第219話 ボルトラーンでも氾濫か





「いいの? 本当にいいの!?」


「おう」


 争奪戦になった『芳蕗の教え』だけど、空気を読んだチャートが敢然と言い放った。相手はドールアッシャさんだ。

 だけど表情は微妙だね。なんかこういたたまれない。無様な年上のお姉さんを見て、仕方ないから立ててやってるって感じ。


「ありがとう。ありがとうっ!」


 対するドールアッシャさんはだくだくと涙を流しながらチャートに抱き着いている。痛いなあ。胸が痛い。年少組の表情が特に。

 そんな訳で4人目の超位ジョブは、ドールアッシャさんの『フサフキ』になった。年長組の威厳とかアレとかはおいとこう。



「『鉄山靠』!」


 ドールアッシャさんの背中が敵を打ち据えた。

 そんな訳で4人パーティになった『シュレッダーズグレイ』は、絶賛大暴れ中だ。ヒューマン2人と猫セリアン2人は、迷宮を突き進む。付き添いは呆れて別行動になっちゃったよ。


「でもわたしもそろそろ限界だなあ」


 今わたしのレベルは147。いい加減レベルが上がらなくなってきた。どうしたもんか。



 ◇◇◇



「ボルトラーンで大規模氾濫!?」


 最近、迷宮の異変が多すぎないか。しかも攻略が遅れてるはずのボルトラーンで?


「主敵は『大きくて黒い変なの』です。絵を描いてきました」


 連絡してくれた『オーファンズ』の子が、絵を見せてくれた。黒いカニかあ。『グランドクラブ』だね、多分。

 当然、ウルマトリィさんたちは苦い顔をしてる。


「戦況は?」


「5日前は、大丈夫だって、言ってました」


「誰がだい?」


 ウルマトリィさんが割り込んできた。


「あの、ウルマトリィさんのお兄さんです」


「やっぱり、兄貴が出張ったか。親父は、侯爵はなんて?」


「ご、ごめんなさい。会えませんでした」


「そう……。ありがとう、お疲れ様」


 そう言って『オーファンズ』の子を返してあげた。さてはて、どうするか。



「サワ」


「ビルスタイン侯爵とは和解が終わってます。助けない理由がありません。行きますよ、もちろん。歓迎されるかどうかは分かりませんけど」


「ありがとう。助かる」


「ただ、『セレストファイターズ』にはキツいかもしれません」


 残酷な現実を伝えるのはつらいなあ。


「『グランドクラブ』は硬いんです。弱点は魔法」


「そ、それは」


『セレストファイターズ』の脳筋傾向は今も続いてた。ハイウィザード4人とエルダーウィザードが2人。他の迷宮からしてみたら過剰火力かもしれないけど、『ヴィットヴェーン』あいや『訳あり』基準から見たら甘い。

 全員がエルダーウィザード持ちで、その上でさらにってのが当然なんだ。


「まあいいです。行くのは『ルナティックグリーン』『ブルーオーシャン』『セレストファイターズ』。トリィさんたちは陣地構築、頑張ってもらいますよ」


「お、おう!」


 彼女たちにも意地もあれば、地元愛もあるだろう。そこは汲まないと。



「おれたちは?」


 シローネが不服そうにしてるけど、役割あるからさ。


「残った部隊はヴィットヴェーンで超位ジョブアイテム漁りだね。責任重大だよ」


「ふむぅ」


 微妙な顔でシローネが鼻を鳴らした。


「もしアイテムが出たら、使っちゃっていいから。それで納得して」


「しかたないな」


 チャートのシッポがブンブンしてるよ。やる気マンマンじゃん。

 だけどそれだけじゃないんだよね。気になるんだ。


「ここのところ、迷宮異変が多すぎるって思いません?」


「そうだねぇ」


 わたしの突然のフリにベルベスタさんが応えてくれた。


「あんたらは100層を超えた。だから迷宮がそれに応える、かい?」


「危惧だといいんですけど」


 そうなんだよね。迷宮に意思があるとして、ギリギリをついてくるのがここまでの傾向だ。

 100層っていう一つの区切りを超えたパーティが4つもいるヴィットヴェーン。わたしたち全員が席を外すのはマズいと、そう思っちゃったんだ。


「なので『クリムゾンティアーズ』と『ブラウンシュガー』はもしものために残ってほしいんです。もちろん『ライブヴァーミリオン』も」


『ブラウンシュガー』じゃなくて『ブルーオーシャン』を選んだのは、今回は魔法戦だって理由だ。リッタとシーシャの存在は大きい。そこらへんは分かってくれたんだろう、シローネも頷いてくれた。



「あとせっかくなんで、ドールアッシャさんも連れてっていいですか?」


「構やしないよ。好きにしな」


 アンタンジュさんが軽く返してくれた。助かるね。


「ニャルーヤ、残ってもらえる? 『クリムゾンティアーズ』の欠員補助ってことで」


「ぐむぅ。わかったよー。だけど魔法職じゃなくって、ドールアッシャでいいの?」


「カニごとき、フサフキの餌なんだよねぇ」



 ◇◇◇



 前回は5日だったけど、今回は4日だ。わたしたちの速度上昇は留まるところを知らない。

 さて来たぞボルトラーン。


「迷宮と侯爵邸、どっちを先にします?」


「迷宮だな。親父なら1階に詰めてるさ」


 へえ、やる気あるんだな。お兄さんも最前線らしいし。


 ボルトラーン迷宮は、ヴィットヴェーンと王都の中間みたいな感じだった。豪華さがって意味でね。それなりに装飾を利かせた建物が迷宮の入り口だ。

 そしてウルマトリィさんの言う通り、ビルスタイン侯爵はそこにいた。


「来たのか、トリィ」


「ああ、待たせた」


「サワノサキ卿もか。感謝する」


 すっごくイヤそうな顔してるじゃん。和解は終わったんだから、もうちょい歓迎ムードってものをさあ。


「状況はどうです?」


 まあいいや。聞くことは少ない。

 そんなわたしのセリフに、さらに侯爵の表情が苦くなった。


「10日目だが、敵が減らん。今は43層で迎撃中だ」


「冒険者たちは無事ですか?」


「冒険者を使い潰すものか! 今は騎士団と連携して遅滞しながら階層を上げている」


 ごめんなさい、侯爵。疑っていました。



「じゃあ、わたしたちも行きます。いいですね?」


「ああ……、頼む」


 侯爵が軽く顎を引いてくれた。うん。やってやるから、勝報を楽しみにしててくださいね。


「トリィさん、案内をお願いします」


「おう!」


 わたしたちは初見だからね。

 さあ、強くなった『セレストファイターズ』。凄さを見せつけて。



 ◇◇◇



「兄貴!」


「トリィ!? 来てくれたのか!」


 42層まで降りたところで、防衛最前線とおちあえた。

 ひしっと抱き合う二人が印象的だね。仲良し兄妹なんだ。なんだか新鮮でいいなあ。


「兄貴、人が見てる」


「いいじゃないか、俺たちの愛を見せつけてやろう」


 ん?


「ジャビッタ、ポンタリト、タイガトラァ、ライオパル、ベアート。君たちもよく来てくれた。さあ、俺の胸においで!」


 んん?

 なんか『セレストファイターズ』の面々が、すっごい微妙な表情してるんだけど、なにこれ。


「ん? 君たちは?」


 そして彼の視線がこっちを向いた。


「わたしたちはヴィットヴェーンの『訳あり令嬢たちの集い』です。『救援のためだけに』参上しました」


 なんとなく予防線を張っとかないとヤバい気がしたんだ。


「そうか、ありがとう。俺はピースワイヤー・ヘルク・ビルスタインだ。よろしく頼む」


「あ、はい」


「ところで、そこのセリアンの皆さん。素敵な毛並みだね。おおっ! 君はシッポが2本もあるじゃないか! とても可憐だ!!」


 ああ、ヤバい人だったかあ。



「それより今は戦況です! 状況を教えてください!」


 この男はヤバい。話題を変えないと。


「確かにそうだな。彼女たちとの交流は、戦いに打ち勝ってからとしよう」


 だから言い方。


「10日かけて、少しずつ階層を上げている。敵はやたらと硬い謎のモンスターだ」


「『グランドクラブ』で間違いないですね」


 100メートルくらい先で戦ってる人たちの向こう側に、黒いカニが目視できた。これで確定だ。


「知っているのか!?」


「ええ、まあ。やたらと硬くて、魔法が有効なんですよね?」


「あ、ああ。そうだ。だがもう、ウィザードのスキルが回復しきれていないのだ」


 普通の冒険者ならそうなるか。


「『セレストファイターズ』は魔法を使い切ってから41層へ。陣地構築」


「ああ、了解だよ」


「ピースワイヤーさんは、ゆっくり冒険者と騎士団を下げて、41層で防衛態勢に入ってください」


「何をする気なんだ?」


「とりあえず一掃します。いくよ!」


「おう!」



 みっつのパーティが、カニに突撃をかけた。


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