第113話 貴族の面子を大切に





「奥様に相談したら教えてくれたんですぅ。『訳あり令嬢たちの集い』は女性だけのクランだって。ここで働かせてもらえれば、お母さんにも仕送りできるかなって」


「リッタ?」


「まあいいわ。ただしワルシャン、ここは厳しいわよ。騎士の誇りなんかを気にしてたら、やっていけないわ」


「が、頑張りますぅ」


 なんか力が抜けるタイプの人だけど、この人護衛としてやってられたんだろうか。だけど護衛頭に抜擢されるってことは、それなりなのかな。

 まあいいや。これで『ブルーオーシャン』は6人だね。


『ルナティックグリーン』も増員しなきゃなあ。今度、育成施設に顔でも出そうかな。



「サー姉様、コンプリートしたわ!」


「やったわね」


 仲良さそうな姉妹の会話が迷宮31層に響く。

 今日は『ルナティックグリーン』と『ブルーオーシャン』合同の探索アンドレベル上げだ。


「わたしはレベル16です。こんなに早く上がるなんて凄いですぅ」


 ワルシャンは当然ナイトだった。初手ナイトだから、当然基礎ステータスはそれなりだね。まあ、これからぐんぐん上げるわけだけど。


「わたくしたちは、一旦戻るわ。そっちはどうするの?」


「うーん、1回38層行ってから帰るね」


「分かったわ」


 そう言って『ブルーオーシャン』は地上に戻っていった。

 さてわたしたちは、38層狩りだ。待ってろよゲートキーパー。



 ◇◇◇



 そうして数時間後、わたしたちは地上を目指している。

 ズィスラはビショップ、ヘリトゥラはソードマスターがそろそろコンプリートだ。いよいよ二人もメインジョブを決める時期が近づいてきた。


「あれ、マーサさん」


「あらこんにちは、サワさん」


 1層まで来たところで、育成施設の施設長、マーサさんに出会った。珍しい。


「どうしたんですか」


「このあと知らせに行こうとは思っていたのですが、この子たちが」


 そう言うマーサさんの近くには、二人の女の子がいた。

 一人は金色のキツネ耳、もう一人は茶色の狸耳だ。珍しいね。ああ、そう言えば育成施設に居たっけ。基礎ステータスが低かったから見逃してた。そういうの良くないなあ、わたし。


「怪我ですか?」


「ええ、それが……。攫われかけていたのです」


「ええっ!? じゃあその人攫いは?」


「わたしが殴りつけたのですが、逃げられました」


 虫も殺さないような笑顔で、言い切った。マーサさん?



「わたしはウォリアーのレベル15です」


 視線で察したんだろう、先手を打って答えてくれた。マスターレベル超えてるじゃん。出会った時の息子さんより強いじゃないですか。


「なんでそんなに」


「趣味です」


「はい?」


「趣味なのです」


 どんな趣味なんだろう。

 いや、そんなことより。


「その子たちの治療に?」


「そうですよ。二人とも怪我は消えたわね。泣かなくて偉いわ」


「泣くわけない」


「おう」


 キツネっ子とタヌキっ子が気丈に答えた。

 その目は物騒な輝きを持っている。ああ、出会った頃のチャートとシローネに似てるんだ。

 かどわかされそうになれば、こうもなるのかな。


「とりあえず、お話を聞かせてもらえますか」


「ええ。どの道、お伺いするつもりでしたから」



「人攫いねぇ」


 滅茶苦茶剣呑な顔で、ベルベスタさんが笑っている。これは人殺しの笑みだ。他の人たちも、多かれ少なかれ、怒っている。先日の変態伯爵令息の時とはケタ違いだ。

 そういうわたしも激怒してる。ここはわたしの領地だぞ。サワノサキ領で人攫いだと? 断じて許さん。


「犯人は3人。全員シーフ上がりだと思います。すみません、わたしがもっとしっかりしていれば」


「マーサさんが謝ることじゃありません。領地の治安はわたしに責任があります」


「そう言っていただけると助かります」


 全然助かった目じゃないよ。優しそうな笑みだけど、変なオーラが出てる。

 俗に言う、目が笑っていないじゃないんだ。普通に笑ってるんだよ。だけど圧が凄い。これが貴族の奥様ってヤツか。



「クランリーダーとして宣言します。この地での人攫い、それはサワノサキ男爵への攻撃と見做します。当然これを捕縛しますので、協力してください。異論のある方は?」


「あるわけない!」


 ズィスラが叫ぶ。皆が頷く。これが『訳あり令嬢』の総意だ。

 各人が動き出す。


 冒険者は見捨てない。ならば、女男爵は領民を見捨てない。



 ◇◇◇



「足取りは西か……」


「はい。ヴィットヴェーンには居ませんでした。既に姿をくらましたようですね」


 わたしたち『ルナティックグリーン』は今、冒険者協会、会長のジェルタードさんと面会している。ウォルートさんも横にいた。久しぶり。


「冒険者でもない、しかも他領に逃げた賊は無理だよ。調査部別室の室長権限はヴィットヴェーンに居る冒険者に限られる」


「それは理解できます。ですので」


「嫌な予感がするね。なんだい?」


「フェンベスタ伯爵への取次を」


「会ってどうする気だい?」


「賄賂を渡します」


「まったく、君ときたら。怒った時は見境なしだね」


「ええ、怒っていますから」


「……ここから西にあるのは、ヘーストラン子爵領だけだ。僕と同じフェンベスタ伯の寄り子だよ」


 初めて聞く名前だ。


「どのような方ですか」


「領民にはまあまあな政策を敷いていると聞くよ。ただ、厄介な趣味をお持ちのようだ」


「ああ、もう良いです。伯爵に話を付けますね」


 この男爵令息も厄介な趣味を持っていそうな気がする。貴族ってこんなのばっかりなのか?


「僕も同席させてもらうよ。恐ろしくて放っておけない」


 お互い様だね。



「久しぶりだね、サワノサキ卿。活躍は聞いているぞ」


「ご無沙汰しております、閣下」


「君の冒険譚を聞きたいところだが、何か用があるそうだな」


「はっ。まずはこちらを」


 わたしとハーティさんが、どかどかとジャイアントヘルビートルの甲殻を取り出した。謁見しているのは、わたしたち二人だけだ。

 目の前に居るフェンベスタ伯爵の瞳が輝いた。貴族ってのはどいつもこいつも。


「話は聞いている。サシュテューン伯からわざわざ書状が届いた。『そっちは有料、こちらは無料』だそうだ」


「恐縮です。ですが、事情が変わりました」


「ほう。申してみよ」


「こちらの素材20組、全てを無償にて献上いたします」


「見返りは、まあ聞いているのだが」


「ご存じでしたか」


 当たり前か。事前に会長から話があったんだろうね。


「証拠はあるのかな?」


「ございません」


 言い切った。証拠なんぞどうでもいい。


「直接、子爵閣下にお会いして弁明をいただくだけです」


「畏れながら閣下」


 ハーティさんが割り込んできた。良いところなのに。


「すでに蓋は開き、皿は割れ、水は零れたのです」


「止まらぬということか」


「御意にて」


「そうか……。ではサワノサキ卿に命ずる。殺すな。それだけだ」


「畏まりました」


 言質は頂いた。さあ、後はブチかますだけだ。



 ◇◇◇



「これはどういうことだ!」


「どうもこうもありませんよ、子爵閣下。我が領地で臣民が害され、主犯がこちらに落ち延びた。それだけのことです」


「だから、それがどうしたと言うのだ!」


 目の前で唾を飛ばして叫んでいるのは、件のヘーストラン子爵だ。正式名称も型番も知らん。


「閣下は中々良い趣味をお持ちだそうで。なんでも、セリアンの小さい娘たちを愛でているとか」


「それがどうした」


「いえいえ、わたしも同じ嗜好の持ち主なんですよ。可愛いですよね、耳とシッポ」


「確かに」


「つまりサワノサキ領の耳とシッポは全て、わたしのモノなのです。他者に強奪されるなど、とても耐えられることではありません」


「……」


 子爵邸に来ていると言うか、押し入ったのは『ルナティックグリーン』『ブラウンシュガー』『クリムゾンティアーズ』だ。『ブルーオーシャン』は他派閥なのでお留守番だね。レベル上げといて。



「証拠などありません。だけど、そんなモノは不要!」


「何を言っている。狂人か貴様!?」


「女男爵たるわたしの領民が攫われかけた。主犯はここに逃げ込んだ。それと閣下のご趣味も追加して、黒幕と断定しました」


「このような狼藉、フェンベスタ伯は許さんぞ。貴様も同じ派閥だろうに」


「ええ。同じ派閥にこのように素敵な下衆がいるとは、わたしも胸が躍ります」


 インベントリから適当に剣を取り出して、机に突き立てる。何本も、何本も。あ、ゾンビ産の呪いの剣も混じってる。丁度良かった。

 子爵は最早、言葉もない。


「貴族の面子が大事なのは十分に勉強させてもらいました。その上で今回、わたしのメンツが潰された。許せないなあ」


 ああ、椅子から転げ落ちてるわ。知ったことじゃないね。



「わたしたちは、これで引き上げます。今後、似たようなことがないのを、心から祈っていますよ。お互いのために」


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