第2話 死して、その先にあったもの





「お父さん、見てよこれ」


「なんだい? 佐和」


「前にお父さんがやってたって言ったゲーム。わたしもやったんだよ」


「……そうか」


「見てよ、レベル。凄いでしょ」


「1624!? 凄いな。本当に凄いよ佐和は」


「えへへ」


 それが、わたしが死ぬ前の、お父さんとの最後の会話だったと思う。



 わたしは身体を動かすのが大好きな子供だったらしい。鉄棒や雲梯なんかを見たら、ひたすらまとわりついていたそうだ。

 そんなわたしが病気になったのは小学3年生の頃だ。最初は脚の痺れからだったが、徐々に下半身が動かしにくくなり、1年後には立って歩くことができなくなった。その段階でわたしは長期入院を余儀なくされた。


 そして6年もの入院期間をゲームや小説、マンガで潰しながら、多分私は死んだ。一人親のお父さんは最期に来てくれたのかどうか、それすら分からない。ただ意識がぼやけていったんだ。



 ◇◇◇



 頬を撫でる風と肌を刺す温かさを感じて、わたしの意識は浮上した。そうして目を開ける。


「なんだろ、ここ。夢? 死後の世界?」


 目の前には街並みが広がっていた。しかも日本とは思えない。テレビで観たイタリアとかフランスの田舎町みたいな、石畳で、白い壁の建物が乱雑に立ち並んでいる。

 そしてわたしはと言えば、公園と言うか広場みたいなところの端っこで、木製のベンチに座っていた。


「なんだこれ」


 わたしはなんでこんな所にいるんだろう。死後の世界って随分雑多なのかな。

 それとも夢だから、ああそうか、アレだ小説で読んだ異世界転生、異世界転移? そんな夢かもしれないなあ。



 そうして街並みと人間観察を続けたわけだが、やっぱり異世界だ、ここ。だって、耳の長い人とか、妙にずんぐりむっくりして髭を生やしたおじさんとか、しまいには犬耳としっぽを生やしたお姉さんとかいるもん。

 しかも剣とか槍とか盾とか持っていたり、鎧みたいのを着込んでいたり。しかもあろうことか、刀みたいのを背中に引っ担いだ人までいる。


「ん? んん?」


 何かが妙に引っかかる。既視感ってわけじゃないけど、なんだかモヤモヤするなあ。



 だけどいつまでもこうしちゃいられない。どうしたものかと、立ち上がって周りを見渡してみた。


「え?」


 わたしが『立ち上がった』!? なんで、どうして立てているんだ? そういえば、身体の何処も痛くないし苦しくない。耳鳴りもしないし、目もはっきり見える!


「よしっ! これは夢じゃない。夢じゃないってことにしておくんだ。そいでもって異世界転生。そういうことだ。そうに決まってるんだ!」


 心底そう思うことにした。夢なら覚めないで!


 ということで、さっき感じたモヤモヤは吹き飛んだ。それにわたしが気づくまで、もう少し時間がかかる。



 ◇◇◇



「ふんふんふ~ん」


 鼻歌なんて何年振りだろうか。でもこうでもしていないと、スキップやら始めてしまいそうなくらいに、心は躍っている。分かっておくれよ。


 こうして街並みをちょっと速足で歩くわたしの格好は、なんか腰を紐で軽く結んだカーキ色のワンピースだ。下には白地のシャツを着こんでいる。靴はなんだろう、革と木の中間みたいな履き心地だ。

 ここ数年、病衣しか着ていなかったわたしには、かなりゴワゴワした着心地だが、逆にそれが嬉しいんだから、不思議なものだ。


 そして何より、腰にくっ付いていた袋だ。開いてみると、多分、金貨、銀貨、銅貨らしきものが入っていた。結構一杯。

 神様ありがとうございます。異世界転生させてくれて、健康体にしてくれて、お金までもらっちゃって。夢じゃないよ。断じて夢じゃない。



 浮かれて歩いていると、どこからともなく良い匂いがしてきた。良い匂い!?


「た、食べ物っ!」


 いや、別に飢えていたわけじゃない。病院ではずっと流動食だったうえに、ここ1年くらいは栄養点滴で、まともな食事なんて食べたことが無かったのだ。では、早速……。


「いや待てわたし。ファーストコンタクトだぞ」


 そうだ。ここまであまり考えていなかったが、言葉や文字、社会常識なんかがどうなっているのか、全く分からない。


「え、えっとまずは情報収集だ。がんばれわたし」


 というわけで、さりげなく道端に立ち、歩く人たちの会話に耳をそばだててみる。


「それがよぅ……」


「だからおめーは……」



「っし!」


 思わずガッツポーズが出た。日本語なのか自動翻訳なのかは知らないが、聞き取れる。イケる。


「となると、次はカバーストーリーだね」


 病床でこの手の物語は沢山読んだ。死んだら異世界で元気になれたらいいな、って……。いかんいかん、湿っぽくなるな。実際今、そういう状況なんだ。前を向け。


 ちらっとわき道を覗き込んで、安全を確認してみる。イケるか?


 すすっと物陰に隠れて、まずは革袋に金貨1枚と銀貨3枚と銅貨全部を残して、それ以外は靴底に押し込む。足がゴリゴリするけど仕方ない。

 多分予感だが、金貨は結構な高額通貨な予感がする。だから1枚だけ残しておく。今持っているお金がわたしの生命線だ。どれくらいの価値があるのか、それは確認しておきたい。


「えっと、わたしはじっちゃんと田舎で山暮らしをしていて、じっちゃんが死んじゃったから都会に出てきた。お金は家の地下に埋めてあったのを見つけた。なので都会の常識も知らないし、貨幣の価値も分からない。あとは流れでヤルしかない」


 やってやる。ついでに食ってやる。お値段が許すなら、とことん食ってやる。


「だめだ、目的がブれてる。落ち着け自分」


 食欲っていうのは、こんなにも厄介なものだったのか。まあいい、落ち着け。巧みに話を持ち掛けて、情報を持ち帰るんだ。あと、食べる。



 ◇◇◇



『宿とお食事、フォウライト』


 読めるじゃん、文字。これでまた一歩進展した。なんて優しい世界なんだろう。


「ん? んんん? フォウライト?」


 またまた何かを感じるが、今は食事、いやもとい、情報収集が先決だ。



「た、たのもう」


 店に入ると、そこはガランとしていた。結構広めの食堂に見えるので、時間帯なんだろう。


「ん? いらっしゃい!」


 奥から30代くらいの女性が出てきてくれた。赤めの髪をポニーテールにしてて、服装は色こそ違うけれど、わたしと似たような感じだ。ついでに白いエプロンをしている。

 よし、言葉は分かる。あとはこっちのが伝わるかだ。


「お食事ってできますか?」


「ああ、昼過ぎだからちょっとねえ。選べないけどいいかい?」


 よっしゃあ、通じた。本日2度目のガッツポは心の中でだ。


「構いません。お代は?」


「30ゴルドだよ」


 そう来たかあ。銅貨3枚だよ、とかだったら助かったんだけど。

 さて30ゴルトとは、銅貨3枚か銀貨3枚か、はたして10進数なのか。


 わたしはビビりながら、銀貨を1枚差し出してみた。


「ありゃー、銀貨かい。銅貨は持ってないの?」


「あ、ああ、すみません。えっと」


 フィッシュ! わたしは袋の中を漁って、銅貨を3枚ほじくり出した。それを相手に渡す。


「んじゃ、ちょっと待っててね!」


 よしっ! 銅貨1枚で10ゴルドが確定だ。銀貨に難色を示したってことは、銀貨1枚イコール銅貨10枚ってことじゃないだろう。銀貨はもっと価値がある。ってことは金貨は?

 わたしは周りを見渡した。誰もいない。そっと革袋から金貨を取り出して、靴の踵に押し込んだ。ゴリゴリ。



「おまちぃ!」


 女将さん、勝手にそう呼ぶことにした女性が持ってきたのは、シチューっぽい何かと、パンっぽい何かだった。パンはちょっと固そうだ。だけど食事だ。温かくて、硬くて、ちゃんとした食事だ!



 シチューを飲み込んで、パンを齧ったわたしが、だくだくと涙を流すのを見て、女将さんはめちゃくちゃ動揺していた。


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