第131話 やってくれたな!





「世話になったな」


「いえ、こちらこそ。それで、今度こそ受け取ってもらえますね?」


「ああ。為すべきことを為した。対価はいただくさ」


 オーブルさん改め、オーブルターズ・メット・ランド・メッセルキール殿下は今日、ヴィットヴェーンを離れる。

 今朝ばかりは迷宮探索を遅らせて、育成施設の全員と『訳あり令嬢たちの集い』『世の漆黒』『高貴なる者たち』なんかもお見送りだ。


 わたしは『フルンティング』を差し出した。前回は突っぱねられたけど、今度はあっさりと受け取ってくれる。これがこの人なりのやり方なのかな。


「では、我からもこれを下賜しよう」


 そう言って殿下が渡してきたのは、1枚の羊皮紙と一振りの剣だ。

 どっちも装飾豊かで、やたらゴテゴテしてる。


「サワノサキ領に集う全ての住人に対し、我、オーブルターズ・メット・ランド・メッセルキールは全面的に庇護を与える。その旨明記した証書と、その証だ」


「殿下の恩情に感謝し、賜りたく存じます」


「貴様の物言い、気持ち悪ぃなあ」


 台無しだよ。


「わかりました。じゃあこうしましょう。証書はわたしが預かりますが、証の宝剣は育成施設に飾りましょう」


「ははっ、粋じゃねえか。気に入ったぜ!」


「おじさん偉い人だったの?」


 施設のちびっ子たちが、恐る恐る語り掛けた。


「そうだ、偉いぜえ。だけどな、我は強い冒険者だ。貴様らも強くなるんだぞ」


「うんっ」


 ガシガシと殿下に頭を撫でられ、子供たちは嬉しそうで寂しそうだ。

 なに慕われてやがんだ。ズルいぞ。


 そうして殿下一行はヴィットヴェーンを去っていった。

 あれ? 酒癖を除けば最後までマトモだったぞ。罠じゃないよね。大丈夫だよね。



 ◇◇◇



「あの、サワさんに封書が」


「え、誰からですか」


「それがその、オーブルターズ殿下からですね」


「嫌な予感しかないんですけど」


「そうですね。宛先を見てください」


「えっと『サワ・サクストル・サワノサキ=フェンベスタ・メルタ・メッセルキール』……」


「長い名前ですね」


 ハーティさんが苦笑してる。どういうことよ。


「多分封書を開けたら分かると思いますよ」


「んん?」


 とりあえず開封してみた。凄い豪勢だな。蝋封ってやつか、これ。


「えっと『偽装だ。本当でもいいぞ』。何これ」


 分厚いA3サイズくらいの封筒からまずでてきたのは、1枚ぺらの紙だった。



「続きが入っていますよ」


 ハーティさんに勧められて続きを探した。あ、今度は結構長い文面だね。なになに。


「ハーティさん、季節やら花やら色々書かれてるんですけど、意味が分かりません」


「ちょっと貸してください」


 手紙を受け取ったハーティさんは、軽く文面に目を通したみたいだ。


「要は、新たな側室と一度話をしたいので、そのうち顔を出すって意味ですね。書いた方は、クリュトーマロースラ・ヴェラ・シュタルセンド・メール・メッセルキール様。殿下の正室です」


「正室? あれ? 側室? なんで」


「なんでも何も、そういうことでは。多分もう1枚、重要な書類が入っているはずです」


 ああ、確かに。凄くケバい装飾がされた羊皮紙が出てきた。どれどれ。


「あ、あのハーティさん。これ『婚姻許可並びに認定証書』って書いてあるんですけど」


「上級貴族の書面ですね。国王印が入っています。正式な証書で間違いないでしょう」


「どういう意味ですか?」


「サワさんが殿下の側室になったことを、国王が許可して認めた、ですね。第七夫人だそうですよ」


 殿下、いや野郎、やりやがったな。やってくれやがったなあぁ!



「サワさんどちらへ」


「ちょっと王都行って、斬り殺してきます」


「少々お待ちください」


 そう言ってハーティさんは席をはずした。


「お待たせしました」


「それは?」


「先日の庇護に関する文書ですよ。ああ、なるほど」


 そう言って、書類の一部を指さしてくれた。


「『両者の婚姻を以って保証とする』……、だと!?」


 繰り返しになるけど、やってくれやがった。なんかやたら小さい字が並んでるから、見逃してた。


「殿下が手渡して、サワさんが受け取った。しかも国王陛下が認められた。そういうことですね」


「あああああ!」


 こうしてわたしは、公爵夫人になってしまった。

 知るか。絶対にヴィットヴェーンから出ないぞ。絶対にだ。


 そして殿下よ、次に姿を見せてみろ、迷宮奥深くで消えてもらうことになるからな。


「ふはははは!」


「ご存じなかったかもしれませんが、王国法に基づいて完全な庇護をする場合、こうするのが一番確実ですよ」


 ああ、そうかい。知らん、知らんぞ。


「わたしは同意してません」


「凖王族が側室を娶るのに、相手の許可が必要とでも」


 なんだそれ。繰り返すぞ、なんだそれ。


「それと、離婚申請も可能な書面になっています。ある意味とても誠実ですね」


「ぐぬぬ」


「私としては先日の婚約破棄騒動を考えれば、このまま偽装結婚を続けておくのもアリかと思います」


 確かに、変に婚約者をねじ込まれるよりはマシか。だが、しかし。


 よし、見なかったことにしよう。



 ◇◇◇



「さあみんな、迷宮へ行こう。今日は『ブルーオーシャン』も一緒がいいなあ」


「リッタ。サワがおかしいぞ」


「ターン、言わないであげて」


 そこ、ゴソゴソ会話しない。


「38層から44層を周回します。気を付けて行きましょう」


「はいっ!」


 なんかいつもと返事が違うなあ。



「迷宮は良い。世俗の柵など、ここには存在しないのだから」


「サワ……」


 やめてリッタ。気の毒そうな目でわたしを見ないで。


「迷宮は楽しいぞ」


 そうだよターン。やっぱり分かってるね。

『黒のクナイ』を持ち換えてクルクルと回す。さて、今宵のわたしは一味違うぞ。


「『一騎当千』『一点突破』ぁ!!」


 ジャイアントヘルビートルが消えて宝箱が残った。


「ふっ、たわいもない」


「たわいもないぞ」


「出ました。『クナイ』」


「おお、やったねポリン」


 そうだ、運というのはバランスだ。不幸があれば幸運がある。

 こんかいわたしが被った不運が絶大なだけに、揺れ戻しがあるわけだ。今日は出る。出るぞ。


「ぐふふふふ」


「サワ……」


 リッタが嘆息し、シーシャやワルシャン、イーサさんあたりが目を背けてるけど気にしない。今が良ければそれでいいんだ。



「ほら出た。凄いでしょ!」


 ターンから『大魔導師の杖』を手渡されて、わたしはご満悦だ。ジョブチェンジアイテム2個目。今日だけでだ。波が来てるわあ。


「そ、そうね、流石はサワだわ」


「サワ、やるな」


 リッタとターンの表情が全く逆だ。なんなんだろう。

 ここは44層。レベリングにも丁度いい。


「シーシャとワルシャンも良い機会だし、45層でレベルアップしておこうよ」


「わかりました」


「はいぃ」


 良い返事だね。



「クナイだけど、ピンヘリアが使うのかな。もしかしたらハーティさんかも」


 45層を巡回中とは言え、それでも雑談するくらいの余裕はあるよ。


「どうかしら、最終的には全員エルダーウィザードを狙っているみたいだけど」


 話に付き合ってくれてるのはリッタだ。

 今の3パーティだと、わたしと同年代はリッタとワルシャンで、加えてこの手の話ができるのは、シーシャとイーサさんくらいだ。

 年少組はなんかワチャワチャやってて、仲良さそうだね。微笑ましい。


「わたしがレベル45で、ターンはレベル30。この辺りまで来れば、レベル50はそう難しくないね」


「本気でやるの?」


「もちろん」


 もう引っ張っても仕方ないからぶっちゃけると、わたしとターンはアイテムが必要なジョブを渡り歩くことにしたんだ。

 普通に考えれば一生モノなんだけど、わたしとターン、そしてハーティさんはやらかした。さらに『シルバーセクレタリー』も続くだろう。そしていつかは、他のみんなも。

 もちろんサーシェスタさんやベルベスタさんみたいに、自分のジョブを真っすぐに育てようとする人もいる。そこらへんは棲み分けだ。



「リッタ、迷宮はまだまだ続くよ。レベルアップも効率的になる。どうしたい?」


「当然強くなるわ」


「そう。そのためには」


「レベルアップとマルチジョブ、ね」


「そういうこと」


「呆れるわね」


 リッタがため息を吐いて、イーサさんは戦慄している。


「ターンも強くなるぞ」


 そこにターンも加わった。


「そうだね。そのためにもジャンジャンレベルアップして、ガンガンアイテムを稼がないとね」


「おう!」



 ああ、なんか気にしてたことがどうでも良くなってきた。

 迷宮こそがわたしの真骨頂。さあて、もっともっと強くなるぞ。


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