第112話 ブルーオーシャン
「ねえ、貴女のこと、シーシャって呼んでいい?」
「もちろんです!」
わたしたちは突っ走りながら会話をしている。
「シーシャはどうなりたい?」
「わたくしは、サー姉様みたいな冒険者になりたいです」
「それは、すっごく大変だよ。リッタはすっごい努力してあんなに強くなったんだから」
「サワ、止めて」
「照れることないのに」
リッタはイジりがいあるなあ。
「サワさん、リッタ様を虐めるのは程ほどで」
「ごめんなさい、イーサさん」
怒られた。
「あはっ、あははは」
「どうしたの、シーシャ?」
突然笑いだしたシーシャにリッタが訝しげな顔をする。
「サー姉様は、サワさんやイーサと仲良しなんだって思って。ふふっ」
「そうだよ。わたしとリッタは仲良しで戦友なんだ」
「サワ、いい加減にして!」
そうやって会話をしながら駆け抜ける謎の集団を、道行く人々は怪物を見たような感じで唖然としていた。目立ってるなあ。
◇◇◇
「やあ、お戻りかい。首尾はどうだった?」
「まあなんとか上手く収まったと思います」
クランハウスに戻ったわたしたちを、オルネさんが労ってくれた、ピリーヤさんもキットンさんも安心した表情だ。
「暴力をチラつかせて、金で解決。サワ男爵は悪人だねぇ」
「勘弁してください」
ベルベスタさんの身もふたもない解説だけど、実はその通りだ。
リッタという存在を、わたしたち実力者の中に紛れ込ませて、さらに素材というお金で強引に解決する。それが今回の作戦の全貌だ。
サシュテューン伯爵が登場したのは想定外だったけど、逆に話が早くて助かった。あの人って悪人だけど、お金や暴力の価値を理解してくれるので、ある意味扱いやすいんだよね。
「さあシーシャ、ご挨拶なさい」
「はい。わたくしはシールーシャ。シーシャと呼んでください」
「あら、可愛いお嬢さんだね。あたしはココの手伝いをしてるオルネだよ」
「よろしくお願いします」
リッタに背中を押されて、シーシャが挨拶をしてる。微笑ましいね。
「さて、改めて歓迎だ。ようこそ『訳あり』へ、シーシャ」
「シーシャです。よろしくお願いします」
食堂に全員集合した『訳あり』たちが、アンタンジュさんを先頭に、それぞれ自己紹介をしていく。いっぺんに覚えなくてもいいからね。そのうちそのうち。
「それでシーシャはどうしたいんだい?」
「……わたくしはサー姉様のように、強い冒険者になりたいです!」
「そうかい。それは大変だ」
昨日と同じことを聞かれて、それでもシーシャは真っ直ぐに答えた。ブレないね。
サーシェスタさんが柔らかくほほ笑む。実際、リッタクラスになるには、凄い努力が必要だ。
「さて、クランリーダーのサワ。どうするんだい」
「どうするって?」
「何を言ってるんだい。パーティ分けだよ」
「あっ」
考えてなかった。どうしよう。
単純に6人構成を作るだけなら簡単だ。ワンニェとニャルーヤ、シーシャを合わせて『ホワイトテーブル』に入れればいい。だけどそれじゃあ作業だ。
パーティは心がこもってナンボだ。わたしは生まれ変わってそれを学んだ。
もちろん『訳あり』たちは、どんな編成を組んでも受け入れるだけの関係はあると思う。だけど違う。
『クリムゾンティアーズ』はアンタンジュさんとウィスキィさんを中心だけど、みんなが一緒になって、クランのお姉さんとしてまとまっている。
『ブラウンシュガー』は逆に、チャートとシローネが引っ張っているけど、お互いに切磋琢磨しているような関係だ。
『ホワイトテーブル』はパーティとは呼べないかもしれない。各人がレベルを上げようとはしているけど、むしろいざとなった時に個人個人が力を発揮する面々だ。クランのご意見番って側面が強い。
『ルナティックグリーン』はと言えば、わたしとターンだ。一時期リッタに任せていたけど、わたしとターンが『ルナティックグリーン』そのものなんだ。
じゃあ、リッタは、もっと言えばイーサさんとリッタはどうなんだろう。
「サワ?」
「ん、リッタはリーダーになる気ある?」
「どういうこと」
「リッタはリーダーに向いてると思うんだ。新しいパーティを作ってみる気あるかな」
「……寂しいことを言うわね。だけどなんとなく分かる。わたくしがやるわ」
「うん! メンバーはどうする?」
リッタは顎に手を当てて考え始めた。
「……ワンニェとニャルーヤを頂戴。二人とわたくし、イーサとシーシャの5人。そっちは4人になるけど大丈夫?」
ああ、気を使ってくれたんだ。ホントならズィスラとヘリトゥラが欲しいんだろうけど、それだと『ルナティックグリーン』が弱くなりすぎる。バランスを考えてくれたんだね。
「ワンニェ、ニャルーヤ。二人は構わない?」
「はい。いいです」
「いいよー」
「じゃあクランリーダーとして宣言します。新しく5番隊を作ります。リッタが隊長、副隊長はイーサさん。そこにワンニェとニャルーヤ、そしてシーシャを入れた5人で編成です。名前は、あれ?」
名前、どうしよう。
「当然サワが決めるべきよ」
当然って、なんでさリッタ。
「そうだねえ」
アンタンジュさん、悪い笑顔だよ。
「サワ、格好良いのがいいぞ」
そしてターン。期待が重い。
「あ、えと、ちょっと待って」
考えろわたし。5人の共通点だ。
えっと、リッタとシーシャ、イーサさんはカーレンターン子爵領の出身だ。あそこは、そうだ、海だ。
海と言えば魚。そういえば晩餐に出たお魚、美味しかった。醤油っぽいのもあるんだよね。そして、魚と言えば猫。そう、猫耳二人には海が、いや魚がよく似合う。
共通キーワードは『海』だ。よし、これで決定。後はそれっぽく、それっぽくだ。
「『ブルーオーシャン』」
「良い名前ね!」
リッタが乗ってきた。
「それはどういう意味なの?」
それは言わないでえ!
「『ブルーオーシャン』。読んで字のごとく、青い海。カーレンターンの風景だね。ああ、お魚が美味しいからワンニェとニャルーヤも気に入ったんじゃない?」
「はい」
「美味しかったー」
よしっ、このまま攻める。
「それだけじゃないの。わたしの地元で『ブルーオーシャン』っていうのは、誰も居ない海、これから開拓する全てを表しているの。そう、迷宮41層以降のようにね」
「何かカッコいいじゃない!」
ナイス合いの手だ、ズィスラ。
「誰も手を付けていない、広大な海。5番隊のみんなはそこに乗り込むの。それが『ブルーオーシャン』。どう?」
「良いわね!」
ありがとう、リッタ。本当にありがとう。
「ただし、41層以降は未踏の領域だよ。わたしたちも負けないからね」
「ああ、『クリムゾンティアーズ』も整ってきたよ」
「『ブラウンシュガー』は強いよ!」
各パーティもノリノリだ。これでこそ『訳あり令嬢たちの集い』。
◇◇◇
「今日も上がりました! もうレベル17です」
「良かったねえ」
2日後、みんなで夕食を楽しみながら、シーシャが嬉しそうに報告をしている。
ちなみに彼女はウィザードだ。貴族関係者って、ナイトかウィザードスタートばっかりなんだよね。体裁とかあるのかな。
でもこの後は、ソルジャー、メイジというルートを辿ることになるんだけどね。
そんな時、クランハウスの扉が叩かれた。
「どうしたのかね、こんな時間に」
オルネさんが扉を開けた。そこに居たのは知り合いじゃない、旅装の女性だった。
茶色の髪を伸ばし、瞳も茶色。年頃はわたしやリッタと同じくらいかな。
「ワルシャン!?」
リッタとシーシャが驚いた声を上げた。
「お知り合い?」
「……わたしの後任です」
「ええっ?」
イーサさんため息を嚙み潰すように言った。それってカーレンターン子爵家の新しい護衛頭ってこと?
もしかして子爵家に変事でも。
「サワさん、多分違うと思います」
「どういうこと?」
「本人に聞きましょう。ワルシャン入って、そして説明してください」
「はい。ありがとうございますぅ」
なんかすっごい情けない声で、ワルシャンって呼ばれた人が食堂に入ってきた。
「大体想像は付きますけど、自分の口から説明してください」
イーサさんが促した。
「奥様にお願いして、お暇を頂いてきたんですぅ」
「そりゃまたどうして」
「わたし、わたし……、若様が生理的に無理なんですぅ!」
ああ、また訳ありが追加されるわけだ。
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