第163話 キールランターへ
「こちらが公爵閣下からの正式な要請書です」
ユッシャータが、やたら豪華な羊皮紙を差し出した。ああ、フェンベスタ伯爵のサインも入ってるね。同意したってわけか。ん?
「あれ、キールランターって王家直轄じゃなかったっけ」
「……その通りです。ですがお父様、オーブルターズ殿下はみなさんの力が必要と判断しました」
「独断?」
「はい。現当主、オーレンお爺様が許可いたしました」
確かに書いてあるわ。ええと、オーレンシュート・メクト・ランド・メッセルキール公爵かあ。殿下のお父さんでメッセルキール家当主ねえ。
「ユッシャータさん。この件、王家はご存じなのですか」
ハーティさんが確認するように言った。うん、わたしも気になる。
「それは……」
ああ、そういうこと。
「私からご説明しても」
「ケータラァさん、お願いします」
とりあえず促してみた。助けに行くにしても、どういう立場になるのか確認しておきたいんだ。
「キールランターは確かに王家直轄です。ですが、運営はメッセルキール家に委託されているのが、現状なのです」
まあ、それは分からないでもない。王家が迷宮のことばっかりってわけでもないだろうし、王族筋に業務を移管するのはあり得そう。
「でも王都って統合派でしたよね」
「そうです。ですがご存じの通り、メッセルキール家は中立派です」
「そこにヴィットヴェーンの冒険者、しかもフェンベスタ伯とサシュテューン伯の寄り子である子爵が助太刀となると、問題になりませんか」
再びハーティさんが割って入った。なるほど面子の問題か。
「……あり得ます」
ケータラァさんが苦い顔で言う。伯爵の許可付き要請書を使って有無を言わせないことだってできるのに、正直だなあ。
「お父様からの伝言です。全ての責はメッセルキールが負う、と」
王家直轄の、しかも統合派の総本山が他派閥に助力を乞うわけだ。ひと悶着あっても不思議じゃない。それでも、ユッシャータとケータラァさんは埃に塗れてここにきた。
「ターン」
「冒険者は諦めない」
いきなりのやり取りに、ユッシャータが目を白黒させてる。
「リッタ」
「冒険者は見捨てない」
ケータラァさんはなにかを感じ取ったのかな、目を伏せた。
「シローネ」
「『訳あり』は仲間を裏切らない」
そういうコトだ。
「ピンヘリア」
「全てはクランリーダーのご意思のままに」
わたしは悪の首領じゃないんだけどね。
「ハーティさん」
「準備はお任せください」
「アンタンジュさん」
「あたしたちは留守番だねえ。こっちは任せて、思う存分やらかしてきな」
「みなさん?」
ユッシャータは、なにが起きてるか分かってないみたい。じゃあ、教えてあげるね。
「『訳あり令嬢たちの集い』は、これより7番隊『ライブヴァーミリオン』の救援に向かいます。無論全力で、かつ全速で、です」
「おう!」
『訳あり令嬢』が一斉に応えた。
「救援に向かうのは『ブラウンシュガー』『ブルーオーシャン』『ルナティックグリーン』。『クリムゾンティアーズ』『ホワイトテーブル』『シルバーセクレタリー』はヴィットヴェーンに残って、変事に備えてください」
「任せときなぁ」
ベルベスタさんのとぼけた声が頼もしい。
「ハーティさん、出発は明日早朝にします。間に合いますか」
「荷車6台と物資を用意します。当然間に合わせますよ」
頼もしすぎて怖いよ。
「じゃあ今晩は、各自節度をもって前祝いです。明日から、忙しくなりますよ!」
「おうよ!」
◇◇◇
「おはようございます」
「おお、随分と早えな。どうした」
「急用ができちゃって。ごめんなさい」
「構やしねえよ。ブツはできてる」
翌朝、わたしたちはヴィットヴェーンの片隅にある、ドワーフの工房にきてた。
「『ライブヴァーミリオン』の分もあるから、ユッシャータとケータラァさんも着てみて」
「なんですか」
ユッシャータは驚きで、ケータラァさんは早く王都に向かってほしいって感じの表情だ。だけど、これは必要なことなんだよね。
「新装備。中々凄いよ、いいから着替えよ」
「は、はい」
「いいね。違和感ない」
わたしたちが着替えたのは、新しい革鎧だ。わたしも含めてだけど、年少組もちょっと背が伸びたから、新調しようと思ってたんだよね。
そうして作られた新しい革鎧だけど、見た目は大した変わらない。ただし素材が違う。
「キングトロルの皮なんぞ大量に持ち込みやがって」
ドワーフのおっちゃんがぼやくけど、顔は楽しそうだ。
今まではレッサーデーモン素材だったのを、キングトロルに換装したんだ。防刃性、耐衝撃性はこれまで以上になった。残念だけど耐魔法はちょっと落ちる。それでも随所にジャイアントヘルビートルの甲殻があるから気にするほどじゃないね。
色も一緒で全面墨色だ。両肩のワッペンも引き継がれてるよ。
当然ウサマフラーも健在だ。裏地はキングトロルの革に変更された。ただし白一色だったのが、各パーティのシンボルカラーに変更されてる。戦隊モノみたいだね。
「ほれ、こっちもウリなんだろ。持ってけ」
そういっておっちゃんが手渡してくれたのは、見た目は普通のマントだった。
ただ素材が豪勢なんだよね。
「裏地はレッサーデーモンだ。表はジャイアントフロッグの革だな。耐魔と防水性は折り紙付きだぜ」
外面はモスグリーンで、裏地はレンガ色っていう膝下まであるマントだ。各人の身長に合せて丈が調整されてる。
「専用装備ですよ。格好良いでしょう」
「何故わたしたちの分も」
「そりゃ仲間だからですよ。仲間外れにするわけ、ないじゃないですか」
「サワさん」
ケータラァさんがなんとも言えない表情をしてる。こっちは自己満足なんだから、気にしなくていいですよ。
「クリュトーマさんのとコーラリアの分もありますから、心配ご無用です」
「そういうことでは」
「まあまあ。それより来ましたよ」
「おまたせー」
『オーファンズ』の子供たちが荷車を引いて現れた。その数、6台。荷台には水樽やら食料なんかが沢山積まれてる。
この荷車、今まで『訳あり』が使う機会がなかった特別仕様車なんだ。サワノサキ領の子たちは使ってたんだけどね。少々重たいけど、とにかく頑丈っていう、まあそういう方向性だ。ボールベアリングは作れなかったよ。
「各パーティで2台ずつ、引き手は一人。3時間交代くらいかな。ああ、ユッシャータとケータラァさんは適当に交代してください」
「まさか、サワさん」
「そうですよ。コレで突っ走ります」
ケータラァさんが驚愕としてる。こっちの方がモノ運べるし、いいじゃない。
メッセルキール公爵家が迷惑を掛けないっていうなら、こっちもそうしてやる。自前で持ち込んで、向こうさんに迷惑を掛けないようにしてやるんだ。わたしたちにはそれができる。
「サワお嬢ちゃんが俺たちの頭だ。ヴィットヴェーンの凄さ、見せつけてきてくれ」
「ボクたち貴族の代表として、しっかりやってこい」
見送りに来てくれた『世の漆黒』のケインドさんや、『高貴なる者たち』のイェールグートなんかも声をかけてくれた。他にも色んな人たちがいる。嬉しいね。
「フェンベスタ伯からの伝言だよ。なるべく穏便に、だそうだ」
最後に現れたのは会長だった。
「努力はします」
「無理と言っているようにしか聞こえないよ。キールランターからしてみれば、ヴィットヴェーンは西の辺境も辺境だ。覚悟はしておくといい」
「なるほどなるほど」
「その顔を止めてもらえるかな」
わたし、そんなに悪い顔してるかな。なんとなくだけど、あっちの出かたが想像できる。
別にいいけどね。野蛮な田舎者で、平民上がり子爵がどれだけのことをやってのけるか、見せつけてやるだけさ。
「みんな、がんばってね」
「おう」
『オーファンズ』がウチの年少組に声をかけてる。っていうか、遠征隊でわたしより年上ってイーサさんだけなんだよね。
「ヴィットヴェーンもそうだけど『訳あり』の力も見せつけてやってきな」
「ご無事で」
「後は任せておいてください」
アンタンジュさん、ピンヘリア、ハーティさんがそれぞれ声をかけてくれた。
うん、心置きなく行ってくるよ。
「それでは『訳あり令嬢たちの集い』、キールランター救援特別部隊。出発!」
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