第5章 サワノサキ領発展編
第121話 婚約破棄の後始末
「説明、いや釈明はあるのだろうね」
「申し訳ございません、不明なわたしには、閣下の御心に沿うご返答ができかねます」
「……両方だよ。それと口調は普段通りで構わん」
「畏まりました。婚約破棄については、方向性の違い、もしくは痴情のもつれ、決定的な相性の悪さなどが理由と考えます」
「ジェルタード?」
「僕も全くの同意見です。まさかこのような愚かな選択をするとは、とても信じられませんよ」
「ほう? では我がフェンベスタ家の子としては?」
「それは閣下のご判断によるかと存じます」
さてジョブチェンジ並びに婚約破棄騒動から2日、わたしはフェンベスタ伯爵邸に召喚されていた。面倒くさい上に、会長の弁明に腹が立つ。愚かじゃねーし。
出席者はカラクゾット男爵夫妻、当然片方はマーサさんだ。それと伯爵とわたしと会長、最後にハーティさん。ハーティさんは味方だよね?
現在わたしは会長と並ばされて、伯爵の向かいのソファーに座っている。それ自体が不本意の極みだよ。
「君たちが、わざわざ協会事務所で、さらに多数の人の目がある状況で騒ぎを起こしてしまったことを、大変遺憾に思っている」
「申し訳ございません」
「せめて場所を考えるべきでした。それについては申し訳なく思っています」
伯爵が『わざわざ』の部分を強調した問いを発したけど、わたしと会長はいけしゃあしゃあと返事をした。
「よりによって多数の冒険者に現場を見られてしまった、噂を止めることは不可能だな」
まさにその通りだ。それが狙いだったんだし。
「で、どのように責任を取るのかな?」
お貴族様お決まりの落としどころってやつだ。ほれ会長、言ってやれ。
「このような事態になってしまった以上、婚約の継続は困難ですね。誠に残念です」
ほう。残念とな。
それとマーサさん、目からビームが出てるくらい目力が凄いよ。照射先が息子さんなので助かる。会長の首筋に汗が浮かんでる。ざまぁ。
マーサさんこの話聞いた時、怒ってたもんなあ。もっと上手くやれって。ごめんなさい。
「そこで、これを」
会長とわたしが二人揃って、羊皮紙を差し出す。この世界、普通にモンスター植物紙がある。普通にドロップするからね。
わざわざ羊皮紙を使う時は、それだけ正式な意味があるってことだ。
「私ジェルタード・イーン・カラクゾットは、ご嫡男、キルフェルール・イルト・フェンベスタの与力となりましょう」
「同じくわたしサワ・サクストル・サワノサキ=フェンベスタも、ご嫡男にして弟たる、キルフェルール・イルト・フェンベスタの与力となりましょう」
「……よかろう」
そういう感じで今回の騒動は手打ちになった。
◇◇◇
「とても惜しいけれど、しかたありませんね」
マーサさんが残念そうに言った。
伯爵邸からの帰り道だ。わたしと一緒に歩くのは、カラクゾット男爵とマーサさん、それに会長とハーティさんだ。一家集合じゃない。ああ、後ろにはウォルートさんたち護衛がいるよ。
ヴィットヴェーンには、街中で馬車を使う文化は無い。あくまで遠出する時だけだ。
「ジェルにはがっかりだけど、サワさんはもっと大きな存在になりますからね。見守りたく思います」
ふふふ、ジェル君、お母さんに言われてるよ?
「いえいえ、マーサさんこそ、いつもお世話になってます。モンクの調子はどうです?」
「ええ、レベル34まで来ましたよ」
怖え。『ホワイトテーブル』のキャリーがあったからって、そこまで上げたんだ。
「サワさんは?」
「わたしは今朝、メイジになりました。ターンはプリーストです。高レベルでブイブイ言わせるのもいいですけど、直ぐにレベルが上がるのも良いですね。今日もこれから潜ります」
会長が狂人を見る目でこっちを見てる。止めろし。
「サワさんは意識が高いですね」
「必死なだけですよ。伯爵には弱くなったなんて、思われたくありませんから。当然、皆さんにも」
見てろよ? わたしはやるぞ。
「ああ、そうだ。マーサさんにお話があるんですけど、この後いいですか?」
「ええ、構いませんよ」
「サワ嬢、何をするつもりかな?」
「会長にはちょっとしか関係ありませんよ。サワノサキ領の開拓についてです」
「それは私も気になるね」
カラクゾット男爵も会話に加わってきた。
男爵当人とまともに会話をするのは、初めてかもしれない。
「伯爵から北部は切り取り次第と、言葉を頂いています。ですので、しっかりとその期待に応えて、心証を良くしようかな、と」
「流石はサワノサキ卿、やり手だね」
「いえいえ、やることは単純です。育成施設の子たちを強くして、手伝ってもらいます。当然賃金は渡しますし、土地も与えます」
「ほう? 農奴にはしないと」
農奴、この手の世界ではよくあるフレーズだ。生活が保障される代わりに、自由はない。
「自由を与えてあげたいんです。だけど同時に厳しいとも思っています」
そう、厳しい考え方なんだ。ある程度の保障はしてあげるつもりだよ。冒険者あり、農家あり、才覚があれば商人になったっていい。当然、領を出ていくのも止めるつもりはない。
その代わり、自分の行動に責任は負ってもらう、それがわたしの方針だ。
「厳しい考え方だな」
「責任を負えるだけの力を付けさせます。それがわたしの責任の取り方ですね」
「ははっ、気に入ったよ。やはり今回の婚約破棄は惜しい」
会長が心底嫌そうな顔をしている。周りが敵ばかりだね。
「ご縁が無かったということで、ですが、領地開拓は北東を目指します」
つまり、カラクゾット男爵領と接続する気があるってことだ。
「それは有難い。よろしく頼むよ」
◇◇◇
「カエル、カエルー。レベル、レベル、レベルぅー」
その日の午後、わたしは一人でカエルに立ち向かっている。フェンベスタ伯爵へ釈明していたお陰で『ルナティックグリーン』とは、別行動になっちゃったんだ。マーサさんとの打ち合わせもあったしね。
メイジが単独でポイズントード狩りとか狂気の沙汰なんだけど、わたしには薬効チートと装備と高い基礎ステータスがある。なんも問題ないんだよね。
単体攻撃魔法を使ったり、スタッフでぶん殴ったり、色々と試していく。
しばらくぶりになるけど、補助ステータスがいきなりなくなる感覚に体を慣らさないとね。
パワーレベリング組の苦労を、わたしも知っておかないとなあ。
「サワ」
「おう、ターン。もう終わり?」
「むふん。プリーストをコンプリートしたぞ」
「うええ、早いね。こっちはまだ……」
一旦戦闘を切って、レベルを確認してみる。11かあ。
以前なら驚異的なスピードなんだろうけど、今となると辛いところだ。
「明日は頼むね」
「任せて!」
ズィスラが元気に答えてくれた。
「で、無事婚約破棄は認められたってことかい?」
「ええまあ。どの道フェンベスタ伯爵と、敵対するつもりもありませんでしたし」
「何よりだね」
サーシェスタさんが息を吐いた。確かに伯爵が宣言した婚約が破棄されるっていうのは、大事なんだ。いくら迷宮で稼いでいるからって言っても、何かしら罰を受けてもおかしくなかった。
そこで、5歳の嫡男を庇護するっていう宣言だ。これはハーティさんの入れ知恵だね。
今現在、伯爵が一番気にしている部分を、的確に攻撃したわけだ。ヴィットヴェーン最強格の男爵と、次期男爵が与力を宣言したんだ。納得もするだろう。
「ハーティさんはあくどいですね」
「褒めても何も出ませんよ」
ああ、そういう解釈になるのか。流石は貴族庶子。
「それと育成施設ですけど、持ち回りでレベリングしたいんです」
「その件については『世の漆黒』にも打診はしてあります」
「さっすがハーティさん」
「クランハウス建設の貸出金と交換条件にしたので、快く引き受けてくれました」
やっぱり黒いじゃん。
「目標は、ソルジャー、メイジ、ウィザードかエンチャンター、ウォリアー、最後にシーフかパワーウォリアーです」
要は、VIT、STR、AGI、DEX、INTを全部上げるってことだ。
こうしておけば、どんな職にだって就けるはず。冒険者になるなら、さらにそこからプリーストやファイターでもレベリングをする。
ヴィットヴェーンでは、希望のジョブをマスターまで無料でやってるけど、ウチは違う。とことんやるんだよ。最強の領民を作り上げて、そしてみんなに自立してもらうんだ。
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