第164話 場所が変われば常識も
「すみませーん。ちょっと避けてくださーい」
6台の荷車と20人が王都への街道を爆走してる。たまに隊商と出会うけど、全部スルー。
わたしたちの行軍速度は伊達じゃない。盛りに盛ったVITとSTRがそれを実現してるんだ。
「3日です。3日で行きますよ。ケータラァさんとユッシャータは、疲れたら荷車に乗ってください」
「いえ、大丈夫です。きゃあ!」
「意気や良し」
ターンが鼻を鳴らして、それからユッシャータをおんぶした。速度を落とさないまま、中々の切れ味だ。流石。
ちなみに誰も荷車に乗ってない。ただ走り続ける。荷車担当は3時間くらいで交代しながら、それでも疾走は続いてる。これが『訳あり令嬢』たちの進軍だ。
チャートとシローネにいたっては、腕を組みながら走ってるけど、その上半身は微動たりともしてない。高いDEXが為せる技だ。意味あるの?
「格好良いから」
なら仕方ないね。
さてこの国、キールラントなんだけど、実際は4つの迷宮に依存した都市国家連合みたいな感じだ。そのせいでヴィットヴェーンと王都キールランターを繋ぐ街道は、その大半が誰の領地でもない。
「本当に迷宮ありきなんだね」
「そうよ。街道には宿場町があるけど、男爵か子爵が管理しているだけね」
リッタが解説してくれた。日本からしたら誰のモノでもない土地が存在してるっていうのが、ちょっと信じがたいけど、そういうことらしい。
そして宿場町は、1日に馬車が踏破する間隔で配置されてるわけだ。もちろんわたしたちはそれをブッチするけどね。
◇◇◇
「到着ね」
「まさか本当に3日でたどり着くなんて」
ユッシャータが疲れ果てているけど、本題はここからなんだよね。
ユッシャータとケータラァさんが王都を離れて10日弱。状況はどんなんだろう。
「ケータラァ・イクト・ソリタリオである。開門せよ」
「はっ!」
流石は現役男爵、夜中なのに王都の貴族門を開けさせた。
これは聞いた話なんだけど、キールランター迷宮はなんと王都の中にあるらしい。
「ケータラァさん、これからは?」
「メッセルキール邸に向かいましょう。そこで指示を仰ぎます」
「概ね了解。どんな対応されるやら」
「公爵閣下はサワさんたちを無下にはしません。問題はその後です」
「ほんと、どうなるやら」
「そのような態度を取る必要はない。面を上げよ」
「はっ」
手順があるかと思ったら、メッセルキール公爵直々のお出迎えだった。
年の頃は60手前なのかな、本来は茶色だったろう髪の毛がほぼ白くなってる。だけど目力は凄い。わたしたちを品定めしてるのを隠そうともしてないよ。怖いなあ。
「まずはこんなにも早く来てくれたことに感謝しよう」
ここは王都にあるメッセルキール公爵邸、その応接間だ。
「息子から、この上のない援軍とは聞いていたが、少し若すぎではないかな」
「失礼ながら閣下、彼女たちはヴィットヴェーン最強にして、わたしたちのクラン『訳あり令嬢たちの集い』の最精鋭にございます。証は必要でしょうか」
「……なるほど、この場での試しは終わっていたのだな」
わたしとユッシャータ、ケータラァさん、ついでにイーサさん以外の全員は、すでに席にいなかった。公爵を取り囲む護衛や家令っぽい人たちの後ろに立っている。はい、証明終了。イーサさんは立場にビビったね。
そもそも殺気を出し過ぎだよ。公爵の守りにしては弱すぎる。ほんとに大丈夫なの?
「サワ嬢と言ったな。ジョブとレベルは?」
「ジョブはシュゲンジャ、レベルは26です」
「シュゲンジャ。聞いたことの無いジョブだ」
「モンクの上位ジョブです。退魔を得意にする前衛ですね」
「信じろと?」
「お爺様、サワさんは一切嘘を吐いていません!」
ユッシャータが悲痛な声を上げた。別に怒ったりしてないから大丈夫だよ。
「ではこちらをどうぞ」
==================
JOB:SYUGENJA
LV :26
CON:NORMAL
HP :415+126
VIT:116+47
STR:154+63
AGI:127+26
DEX:183+46
INT:127
WIS:89+59
MIN:51
LEA:17
==================
こういう茶番はさっさと終わらせたい。ステータスカードを見て納得してもらうのが一番だね。
55層レベリング作戦からこっち、エルダーウィザード、オーバーエンチャンター、カダときて、今はシュゲンジャだ。お陰でINTが3桁だぜい。
「これは……」
「前衛も後衛もできます。そうですね、レベル50相当の活躍はお見せしましょう。他の皆も似たような感じですよ」
ちょっと盛った。わたしと同じくらいなのは、ターンだけだね。
「この基礎ステータスはいったい」
「ジョブチェンジの賜物です。手法はオーブルターズ殿下から聞いているのでは」
「くくっ、ふははっ、ふははははは」
おお、大物笑いってヤツかな。堂に入ってる。
「全員着席して」
もうよかろう。みんなが元の席に戻った。
「いや、聞いていたどころか、それ以上ではないか。オーブルターズには後で文句を言っておかなければな」
殿下、ざまあ。
「試すような真似、というのも馬鹿馬鹿しいな。見事としか言いようがない」
「急かすようで申し訳ありませんが、状況を」
貴族的前置きなんて習ったこともない。リッタならできるのかな。でも一番偉いのはわたしだし、仕方ない。
「良くはないな。数は5000まで増えたようだ。今は8層だな」
「押されている? ゴブリン相手に」
「上位種の割合が高い上に、統率がとれているのだ」
たしか王都でも『氾濫』は初めてのはずだ。ヴィットヴェーンで2回あったのが報告されてるはずだけど、どれくらい反映されてるんだか。
「現場はどのような態勢になっているのですか」
「我が名代としてオーブルターズが陣頭指揮を執っている。だがなあ」
まさかとは思うけど。
「他の貴族共が足を引っ張っている。いや、頭の取り合いと言った方が正確か」
「なんてことを」
「ブルフファント侯爵の息子が、第5王子を引っ張り出してきてな」
「強いのですか? いえ第5王子ではなく、ブルフファント侯爵子息は」
「レベル38のロードだったはずだ。取り巻きも弱くはない」
確かに強い。だけどそんなの殿下なら。
「それと頭が切れるのだ。統合派の貴族を上手く集めている」
「『氾濫』を政治利用ですか」
「ほう、サワ嬢も切れるな。どうだ儂の側室に」
「とっくに殿下の第7夫人ですよ。聞いているでしょうに」
貴族ってこんなんばっかかよ。
「それでは、わたしたちはこれからどうすればよろしいでしょう」
「……休息してもらった後、現地だな」
「休息は不要です。直接迷宮に向かってもよろしいでしょうか」
「よかろう。ユッシャータ、上手くやれ」
「わかりました、お爺様」
◇◇◇
「こりゃまた、凄いね」
キールランター迷宮は、巨大で神聖な建物の中にあるらしい。簡単に表現したら大聖堂って言葉になるのかな。真っ白な上に、豪勢なステンドグラスやら尖塔やらがあって、やたらめったらに豪華だ。
「ヴィットヴェーンと違い過ぎて、表現に困るわね」
リッタの言う通りだ。ヴィットヴェーンは無骨な砦みたいな感じなんだよね。街から離れたところにあるし。その砦にしたって、サワノサキ領で石壁を造って体裁整えた部分もあるわけで。
「王都と王家にとって、キールランターは富と権力の象徴なのです」
ユッシャータが説明してくれた。なるほど、言いたいことはわからないでもない。
無限に財宝が湧き出る宝物庫ってとこかな。
もう夜明けも近いのに、大聖堂はかがり火に照らされて、方々に衛兵がいる。
その衛兵っぽいのも凄い。真っ白なプレートメイルに身を包んで、長槍を持ってる。なんていうか聖堂騎士って感じだ。ヴィットヴェーンの衛兵さんなんて、革鎧で冒険者と見分けつけにくいくらいなのに。
「何者か」
ときたもんだ。ヴィットヴェーンなら「よう」とか「気を付けろよ」とかなんだけどなあ。
「ユッシャータ・メジア・メッセルキールです。ヴィットヴェーンより援軍を連れ、参上いたしました」
「これはユッシャータ様でしたか。どうぞお通りください。それにしても、ヴィットヴェーン、ですか」
「なにか?」
「いえ」
おいおい、あからさまに見下してんじゃねーよ。まあいい、こんな木っ端に喧嘩売っても始まらないし。だからみんな、どうどう、落ち着いて。
「ええと、みんな。ここでは一応全員わたしの私兵って扱いでいい?」
「仕方ないわね。イーサ、シーシャ、ワルシャン、わかったわね」
「はい」
そこまではよかった。
「わたしは私兵じゃなくて仲間だぞ」
ターンたち年少組が、じっとわたしを見てる。ああ、これは困った。
「建前、建前だから。他の貴族っぽいのがいる時だけだから、だからお願いね」
「むむう、やむなしか」
頼むよ、ほんと頼むよ。変な揉め事やってる暇があったら、ちゃっちゃと終わらせて帰りたいんだからね。
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