第3話 ヴィットヴェーンって知ってるかい?





「ほらほら、顔を拭きなさい」


「あ、ありがとうございますぅ、う、うぐっ、ぐしゅ」


 その料理は大して美味しくなかった。だけど、3年以上ぶりに、食事を食べたんだ。もう、泣けて泣けて。この後わたしは、食事の度にこうなるんじゃないかって、恐怖を覚えたくらいだ。


「ご、ごめんなさい。なんか、じっちゃんと一緒に食べた食事をおもいだしちゃって」


「そうかい、そうかい」


 咄嗟のカバーストーリー発動である。予期せぬ展開だが、食堂の女将さんもちょっとは絆されただろう。ここで攻めるっ!



 というわけで、わたしがこの街に来るまでのストーリーを語り、その上で女将さんにいくつかの質問をしたわけだ。例えばお金の単位。

 銅貨1枚で10ゴルド、銀貨で1000ゴルド、金貨で100000ゴルドってことが分かった。100倍で繰り上げなんだねって、わたし、金貨10枚くらい持ってるんだけど!?


 もうひとつは、これからわたしがどうするかだ。この街がよっぽどヤバイ制度やらしきたりを持っていない限り、わざわざ外に出ることは、ちょっと考えられない。

 大体、こういう話で街スタートなんて恵まれているんだ。まあ、森で修行してから街に出て、ツエーするのもアリだけど。


 となると、仕事だ。というわけでそれも聞いてみた。


「仕事ねえ。お嬢ちゃん、ジョブはなんだい?」



「ジョブ?」


「あれまあ、そんなことも知らないのかい」


 ちょっと呆れている女将さんだった。だが、引けない。これは間違いなく重要な情報だ。


「この街じゃね、ジョブを取って迷宮でレベルを上げてから、どっかの仕事に就くのが普通なんだよ」


「え? ジョブ? 迷宮? レベル?」


「そうだよ、ここはジョブとレベルが得られる街。『迷宮街ヴィットヴェーン』ってね」


「ヴィットヴェーン!?」



 ◇◇◇



 わたしはその単語を知っていた。よおく知っていた。生前、指が動かなくなるまで続けたゲーム。お父さんとの数少ない接点。


 本格的ダンジョン攻略RPG『ヴィットヴェーン』。それがタイトルだ。


 まあ一部からは、某有名迷宮探索ゲームのパクりだとか言われていたし、わたしも正直そんな気もしたが、それでも『ヴィットヴェーン』は売れたらしい。曰く「良いとこ取りの上位互換」だそうな。



 気が付く要素はあったんだ。まずはこの食堂の名前、フォウライト。これは冒険者の宿と同じ名前じゃないか。さらに通貨単位はゴルド。これはまあ曖昧だったし、ゲームでは数値上の存在でしかなかったから、仕方がない。

 街を歩く人々、その人種。全部がゲームで登場していたじゃないか。持っていた武器だって、そうだ。刀があった? ジョブにサムライがあるんだからある意味当然だ。

 そして、街の持つ空気、雰囲気。あれは武器屋や宿屋の背景画にそっくりじゃないか。


 モヤモヤの正体は分かった。じゃあわたしは、これからどうする?


「あの、お姉さんのジョブとレベルって、聞いても大丈夫ですか?」


「ん? 構やしないよ。あたしはウォリアーのレベル5だね」


「おお! 凄いですね」


「だろぉ。給仕とか力仕事に役立つんだよ」


 もしゲーム通りの仕様なら、ウォリアーでレベル5ってことは、VITとSTRに補正が掛かってるはずだ。多分10から15くらい。ヒューマンで一般的な数字が15だから、5割から倍は力持ちになっている勘定だ。確かに凄い。


「えっと、どうやったらジョブに就けるんですか?」


「そりゃあんた、ステータスカードだよ。ほれ」


 そう言った女将さんが胸元から取り出して見せてくれたのは、クレジットカードの2倍くらいの大きさの、白い板だった。


「これは……」


「ステータスカードだよ。初めてかい?」


「はい」



 ==================

  JOB:WARRIOR

  LV :5

  CON:NORMAL


  HP :21+24


  VIT:16+14

  STR:14+16

  AGI:11+2

  DEX:13+4

  INT:9

  WIS:12

  MIN:15

  LEA:10

 ==================

 


 カードに書かれていたのは、あまりにシンプルな表記だった。名前も人種も性別も年齢も無い。あと、スキルも無い。だけどこのパラメーターは、間違いなく『ヴィットヴェーン』だ。

 パラと数値が、厳然とした説得力を持ってわたしに襲い掛かってくる。ああ、ちなみにプラス表記はジョブとレベルによる補正値だ。


 ゲーム上では、ヒューマンの平均値が15くらい。まあ、INTは教育水準で低く出る傾向が強いけど。

 つまりこの女将さんは、スタミナと力が常人の倍くらい強化されていることになる。凄い。


「ありがとうございました。スキルは見えないんですね」


「ああ、スキルは迷宮の外で使えないし。なんとなく感覚でわかっちまうんだよ」


「なるほど……。あ、あの、お時間を取らせてすみません。今日はこちらの宿は空いてますか?」


「ん? ああ、情報料がてらってかい? 気にしなくていいよ」


「いえ。本当に宿、取ってないんです」


「あははは、そうかい。今ならロイヤルスイートから馬小屋まで、何処でも空いてるよ」


「じゃあ」


 馬小屋で、という言葉を飲み込む。


「個室ってありますか?」


「もちろんだよ。朝夕付きで一泊1000ゴルドだけど、大丈夫かい?」


「はい! とりあえず3泊でお願いします。あと、お暇な時間があったら、もう少しお話をしてもらえますか?」


「これくらいの時間帯ならね」


「ありがとうございます。じゃあこれで」


 わたしは女将さんに銀貨3枚を手渡した。


「毎度、確かに」


 そんなやり取りをして、わたしは指定された部屋に入った。



 ◇◇◇



 心臓のバクバクが止まらない。ここは『ヴィットヴェーン』に、異常なくらいよく似た世界、というかシステムが存在している。

 だけど同時に、女将さんみたいなゲームには登場もしなかった人物が、NPCとでも言うか、とにかくそんな人たちが『システムに順応』して生きている世界だってことだ。


 胸のドキドキが治まらない。だって、ここは『ヴィットヴェーン』だ。何もできなかったわたしが、唯一自慢できたゲームに似た世界だ。


「どうしよう。どうしよう」


 心はとっくに決まっているのに、それでもこんな言葉が出てしまった。

 多分わたしは今、盛大にニヤついているはずだ。


「とにかくやることはひとつ。冒険者にはなる。だけどその前に、情報収集だ」


 まずはゲームとしての『ヴィットヴェーン』との違いを知らなきゃいけない。


 ゲームの『ヴィットヴェーン』では、ダンジョンのドロップ品を冒険者協会で買い取ってもらって、それでお金を手に入れた。つまり、この世界だとその品物たちが、経済を動かしているんだろう。所謂ダンジョン経済だ。


 こんなのは一端だ。冒険者の規定や暗黙の了解、街としての文化や風習。色んなことを知らないと、どこかでヤラかすのは間違いない。まずはさっきの女将さんに頼むのと、冒険者協会での聞き取りだ。

 幸い1か月以上は、ココに宿泊できるくらいのお金はある。いや、冒険者としての装備とかを考えると心もとないか。どの道、動くなら早い方がいいに決まってる。



「あああ、今回はどんなビルドしようかなあ!」


 なんてやっていたら、ドアがノックされた。


「どちら様ですかぁ?」


「何やってんのさ。晩飯がもう終わっちまうよ」


「うわぁ、ごめんなさいすぐ行きます!」


 どれだけわたしは妄想に耽っていたのやら。扉を開けて女将さんと共に階下に降りる。


「ああ、そういえばわたし、サワって言います。よろしくお願いします」


「あたしゃツェスカだよ。よろしくね」



 そうしてわたしは、巨大な期待と少々の不安を胸に、夕食に立ち向かうのだった。


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