第130話 サワノサキの孤児たち





「『芳蕗』『活性化』『一気呵成』! おあぁぁ! 『渾身』! 『爆砕』!!」


 持ち得るスキルをふんだんに使ったオーブルさんの打撃が、38層のゲートキーパー、ジャイアントヘルビートルに突き刺さった。


「どうよぉ!」


「お見事でした」


 消えていくジャイアントヘルビートルを背に、こっちを向いて笑顔を見せるオーブルさん。

 ナイト、ヘビーナイト、ロード、ソルジャー、メイジ、ウォリアー、シーフ、ウィザード、プリースト、カラテカを引き継いで、今は一介のファイターだ。だけどマルチジョブで積み上げた基礎ステータスと戦闘経験、数々のスキルは嘘を吐かない。

 首には渡しておいた『ウサマフラー』がたなびいている。


「レベル25で倒したんですから、大したものです」


「2回ならどうとして、3回は無理だな。スキルが持たねえ」


「いえいえ、立派です」


「ありがとよぉ」



 その後も『雲の壱』が『夜の弐』が、入れ替わりながらゲートキーパーを倒していった。うん、立派な冒険者だね。


「卒業ですね」


「ああ、そうかもなあ」


「ではこれをお渡ししましょう」


 インベントリから『フルンティング』を取り出して、オーブルさんに見えるようにした。


「コレは『ホワイトロード』への必要アイテムです」


「何故渡す。そっちで使うなり、売ればいいだろうに」


「『王都への牽制』はパワーレベリングじゃ追い付かないくらい、大きな利益ですよ。戻る時の体裁にも役立つでしょうし」


「気に入らねえなあ」


 なんでそうなるし。



「おい、貴様。我の側室になれ」


「お断りします」


「スゲエ」


「流石姐さんだぜ。秒で断りやがった」


 外野うるさい。


「……ふぅ。体面だけでも我の側室になれば、ヴィットヴェーンの最上位者くらいにはなれるんだぜ」


「そういうのは要りません。自分の力で……。あっ」


「そういうこった。『フルンティング』だったか。今はまだ受け取れねえな。対価を用意するから待ってろ」


「あははっ、分かりましたよ」


「ここまでの指導に感謝するぜぇ。ターン、ズィスラ、ヘリトゥラ、キューン、ポリン。それにサワ」


「『ウサマフラー』はやる。健闘を祈るぞ」


「おう」


 我らがリーダー、ターンが短い激励を送って、殿下たちの教導は終わりを告げた。

 だけど彼らはまだ、立ち去らなかった。



「なぁ~、そう言わず我と結婚してくれよぉぉ」


 なんだこいつ。


「クリュトーマや嫁さんたちがおっかないんだよぉ。もっと優しい嫁さんが欲しいぃんだよぉぉ」


 うぜえ。たちってなんだ、たちって。

 そもそもわたしは優しくないぞ。


「サワ、消すか?」


「いや、そこまではちょっと。これでも王族らしいし」


「やむなしか」


 どこで憶えてきた言葉遣いなんだろ。



 開催されているのは、パワーレベリングお疲れ様会だ。妙に真面目な冒険者やってたから騙された。こいつ泣き上戸で絡み酒だ。めんどくさい。


「姐さん、殿下は可哀相なんですよぉ」


「サワ姐御、殿下の傍にいたってください」


 やだよ。


「ちょっと、この殿下、客間に放り込んできて」


「おう」


 ターンとシローネが出動してくれた。頼りになるね。



 ◇◇◇



「さあ、キューンの慣らしだね」


「うん、ありがとう」


 キューンはついに『ウラプリースト』になった。これで『ルナティックグリーン』も全員上級2次ジョブになったってことだ。ターンもケンゴーになったしね。


 昨日の乱痴気騒ぎ? 知らないねえ。


「さあ、じゃあ行ってみようか」


 今日の探索は『ブラウンシュガー』と一緒だ。キューンのレベルを上げながら、目標は44層。さあ、行くぞ。



「『オン・キリキリ・バザラ・ウン・ハッタ』」


 キューンの投げた独鈷杵が相手に突き刺さり、そこから電撃のような何かが出て、相手を塵と化した。

 うん、分かってはいたけど、何か別のゲームになってるような気がするよ。


「どう? キューン」


「うん、いける」


 キューンはレベル15に到達した。35層で単独パーティをやらせていたからだね。いざとなればウィザードの魔法なり、モンクの攻撃力なり、なんでもアリだ。


「よっし、慣らしは大丈夫そうだね。じゃあまず38層、2人ずつで行けるかな」


「おうさ」



「『マル=ティル=トウェリア』」


 わたしとヘリトゥラの魔法が、取り巻きを蹴散らした。


「サワさん!」


「任せて。『ハイニンポー:4分身』。『爆砕』からのぉ『切れぬモノ無し』!」


 いいねえ。ハイニンジャとウォリアー、そしてソードマスタースキルの連携だ。これぞマルチジョブの醍醐味だ。

 これなら単独でもイケそうだね。レベルアップが捗るよ。


「くくくっ、イケる。44層でも通じるなら。暫くは籠ってもいいかも」


「ふはははは」


 わたしに合わせてターンが腕を組んで笑っている。うん、ありがとう。ムリしなくてもいいからね。


「サワ、どうするの?」


「そりゃもうチャート、荒らしまくるよ。39層から45層を往復さ!」


「分かった!」


 その日、わたしたちは39層から45層を6往復して、地上に戻った。

 キューンのレベルは26。わたしは41。イケる、イケるぞお。



 ◇◇◇



「何してるんです?」


「おお、貴様か。なに、レベリングのついでにな」


 地上に戻ってみれば、殿下が育成施設の子供たちと戯れていた。人攫いは許さんぞ。


「聞いてみりゃあ、ソルジャー、メイジ、シーフ、ウォリアーが終わっているじゃねえか。だからウィザードとエンチャンターの前衛をやっていただけだ」


 本来『世の漆黒』や『クリムゾンティアーズ』『ブルーオーシャン』の役割だ。買って出てくれてのか。3パーティが付き合ってくれるのは、正直助かる。


「なあに、31層までだ。危ないことはしてねーよ」


 ああ、確かに笑っているのは冒険者志望の子供たちだ。



「おいおい、俺たちを忘れてもらっては困るね」


「ボクも協力してるんだぞ。せいぜい感謝しろ」


『咲き誇る薔薇』と『ラブリィセリアン』まで登場しやがった。


「話は聞いたぞ。伯爵と子爵令息まで傘下に収めたそうだな」


「傘下になんてしていません。勝手に来たんです」


「わはははっ、そうか。人望があるのだな」


 違うって。



「そっちのクランハウスもできましたか?」


「ああ、総ロックリザード製だ。ちょっと手狭だが、俺たちに相応しい」


 手狭って、12人しかいないクランなんだから、十分でしょうに。

 あれ、まさか。


「領から人を呼んだんだが、彼らの部屋がね」


「聞いてませんけど、許可は?」


「そちらのハートエル嬢には伝えたぞ」


「……ならいいです」


 些事だからわたしに伝えなかっただけなんだろう。一歩間違ったらハーティさんに乗っとられるな、ここ。


「でも、子供たちのレベルアップには感謝してます。土地代と建築費用を半分立て替えますね」


「剛毅だな」


 オーブルさんが突っ込んでくるけど気にしない。

 未来への投資ってやつだ。どっかで読んだ。



 ◇◇◇



 それから暫くの間、他所の領から子供たちが送り込まれてきた。

 サシュテューン伯爵、カーレンターン子爵、ヘーストラン子爵、さらにはカラクゾット男爵ほか、名前を憶えていない領地から、馬車に乗せられて。


「全て受け入れます」


 それがサワノサキ領の意思だ。

 もちろんお代は払う。一人につき人頭税5年分だ。文句はあるまい。物納も承るよ。


「育成施設の拡張と、新しいクランハウスの建設が必要ですね」


「資金は大丈夫ですか?」


「そちらはなんとでもしますよ」


 ハーティさんを筆頭に『シルバーセクレタリー』が頼もしい。


『新しいクランハウス』なんだけど、実は新クランが設立されることになったんだ。

 最初こそ『世の漆黒』と『訳あり令嬢たちの集い』で吸収するつもりだったけど、育成施設を維持するため、さらにはサワノサキ領を守護するための専属クランを作るって話が出てきた。

 しかも孤児たちから自発的に。わたしを泣かせるなよ。



「本日、サワノサキ領に新たなクランが誕生したことを嬉しく思います」


 そんなわけで、わたしはまたもや演説してる。


「あなた方は孤児の出身です。ですが今、立派な力を身に付けました。その力を得るために協力してくれた人たちへの感謝を忘れないでください。恩返しをしてください」


 新クランのメンバー100人くらいが、静かに聞いてくれている。

 そうだよ100人なんだ。


「と言っても、それはわたしたちに対してではありません。新しく入ってきた仲間を助けてあげてください。それこそがわたしたちの望む、恩返しです」


 遠巻きに話を聞いている新しい入所者たちが、こちらを見つめている。

 大丈夫だよ。あなたたちもすぐ、こっち側になるんだからね。


「クランハウスが完成するまで暫く、育成施設で生活してもらいます。仲良くやってくださいね」


「はい!!」


 うん。良い返事だね。


「では新しいクランの名前を発表します」


 周りが固唾を飲む。もちろんわたしに一任された。なんでかなあ。


「あなた方は『サワノサキ・オーファンズ』。サワノサキ領が誇る最高の孤児たちです」



 孤児であったことは恥ずべきことじゃない。胸を張って最高の孤児になればいい。

 ここにヴィットヴェーン最大のクランが誕生した。


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