第220話 カニさんがいっぱい





 多分42層中央あたりにあるんだろう大広間には、カニが湧きかえっていた。

 繋がってる通路は5つか6つか。冒険者や騎士団たちがフィールドを展開して抑え込んでいるみたいだけど、範囲が甘い。だから漏れ溢れた『グランドクラブ』が広間になだれ込んできてる状況だ。


「接敵判定、もらった」


 淡々とターンが告げる。

 わたしたち3パーティは割り込むように広間の中央に飛び込んだ。

 バトルフィールドが展開される。それぞれ、10匹程度のカニを巻き込んだ。さあ、やるぞ。


「この隙に撤退してください!」


 唖然としてる冒険者たちに後退を促しておく。それ以上はしらん。独自判断でよろしく。



「『BFS・INT』」


 それぞれヘリトゥラ、シーシャ、そしてポンタリトさんが自己バフをかける。続くのは当然。


「『BFW・INT』」


 パーティ全員のINTバフだ。さあ、ヴィットヴェーンの力を見せつけようじゃないか!


「焼きガニにしてあげるよ」


「『ティル=トウェリア』」


 ウィザード最強魔法が18個放たれた。もちろん『訳あり』にとっては手抜きも同然。


「だけどこれで十分!」


「うおりゃあ」


 嬉々としてドールアッシャさんが瀕死のカニにパンチを食らわせて、粒子に変えた。そういうことだね。

 所詮『グランドクラブ』なんぞ、レベル70相当だ。INTを上げたわたしたちの魔法に抗うことなんか、できやしない。ついでに物理耐性があったとしても、わたしたちの攻撃力の方がはるかに上だ。


「終わったら、カニ、かい? 宴会だなあ」


 楽しそうだなあ、ウルマトリィさん。故郷を守るってこんな気分なのかな。ああいや、わたしが元の世界に戻るってフラグじゃないよ。ホントだからね。


「うん、スキルは必要なさそうだね。『セレストファイターズ』以外は、魔法を適宜、最小限。柔らかくしてから肉弾戦でブチかませ! ドールアッシャさんは例外。好きに攻撃」


「おう!」


「『セレストファイターズ』は魔法を強めに。十分弱らせてから攻撃です。いきなり殴りかかったら、怒りますからね」


「わあったよ!」


 ホントにわかってるのかな。見てるからね。

 せっかくだから『セレストファイターズ』には、ここらで魔法のありがたみを覚えてほしい。いや、本気で。じゃないと『訳あり』名乗れないよ?



「『ルナティックグリーン』は分割。わたしとターンはそれぞれ単独。隊長はズィスラ。できるね?」


「当たり前よ!」


 強がりなんかじゃない。事実を当たり前に力強くズィスラが受け止めてくれた。


「『ブルーオーシャン』も分割するわ! わたくしとイーサ、それとワンニェ」


 リッタがパーティを割った。この程度の敵なら、パーティを分割した方が速い。

 3パーティ18人が、今や6パーティになった。接敵判定は同じままだから殲滅速度は倍になるって勘定だね。



 ◇◇◇



「なんなんだ、ありゃあ」


「ウルマトリィお嬢もすげえ」


 背後から響いてくる冒険者たちの声が心地いいね。だけど、早く41層行ってよ。

 現在わたしたちは、広間のカニを一掃したうえで、通路の入り口に陣取ってる。たまに敵が漏れるけど、それくらいなら後ろに任せて問題無し。


「サワ、そろそろ魔法が尽きる!」


 ウルマトリィさんが叫んだ。


「『セレストファイターズ』は後退。41層で陣地構築。穴埋めは」


「わたしたちが分割する。キューン、ポリン、行って!」


 ズィスラが言い放った。うん、そうなるよね。

 これで『セレストファイターズ』がいなくなっても、6パーティは維持される。


「全員、スキル使用無制限! 押すだけ押したら、41層に退避するよ!」


「おう!」



 わたしは独りパーティで、敵を斬り刻む。倍のレベルは伊達じゃない。スキルを使わなくっても、一振りでカニの脚が吹っ飛んで、その穴に剣をねじ込めば討伐完了だ。作業だねえ。相棒の『ハースニル』が頼もしい。

 同じく単独パーティのターンも、問題無し。フーマを124にした後、ユーグをレベル126、そしては今はヴァルキリーのレベル139だ。アホみたいな近接戦闘力とカスバドの魔法力を持つ、最強の存在だ。わたしより、多分強い。


「連携が取れなくなるから、押し込まないでね」


「わかってるわ!」


 敵をブチ倒しながら、ズィスラが元気よく答えてくれた。

 どんなタイミングで上位種が現れるかわからない。各通路の入り口で連携を取っておく必要があるんだ。


「陣地構築できたよ。全員41層に撤退も完了だ。あんたら、なんでそんなに元気なんだい?」


「お疲れ様です。そりゃもう、敵が来るから仕方ないじゃないですか」


「あのなあ、もう半日くらい経ってるんだぞ」


 ウルマトリィさんはそう言うけど、スキル消費無しなら1日や2日継戦するくらい、わたしたちにはなんてことないよ。


「じゃあ引きましょう。トリィさん、手筈通り?」


「ああ、41層の階段周りに造ったよ」


 いいねえ、これで全力戦闘ができるってもんだ。



「あ!」


「むむっ!」


 ポリンとターンが同時に反応した。

 ああ、これは毎度のパターンだね。上位種っしょ。


「おかしい?」


「なにが? ターン?」


「来る!」


 キューンが叫んだ。ここまで来たら、わたしにも感じ取れた。迷宮が揺れてるんだ。ビリビリと軋むような音を立ててる。まさかこれって。

 震動は一瞬だった。そして静寂に包まれる。やられた。巻き込まれたんだか、狙われたんだか。



 ◇◇◇



「急いでこの層を掃討するよ。その後3時間交代でスキルを回復させる」


「サワ、どういうこと?」


 リッタが聞いてくる。


「多分、層転移に巻き込まれた。いや、飛ばされた」


 そういうことだ。


「やってくれたな、ボルトラーン!」


「サワ、落ち着け」


「……そうだね、ターン。ごめん」


「それで、どうするの?」


 幸いにして巻き込まれたのは『ルナティックグリーン』『ブルーオーシャン』『セレストファイターズ』だけだ。2パーティなら100層だって抜ける。『セレストファイターズ』はまあ、90層クラスならイケる。


「登るしかないね。相手次第で何層くらいかは、わかるだろうし」


「んじゃあ、まずはこの層を攻略だな!」


 実力じゃ下位のウルマトリィさんが元気よく言う。いいねえ、こっちも励みになるよ。


「そうですね。カニを全部やっつけて、上への階段前で一泊。スキルを戻してから上を目指しましょう」



 流石に何が出てくるかわからないから元の3パーティに戻して、『セレストファイターズ』は『ブルーオーシャン』と同行させた。


「経験値が勿体ないなあ」


 ぶっちゃけ『ルナティックグリーン』は全員レベル3ケタだ。カニを相手にしてもそうそうレベルが上がらない。ジョブチェンジしたいなあ。


「ここの上が何層だかわからないし、不測があったらマズいでしょう!」


「そりゃズィスラの言う通りなんだけどさ」


「とりあえず、サクっと終わらせるぞ」


 まあ、ターンの言う通りだ。



 ◇◇◇



「それで、なんでワイバーンが闊歩してるわけ?」


「それはねリッタ、ここが110層相当だってことだよ」


「42層から110層ね。酷すぎない?」


「悪意を感じるねえ」


 ボルトラーン! やりすぎだろ。


「むしろ元の42層が心配だわ。無茶してないといいんだけど」


 ああ、確かにリッタの言う通りだ。救出とか言って突撃したら、瞬殺されかねないよ。


「そっちの心配よりかは、今はこっちだね。パーティを入れ換えるよ」


『ルナティックグリーン』はズィスラを隊長にして、ジャビッタさんとポンタリトさん。『ブルーオーシャン』はリッタが隊長のままで、ライオパルさん、ベアートさんを編入だ。

 新設の『シュレッダーズグレイ』はわたしとターン、ウルマトリィさんとタイガトラァさん、そしてドールアッシャさんとワンニェだね。これなら、ワイバーン相手でも大丈夫かな。



「スキル温存なし、そして最速で上がるよ!」


「おう!」


 わたしたちは戦闘を最小限にしながら、上へと向かう。


「トリィさん、わかってくれてます?」


「ああ、魔法ジョブは重要だって話だろ。胸が痛いさ」


「そうだけど、そうじゃないんですよ」


「どういうことだい?」


「打撃系、結構じゃないですか。ただ、それを成し遂げるには魔法の力が要るんです」


「なら」


「エルダーウィザードやオーバーエンチャンターなんて通過点ですよ。そこから打撃を極めればいいんです。下地ですよ、下地」


「は、はは、ははは!」


 なんもかんもオールマイティなんて、面白くない。特に超位ジョブからは色が出てナンボだって、思うんだ。例えば、ヘリトゥラやリッタは最終的に魔法ジョブを極めるだろうし、ターンはニンジャ。イーサさんやワンシャンなんかはナイト系だろう。それでいいんだ。



「だから、それをどうこう言うためにも、とっとと戻りますよ。お兄さんも心配してるでしょう」


「そうだな。いくぜ!」


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