第166話 ゴブリン大軍団





「やっぱりこうでなくっちゃですね」


「そうね」


 キールランター7層でわたしとクリュトーマさんが会話してる。もちろん戦いながらだ。

 騎士団と魔術師団は後ろに下げて、メインの7パーティが前線に出てる。『訳あり』から4、殿下から3だね。ちなみに殿下は『ライブヴァーミリオン』に臨時編入だ。殿下の3パーティは『天の零』『雲の壱』と『夜の弐』。ヴィットヴェーンで鍛えた人たちだね。


「おめえらは零れたのを狩れ。無理せず交代しながらだあ」


「ういっす!」


 殿下がキールランター所属の冒険者たちに指示を飛ばした。うんうん、信頼されてるのがわかるよ。やるじゃん。


「『ルナティックグリーン』は中央で馬鹿貴族共を守りながら。『ブラウンシュガー』は2時10メートル。『ブルーオーシャン』は10時。『ライブヴァーミリオン』は殿下の指示で」


 3パーティで『V』の字型で敵を迎え撃つ。ほれ侯爵令息、さぞやレベリングしたんだろう。はよ起きろや。



「う、ううっ。……ここは?」


「やっと起きましたか。何処かと問われれば、名誉ある戦場、しかも最前線ですよ」


「な、なんだとっ!」


「せっかく12人連れてきてあげたんですから、ちゃっちゃとパーティ組んでください」


 目を覚ました侯爵令息、名前はもう忘れたけど、そいつが慌ててる。知らんなあ。


「貴様っ、このような真似をして、どうなると」


「後ろの冒険者のみなさーん。ここにいる連中は冒険者を捨て駒にしようとして、後ろでふんぞり返っていたんですよ。なので、現場の苦労を知ってもらうために、来ていただきました」


 冒険者たちの空気が変わった。ああ、気持ちのいい殺意だ。やったれやったれ。


「なあ、お貴族様」


「な、なんだっ!」


「いえなに、お貴族言葉なんて話せねえんでね、失礼をお許しくだせえ。そしてえ」


 びびっとるびびっとる。


「こんな俺らに、ぜひ素晴らしいお貴族様たちの戦いっぷりを見せてくだせえ。ああ、背中に気をつけてくだせえよ。俺ら下賤なもんで、剣の振り方も上等じゃねえですから」


 実際はバトルフィールドに囲まれるわけで、フレンドリファイヤなんて起きないんだけどね。



「『マル=ティル=トウェリア』」


 キューンの魔法が正面前方に放たれた。さあ、わたしたちは前だ。


「『ルナティックグリーン』前進」


「おう!」


『V字』陣形が『A字』に変わる。わたしたちが突出した後を任されたのが、例の侯爵令息様だ。がんばってね。

 前には強力な冒険者、後ろには100人に及ぶ冒険者、そこに挟まれた貴族連中は狼狽えるのみだ。がんばらないと、モンスターに集られるだけだよ?


「やるさ。やってやる。私の力を見せてやる!」


「そうこなくっちゃでさあ」


 げらげらと笑う冒険者たちと、苦い顔の貴族組の差が面白いね。

 じゃあ後ろは任せたよ。



「そういえば、殿下のクランって名前は?」


「『万象』だ」


「では『訳あり』『万象』、ゆっくり前進です」



 ◇◇◇



「なるほど、あれですか」


「なんだかわかるのか?」


「ゴブリンエンジェルですよ」


「なんとまあ、酷い組み合わせだなあ」


 戦うこと2時間くらいで、宙を飛ぶゴブリンを見かけた。いやあ、酷い絵面だね。

 これがコウモリの羽とかだったらわかるけど、モロ天使の翼なのがすっごい違和感だ。

 そうこうしてるうちに、ゴブリンエンジェルが口を開いた。


「来ます。『天使の咆哮』。耐衝撃」


『ぎゃあぁぁぁぁ!』


 大量の黒板を引っ掻いたような音と共に、衝撃波がやってきた。キッツイなこれ。

『ルナティックグリーン』のHPとVIT、STRなら耐えられるけど、低レベルでこれをくらったら、行動不能になりかねない。やっぱし危険な相手だ。


「『ヤクト=ティル=トウェリア』」


 せめてもの救いは単体だってことくらいかな。それでも遠目にはポコポコ浮いてるし。

 全員がハイウィザード持ちで助かるよ。


「でもまだ1000くらいしか削ってないよね。本番はまだまだこれからかなあ」


「ターンはいけるぞ」


「頼りにしてるよ」



 状況としては、上位種を見かけたら無理やりバトルフィールドに引き込んで、それ以外のゴブリンは後ろに流してる感じだ。後ろのみなさんがんばってね。経験値的に美味しくないだろうけど。


「サワ、大物だ」


 ターンが指さしたその先には、8層からの階段がある。そこから現れたのはデカブツだった。


「『ジャイアントゴブリン』」


 これ絶対、デザイン適当だろ。普通のゴブリンを2倍にしただけじゃないか。手抜きなのか?

 一応パラーメーター上は、魔法耐性を持ってることになってる。後はこん棒攻撃でスタンが掛かるくらいかな。


「他にも変なのがいる」


「ああ、いるね」


 目を凝らせば、黒やら紫やら、普通なら緑色のゴブリン以外の種類が沢山混じり始めてる。


「えっと『アサシンゴブリン』と『ポイズンゴブリン』だね」


「クリティカルと毒か」


「そゆこと」


 まさにゴブリン氾濫。上位種のオンパレードだ。こりゃ、他にも出てくるだろうなあ。


「毒は、まあいいか。アサシンは絶対後ろに流さないように」


 やっと美味しくなってきた。敵のレベルは40から45相当。この後があるかもしれないけど、都合のいいモンスターってところかな。

 それにしても、軍隊みたいに整然としてるのが逆に助かるよ。強いのだけで編成されるほうが厄介だ。



 ◇◇◇



「何故だ。何故戦える。何故スキルがもつ? 貴様らはヴィットヴェーンなんだろう。何故ここまでする。何を考えている!?」


「名前は忘れましたけど侯爵子息様の疑問に答えましょう。簡単なことですよ。わたしたちが『冒険者』だからです」


「狂っているのかあ!」


「よく言われますよ。ですけどね」


「はははっ、それくらいじゃないと、コイツにはついていけねーぞ」


「殿下もまだまだですよ。王都に戻ってなまったんじゃないですか? 奥様の方が強いですけど」


「ぬかせえ」


 5時間後、ついにノーマルなゴブリンが消えた。アサシンやポイズン、ジャイアント、エンジェルに加えて『マスターゴブリン』『ゴブリンロード』、そして『グレーターゴブリン』なんかで広間はいっぱいだ。こりゃ、背中を任せるのはムリかな。



「前線7パーティを残して撤退! あとはわたしたちがやります」


「嬢ちゃん!」


 冒険者の誰かが叫んでるけど、気にしてられない。


「6層の階段前で待機しててください。少しずつ流しますから、きっちりトドメをお願いします」


 状態異常や致死性の攻撃を持ってないゴブリンはスルーする。流石にこの数は対処しきれないよ。


「あと、貴族のみなさん。6層で踏みとどまるもよし、逃げるもよし。逃げた上で、王子殿下に有ること無いこと吹き込むのもよしです。全部が終わった後でケジメつけるから、覚悟しとけ!」


「ひ、ひあああ」


 あ、逃げ出しやがった。バカじゃないか? 踏みとどまって戦ってるフリだけでもしとけばいいのに。


「騎士団、魔導師団、隊伍を組みなおせ! 奴らに王都の意地を見せるのだ!」


「およ?」


「両端は任せろ。中央は貴様らだ。それと、私の名はベースキュルト・レディア・ブルフファントだ。忘れるな!」


「ははっ、いいですよ。覚えておきます」


 なあんだ、やるじゃない。


「最後の矜持か。悪くないなあ」


「殿下も言いますね。ですけど『ライブヴァーミリオン』と『万象』も後方です。騎士団と並んで援護に徹してください」


「なんだとお。我は引かんぞ!」


「そろそろスキルも尽きかけでしょう。クリュトーマさん」


「わかったわ」


「おい、クリュトーマ!」


「見るのも戦い。それに学ぶのも戦い。それが冒険者ですよ」


「ぐぬぬ」


 さっすがクリュトーマさん。わかってるぅ。



 ◇◇◇



「さてはて、これは進退きわまったね」


「サワ、あれはなんなの?」


「リッタの質問にお答えするよ。あれは『ゴブリンエンペラー』と『ゴブリンキング』。ゴブリン種の最上位だね」


「どうするのよ」


 わたしたちの目の前には大量の特殊ゴブリンと、そして単純に巨大な、それこそ身長5メートルはありそうなのがいる。こんなデカいゴブリンがいるか。いるのが『ヴィットヴェーン』なんだけどね。さて、どうしよう。


「逆に考えよう。敵の総大将が出てきたらどうする?」


「ブチのめす」


「シローネ、半分正解。正解は全部倒す」


 氾濫だからねえ。


「だけどこりゃ不味いね。一旦態勢を立て直さないとジリ貧だ」



 6層に引けば勝算はある。『確定逃走』を使うか。いや、全パーティをってなったら、アレしかないか。だけど誰がやる。


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