのだよ」


「それほどなのですか」


「世界中数多に存在し、我が国には4つある迷宮、それが20年ほど前に『大改革』を起こしたことは知っているね」


「はい」


 そうなんだ。この世界にはヴィットヴェーンみたいな迷宮が沢山ある。ゲームではヴィットヴェーンだけだったんだけどなあ。

 大体だ、もし世界にヴィットヴェーンしか迷宮が無かったら、大変なことになる。間違いなく迷宮を奪い合う戦争になるだろうし。強制的にレベルアップが行われるだろう。それこそ人体実験みたいなジョブチェンジもだ。


 今この世界は、迷宮を中心として農村地帯を取り巻くように出来上がっている。

 各々迷宮の特産品をやり取りすることはあるけれど、基本的には自給自足が可能なんだ。国と言うより都市国家の連合に近いね。


 そこに『ルールブック』を知るわたしが現れた。


「最初のうちこそ、妙に強い冒険者で済んでいたのだよ。カエルの皮にしてもね。だが、強くなりすぎた。ジャイアントヘルビートルの件が、中央に漏れたようだ」


「まさか、サシュテューン伯が?」


「それこそまさかだね。ジェートリアスタは強欲だが、愚かではない」


「では、誰が」


 そう言ってしまって考える。別に貴族筋だけじゃないのかも。


「今考えるべきことは、誰がではない。どうするか、だよ」


「はい。理解できます」


「それなら良い。ではもうひとつ、君に名を与えたいのだ」


「どういうことでしょうか」


 あ、会長は分かってる顔だ。もう一つの名? まさか。


「フェンベスタだよ」


 やっぱりだ。養子になれってか。



「肩書だけだよ。相続権も無い。何かを強要したりもしない。そんな恐ろしいことをしたくもない」


「わたしは何者扱いなのでしょう」


「ぶふっ」


 会長が噴き出した。あんただって相当な強さでしょうに。


「それはヴィットヴェーンのためになると、お考えでしょうか」


「その通りだね。私は短期の機会利益より、長い商売が好きなんだよ。それだけに金のガチョウを絞めるつもりなど、毛頭ない」


 ガチョウ扱いか。で、この世界にもガチョウは居ると。


「さらに言えばだ、私の養子となれば貴族の手出しは無くなる。王族すら躊躇はするはずだ」


「伯爵とはそれほどの権限をお持ちなのですか」


 やっべえ、サシュテューン伯爵にやったアレコレ、大丈夫かな。


「上納こそしているが、ほぼ独立国家のようなものだね。人事権は任されているんだよ」


「なるほど」


「それでどうするね」


 うーん。多分フェンベスタ伯爵は、最大限に譲歩してくれてる。そんな気がする。

 仕方ないかあ。


「有難くお受けいたします」


「それは重畳。では君は今より、サワ・サクストル・サワノサキ=フェンベスタだ。今後の活躍を期待しているよ」


「はっ!」



 ◇◇◇



「あれ? わたしが伯爵の養子になるなら、今回の婚約って」


「それは婚姻の申し込みを跳ねのけるためだね」


 ああ、なるほど。誘拐子爵みたいなのを退けるわけだ。

 伯爵邸からの帰り道、わたしは会長と並んで歩いていた。ウォルートさんはちょっと後ろを付いてきてる。


「もうひとつは、僕を取り込むというのもあったと思うよ」


「ああなるほど。会長も結構、事情通ですものね」


「それもあるけれど、伯爵の嫡男がね、まだ5歳なんだよ」


「……将来の取り巻きを作っておきたいってことですか?」


「本当にサワ嬢は妙な所で聡いね」


 そりゃなんて言うか、その手の小説を沢山読んだから、かな。


「だからこそ、フェンベスタ伯は本気だよ。僕たちはそれを打ち破らなければならない」


「頑張ります」


 つい本日婚約したはずのわたしと会長が、お互い婚約破棄に向けて思考を巡らしている。

 どういう状況だ、これ。



「みんな、お待たせしました」


「おう。どうだったい?」


 協会事務所に到着したわたしを、アンタンジュさんたち『訳あり』が迎えてくれた。


「それはクランハウスに戻ったら話しますよ。それよりウィスキィさん」


「なんでサワがそんなに嬉しそうなのよ」


「そりゃもう、レベルアップとジョブチェンジは最高ですからね」


「全くもう」


 インベントリから取り出した『一之タチ』を左手に持って、ウィスキィさんは右手をアーティファクトに添えた。

 そうしてウィスキィさんは、これまたヴィットヴェーン初のジョブ『ツカハラ』になった。



 ◇◇◇



「それで、養子にされちゃいました」


「女男爵の次は伯爵令嬢ね、サワには呆れるわ」


 勘弁してよリッタ。わたしだって望んでないんだから。

『ルナティックグリーン』『クリムゾンティアーズ』『ブラウンシュガー』『ブルーオーシャン』の4パーティは、ウィスキィさん『ツカハラ』就任記念という体で迷宮に突入している。まあ、いつものことだね。


 31層からは別行動だ。『クリムゾンティアーズ』と『ブラウンシュガー』、そしてわたしとターンは38層へ。なんでかと言えば、ワンニェとニャルーヤがグラップラーになったからだね。『ブルーオーシャン』とズィスラとヘリトゥラ、キューンとポリンは31層でレベル上げだ。


「ねえターン」


「ん」


「わたしたちも、そろそろ次の段階だね」


「おう」


 わたしとターンはジョブとレベルなら、ヴィットヴェーン最強だ。それには自信がある。

 だけど、マルチロールという意味なら『ブラウンシュガー』に劣るんだ。そのうち、ズィスラやヘリトゥラ、『ブルーオーシャン』にも負けるだろう。


「負けっぱなしは性に合わないよね」


「ターンは最強を目指すぞ」


「そのためには」


「アイテムを集めまくるぞ」


「そういうこと!」



 婚約やら養子の件は一旦忘れよう。わたしとターンは、38層を荒らしまくる。ただひたすら作業のように、アイテムを集めるんだ。


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