第114話 緑のキツネと緑のタヌキ





「ネタは上がっていたんです。ただ証拠が曖昧で、同派閥だからと見逃されていただけで」


「フェンベスタ伯爵にも、ちょっと脅しかけるかな」


「止めてください。面倒くさいだけです」


 ハーティさん、本当に面倒そうな顔をしないでよ。半分本気だったけどさ。


 まだ育成施設ができていない頃、ヴィットヴェーンの貧民街では、それなりに人攫いがあったそうだ。特に幼いセリアン女子が狙われていたらしい。

 ああ、考えただけでイライラする。



「戻りました」


「はいお疲れさん。解決したかい?」


「解決と言うか、脅しは掛けておきました。これで再発するようなら、今度は潰します」


「おお、怖い怖い」


 オルネさんが嬉しそうに肩をすくめる。


「そうそう『ホワイトテーブル』は居ないよ。報告は夜になってからだね」


「迷宮ですか?」


「そうだよ。育成施設の人たちがね、強くしてくれだってさ」


「マーサさんたちが」


「なんでも全員ウォリアーなんだそうだ。コンプリートしてからプリースト、モンクだってさ」


 職員の皆さんが全員ウォリアーは初耳だ。それで、モンク?


「サーシェスタさんが煽ったのさ。素手でも強いってね」


 まあ確かに迷宮でも地上でも強いジョブって言えば、そうかもだけど。

 確か職員さんはマーサさんも含めて6人だったっけ。じゃあ、3人ずつ連れてパワーレベリングかな。


「事後承諾になって悪いけど、褒賞金はカラクゾット男爵家だとさ」


「奥様の立場、全開ですね」


「そういうこった」



「いやあ、中々のもんさねぇ」


「そりゃまあ、マスターレベル以上のウォリアーですもんね」


 夕方に戻ってきたベルベスタさんが嬉しそうに言う。サーシェスタさんも楽しそうだ。年代近いしね。

 わたしは6人全員を連れていったかと思っていたけど、流石にそれは無かったらしい。今日のところはマーサさんともう一人を、サーシェスタさんとベルベスタさんで引っ張ったみたいだ。


「暫くは職員のレベリングをするよ。ハーティも手伝っておくれ」


「仕方ありませんね」


 別にハーティさんも嫌な素振りを見せてない。

 それよりも、育成施設の皆さんが強くなろうっていう姿勢に、感銘を受けてるみたいだ。

 わたしも大歓迎だ。今回みたいなことがあったら、職員さんたちが強いのは助かるんだよね。



 ◇◇◇



「さあ、挨拶なさい」


 翌朝、マーサさんが連れてきたのは、例のキツネっ子とタヌキっ子だった。


「キューンだよ」


「ポリン」


 どっちがどっちかは言う必要ないね。


「わたしはサワ。今日はどうしたの?」


「クランに入れて」


 キューンが決意した面持ちで宣言した。


「わたしも」


 それにポリンが続く。


「それはどうして?」


 聞くまでも無いことだけど、それでも問おう。


「お母さんたちが悲しそうだったから」


「自分を自分で守れるようになりたいの」


「そっか」


 こんな子たちが自分の身を守ろうと、マーサさんたちを心配させないようにしようと、力を求めてる。

 もちろんいいよ。希望に応えようじゃないか。領民の意を汲むのもまた、領主の役割なんだからさ。


「いいわ、今から貴女たちは『訳あり令嬢の集い』、2番隊『ルナティックグリーン』のメンバーだよ。ターン、訓示を」


「強くしてやる。ついてこい」


「うん、頑張る」


「やるわ」


「ふむっ!」



「じゃあまずは、基礎体力とお勉強だね。今更嫌だって言わせないよ」


「えっ?」


「えええ?」


 二人の耳がへにょんってなって、シッポがだらんとなった。めんこいね。


「むむっ」


 お返しとばかりにターンの巻きシッポが揺れて、折れ耳がピコピコしてる。わたしはそれを擦るように撫でた。


「ターン、二人のこと、お願いね」


「任せろ」


「後回しみたいになっちゃったけど、ズィスラとヘリトゥラはどう?」


「いいわ! わたしも教える」


「わたしも手伝います」


 そんなわけで新生『ルナティックグリーン』が誕生した。



「ようこそ『訳あり』に」


 その日の夜、キューンとポリンの歓迎会が行われた。

 迷宮産のお肉やら、野菜やらが沢山だ。クランのみんながレベリングそっちのけで、狩ってきてくれた。

 そう言えば迷宮からは、小麦や米なんかの穀物類は出ないんだよね。だからと言うか何と言うか、ヴィットヴェーン近隣の領地は小麦栽培が盛んだ。取れた小麦と迷宮産のブツが交換されて、経済が回っているっていうのが、この地域の経済構造なんだよね。米はどこだ。


「美味しい」


「うん、凄く美味しい」


「そうかい良かったねぇ」


 こういう時に嬉しそうなのはベルベスタさんだ。最初のキャラは何処へ行ったやら。



「それじゃあ当面『ルナティックグリーン』と『ブルーオーシャン』は新人教育で31層。『ホワイトテーブル』もそうですね。サーシェスタさん、どれくらいで仕上がります?」


「モンクになるだけなら10日もかからないさ。そこからどれだけ上げられるかだね」


「そうですね、レベル30くらいを目標にしてください」


「過剰じゃないかい」


「油断はできませんよ。そうですよね、マーサさん」


 特別ゲストはマーサさんだった。


「わたしたちが強くなれば、子供たちと迷宮に潜ります。そうして不埒な輩を排除できればと考えています」


 そうなんだよね、たとえ初期ジョブがソルジャーだって、レベル20くらいになれば、そこらの賊には負けないだろし、次のジョブへのステップになる。


 悪くない。サワノサキ領民は、全員が冒険者レベルに強くなるぞ。



 ◇◇◇



「うん、いいね」


 翌日迷宮に潜る前、わたしたちはドワーフの工房にお邪魔している。

『ブルーオーシャン』発足とちょうどタイミング良く、防具の更新が間に合ったんだ。


 レッサーデーモンの革がベースなのは変わらない。緩衝材にスライムを使っているのもだ。

 新しくなったのは、その上にジャイアントヘルビートルの甲殻が乗せられたことだ。と言っても、全体じゃない。胸や肩、背中や股の辺りを部分的に覆っている。もちろん可動域は考慮されてるよ。

 ついでに手甲や脛甲もそっちの素材に更新された。


「良い色になりましたね」


「そうだろう。染めるのに苦労したぜぇ」


 元々レンガ色だったレッサーデーモンの革は灰色に染色されていた。さらにはジャイアントヘルビートルの素材はマットブラックに塗られている。いや、玉虫色でピカピカした装備なんて、着てられるわけがないよ。


 というわけで、全体的に黒くなったんだ。渋くて素敵。

 耐魔法効果が向上して、さらに防御力も格段に上がった。はっきり言ってフルプレートメイルより強い。それでいて軽い。良いことづくめだ。



「かっこいい!」


「良いわね!」


 チャートやリッタが歓声を上げた。


 そして今回最大のウリがこれだ。肩章となるワッペン。黒地に各パーティをイメージするイラストが刺繍されている。

 紅い宝石、緑のカエル、茶色のお菓子、白いテーブル、そして青い波だ。それが左肩に。

 右肩用は『訳あり令嬢たちの集い』を表す、白地に濃灰色でドレスを着た貴婦人の横姿が刺繍されたワッペンだ。


 他のクランでもやっているんだけど、ここまで凝ったのは珍しい。もちろんわたしの趣味全開だよ。



「ほれ、こっちもできてるぜ」


「これは、良いですね」


 イーサさんが嬉しそうだ。

 おっちゃんから差し出されたのは、逆三角形をした大型の盾、俗にカイトシールドと言われるタイプだ。素材はジャイアントヘルビートル。つまり、硬くて柔軟で、軽くて、魔法軽減効果を持っている。盾には持ってこいの素材なんだ。

 色は防具と同じように艶消しの黒なんだけど、真ん中にデカデカと貴婦人が描かれている。


 ついでに各所に棘みたいのが付けられていて。相手の攻撃を絡め捕ったり、シールドバッシュの効果を高める工夫もなされている。格好良い。



 今ここに来ているのは『ルナティックグリーン』、『ブラウンシュガー』と『ブルーオーシャン』だ。盾を使うのはイーサさんとワルシャン、ジャリットの3人だね。


 新入りの3人、キューンとポリンはターンと同じサイズのをちょっと手直し、同じくワルシャンのはリッタのを調整した感じだよ。予備を沢山発注しておいて良かった。

 特にシッポ穴は重要なんだ。


 キューンとポリンはとても嬉しそうで、ワルシャンはキョドっている。そうだよね、お高いからね。

 わたしたちなんかは素材持ち込みだから良いけど、他のクランは大変だろう。

 ああ特別サービスで、ダグランさんとガルヴィさん、会長とウォルートさん、それとまあ面倒くさいことになりそうだったから、ジュエルトリアとカムリオットさんの分も作って送り付けた。

 貴族の付き合いは大変だ。

 ダグランさんとガルヴィさんの分は、左肩に緑のカエルが貼ってある。名誉だからね。剥がしたら駄目だよ?



 この装備ならレベル0ソルジャーのキューンとポリンも安心だ。

 さてさて迷宮に向かおう。


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