第165話 政治なんぞ知ったことか
「よう、来たかあ」
「ご無沙汰しております、殿下」
「よせよ、そういうのは」
「わかりました。お久しぶりです。クリュトーマさんもコーラリアも」
まあ数か月ぶりだから、なにが変わってるわけでもない。だけど、ちょっとお疲れ気味かな。
迷宮入口の前にある、大会議室、って意味わからないかもね。とにかく豪華な部屋があったんだよ。そこにオーブルターズ殿下と、クリュトーマさん、コーラリアがいた。
他にも豪華な装備をしてる人たちがいるんだよねえ。それ本当に迷宮産?
「ほう、それが噂になっているオーブルターズ殿の側室ですかな」
なんだこいつ。あっからさまに見下してきやがる。
歳は殿下とそう変わらないかな。30代半ばくらいか。金髪碧眼で容姿は整ってるけど、目つきがイヤらしい。
「失礼ですが、どちら様でしょう」
「私のことはどうでもいい。それよりも先に、頭を下げるべきお方がいるのではないか」
「ああ、なるほど」
会議室の一番奥、一段上がったところに豪華な椅子が置かれていた。そこに座っているのは、なんというか小太りで年齢はイってるんだろうけど、何故か若く見えるっていう不思議な『お方』だった。少なくとも冒険者には見えないね。
うん、大体わかった。
「これはご挨拶が遅れ、大変申し訳ございません」
わたしのハンドサインに応えて、ヴィットヴェーン勢の全員が膝を突いた。
「わたくしは、サワ・サクストル・ウィズ・サドゥルータ・サワノサキ=フェンベスタ・メルタ・メッセルキール。畏れ多くも子爵位をいただいております」
「『ウィズ』だと?」
「アレが筆頭子爵とでもいうか。まったく田舎モノはこれだ」
全部聞こえてるぞ。ああ、聞こえるようにいってるのか。これだから貴族ってのは。
「ふむ、我はポリュダリオス・スワスノヴィヤ・ランド・キールランティアである」
「拝謁を賜り、この上ない喜びに震えるばかりです」
「よい。キールラント危急の秋に駆けつけたこと、見事である」
「ははっ、ありがたきお言葉にございます」
貴族モードスイッチオン。
「では早速、ひと槍」
「まて、それはならぬ」
横入りをしてきたのは、もちろんブルフファント侯爵子息だ。あいや、確認はしてないけどそうだろうって確信できる。だって、殿下との会話を遮ったんだぞ。
「これは失礼を、御名を伺っておりませんでした」
「私はベースキュルト・レディア・ブルフファントだ」
「名高い侯爵令息様でございましたか」
「ほう、ヴィットヴェーンごとき辺境でも、知る者はいたか」
「それはもう、ご高名は轟いております」
さっきまで知らなかったけどね。
「では、わたくしたちの出陣は」
「君にはわからぬかもしれないが、軍略というものがある」
軍略ときたか。笑わせる。
「現在、王子殿下の指示の下、粛々と事は進められている。田舎者の手出しは無用」
「これは差し出がましいことを、申し訳ありません。できますれば、王子殿下の手勢として参戦の場をいただければ」
「……よかろう。時を待て」
「はっ」
◇◇◇
「なんというか、すまんな」
「いいですよ。王子様を担ぎ出されて困ってるってことですよね」
「まあ、そうだ」
今、わたしたちは小会議室で、殿下やクリュトーマさんたちと会談中だ。
「久しぶりですわ。相変わらず可愛いですわ」
「それほどでもない」
ああ、コーラリアがセリアンズを撫でくりまわしてる。緊張感は何処いった。
殿下はちらっと目線をやってから見ないふりをしてるね。仕方ない、付き合おう。
「で、どうするんですか」
「わかっているだろうが、王子殿下はここで名声を上げるおつもりだな。実際はベースキュルトの手のひらの上だ」
馬鹿馬鹿しいこと、この上ないね。
「具体的には」
「『騎士団』が出張ったんだよ」
「騎士団? 冒険者は?」
「キールランターの危機にあたって、冒険者などという下賤な者は相応しくない、だとさ」
びきびきっ。血管が引きつる音ってあるんだね。
「……で、勝てるんですか? 『ライブヴァーミリオン』の無事が確認されましたし、わたしたちは帰ってもいいんですけど」
「そう怒るな。まだ状況はなんとも言えねえ」
怒るなっていう方が無理でしょ。冒険者舐めてんじゃねーぞ。
「王宮騎士団と魔術師団が出てる。押されてるがな」
「それって」
「ああ、ナイトとハイウィザードの混成部隊ってとこだなあ。言っとくが弱くはねえぞ」
じゃあ、わたしたちに救援要請しなくたって、よかったじゃない。
「だけどなあ、不味い予感がするんだよ。コトが予定通りにならなかった時、あいつがどうするかわかるか?」
「それって、まさか」
「捨て駒だろうなあ」
ほうほうほう、なるほどなるほど。
「やるとしたらそこだ。冒険者たちに被害が出たら、その時こそ」
「なに言ってんだこら、そこの殿下ぁ」
「……おい。我とて苦渋の」
殿下が怒気っぽいものを放ったけど、それがどうした。冒険者を捨て駒にして、事態を打開する?
「『訳あり令嬢たち』。覚悟は決まった?」
「『ルナティックグリーン』。やるぞ」
「『ブラウンシュガー』もだ」
「当然『ブルーオーシャン』もやるわよ」
「……『ライブヴァーミリオン』。準備はできてるわ。コーラリア、ユッシャータ、ケート、いいわね」
「お、おい、クリュトーマ」
「お黙りください。我らがクランリーダーの正当な命です。これに応えずして、なんのクランメンバーでしょう」
「夫婦のいざこざは後にしてください」
本当にどうでもいいわ。
「ああ、クリュトーマさん、コーラリア、専用装備を持ってきたから着替えてください。すぐに行きますよ」
◇◇◇
「天使の羽を持ったゴブリンだと!? なんだそれは」
大会議室に入ったわたしたちを待ち受けていたのは、異様な雰囲気だった。
へぇ、天使みたいなゴブリンねえ。
「騎士団が押されています!」
「冒険者どもを放り込め。相手が弱ったところを叩くぞ」
ほほう。
「それはつまり、騎士団の手に負えなくなったから、冒険者たちを捨て駒にする。ということでしょうか」
「貴様。……だからどうしたというのだ」
「そうですね。間に合ってよかった、って感想と。あんたらも前線に出たみたらどうでしょうって、それくらいですか」
「なんだその物言いは! 我らが前線だと!? ぐぼあぁっ」
ああ、ついうっかり錫杖を突き出してたわ。たまたたまそこに侯爵令息がいたわけで、これはアレだね、不幸な事故ってやつだ。
「なにをするか、貴様あ。おぎゃあぁ」
「殺すのは当然だめだけど、後遺症も残しちゃだめよ」
侯爵令息の取り巻きと王子の護衛を無力化してるのは、もちろん頼もしい我がメンバーだ。護衛の方は手荒はしてない。苦痛を与えないで、ちょっと気を失ってもらってるだけだよ。
一番生き生きしてるのがクリュトーマさんなのは、どうしたもんか。
「殿下、君側の奸は取り除きました。今こそご下命を」
「命令、だと?」
「は。あえて政治的に利用することで、名を高めようとする不埒な者どもは無力化いたしました。どうぞ、命をくださいませ。氾濫を鎮圧せよ、と」
わたしたちは今、孤独な第5王子だかを恫喝中だ、さあ、どう受け止める。
威圧感ばりばりで、目力ガンガンだ。さてどうするよ、殿下。滝みたいに汗流してるけど、ちょっとは痩せるかな。
「そ、その方は」
「わたくしに裏も表もございません。ただ王都の平安を望む次第です」
「……よかろう。ただし騎士団の指揮権は与えられん。その方らと、冒険者たちで鎮圧してみせよ」
「ご下命、確かに。そして此度の勝利の全ては、殿下の差配によるものと」
勝った。言質は取ったよ。
まああの第5王子もそこまで馬鹿じゃあるまい。敵対派閥の冒険者、つまりわたしたちを使い潰して、最後は騎士団に花を持たせるってところかな。
だけどね、わたしたちは『訳あり令嬢たちの集い』なんだ。ご自慢の騎士団、出番はあるのかな。
「そこな者たちの扱いは」
「当然、最前線に立ってもらいます」
「それは」
「ご心配には及びません。責任をもってわたくしたちが生還させましょう。殿下の直卒が実戦経験を得るのです」
あんまりな内容に第5王子が顔を引きつらせている。
「す、好きにするといい。私はここで吉報を待つことにしよう」
そうこなくっちゃ。
「それでは行ってまいります」
ぶっ倒した貴族共を引きずりながら、わたしたちは出撃する。
「その方らと我が手勢の活躍に期待している」
「御意のままに」
「なあ、我の出番も残しておけよ」
ここまで成り行きを見守っていた、オーブルターズ殿下がなんか言ってる。知らないよ。
「それは殿下次第ですね。でもまあ、十分戦力に見込んでますよ」
「ふむ、ではやるか」
侯爵令息をぶん殴った件は後回しだ。さあ氾濫鎮圧、いってみようか。
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