第153話 筆頭子爵
「ここに、サワ・サクストル・サワノサキ=フェンベスタ・メルタ・メッセルキールを子爵とする。神と王の名の下に与えられた権能を以て、ジャックルール・イトル・フェンベスタが見届けた」
前回と似たような長いお題目の後で、最後にわたしが子爵になったことが宣言された。
よくまああんな長い台詞を噛まずに言えるもんだなあ、って感想しか出てこない。
ここはフェンベスタ伯爵邸の大広間だ。前回と違って、民衆に宣伝みたいなことはしてない。
「続けて、サシュテューン伯」
「ああ。ジェートリアスタ・エア・サシュテューンが神と王権の下に、サワ・サクストル・サワノサキ=フェンベスタ・メルタ・メッセルキールを子爵とし、サドゥルータの名を贈ろう」
事前に説明を聞いてなかったら、なんだコレはと思ってたろう。
なんとわたしはダブル子爵なんだ。
◇◇◇
これにはヴィットヴェーンの事情が絡んでいるらしい。わたしも知らなかったけど、事前にハーティさんが解説してくれた。
「まずはヴィットヴェーンに、両伯爵が配置されている理由です」
「え? ヴィットヴェーンってフェンベスタ伯爵の領地ですよね」
「建前も現実もその通りです。ですが、サシュテューン伯も影響力を持っているのはご存じですね」
確かにあの陰険伯爵は、迷宮から出た素材を自分の領地で回しているんだっけか。
別にそれをやっちゃダメだって法律も無いみたいだし、仕方ないんじゃ。
「王都キールランターは、王家が直轄管理をしています」
「ああ、統合派でしたっけ」
「はい。迷宮を中央で一元管理して、資源を計画的に調達すべき、という考え方ですね」
ううん、経済は難しい。わたしもカエルの皮騒動を起こしたことあるし、分からないでもないけど。
実は今、わたしたちはかなりの素材を死蔵してるんだ。石材と木材関係は、こないだの氾濫騒動で石壁造りに使ったけどね。
特にジャイアントヘルビートル素材は、サワノサキ領でだけ使うように気を付けてる。伯爵たちに献上したモノが値崩れを起こしたら面目を潰すんだってさ。
「ボルトラーンは侯爵管轄で、同じく統制しながら素材を回収しているようです。ベンゲルハウダーについては、とある公爵家が奔放にやらせていますね。冒険者とは自由であるべきと」
「それってまさか」
「メッセルキール家ではありませんよ。50年ほど前からある、新興公爵家です」
50年前で新興か。貴族だねえ。
「じゃあ、ヴィットヴェーンって格が低い?」
「格と言うか、地理条件ですね。中央から見れば西の辺境ですから。なので反乱や独立を企てないようにしたのです」
「ああ、なんとなく分かってきました」
「サワさんは、妙に聡いですね」
ハーティさんが薄く笑う。いや、貴族モノの小説を読んでただけだよ。
「伯爵同士を牽制させてるんですね」
「正解です。ヴィットヴェーンは間違いなくフェンベスタ伯の領地にあり、実務こそ冒険者協会に委託していますが、大方針については伯爵の管理下にあります」
「フェンベスタ伯爵とサシュテューン伯爵は分権派だけど、やり方が違うから仲良くできない、ですか。最初から分かってて任せたんですね」
「そうですね。貴族も黒ければ、王族も黒い。面倒臭いことです。だからこそオーブルターズ殿下のような方は貴重です」
まさかあの殿下がまともに見える日が来るとは思わなかったよ。
「そこで、サシュテューン伯から打診が来ています」
という感じで冒頭に戻るわけ。
◇◇◇
前回の男爵の時は嫌味を言う程度だったけど、今回はサシュテューン伯爵もそうは行かなかったみたい。
要は両家の顔を立てろってことだね。もはや武力、もとい冒険者力では勝てないから、せめて権威付けだけはしておきたいそうな。
「賜りました。これよりわたしは、サワ・サクストル・サドゥルータ・サワノサキ=フェンベスタ・メルタ・メッセルキールを名乗りましょう」
なんと言う茶番なんだろう。まあいいや、これが終わればみんなで宴会やって、それから迷宮だ。
「だが、サワノサキ卿の功績は氾濫阻止程度では収まらん」
んん?
「知っての通り、彼女は冒険者協会教導課課長として多大な功績を残している。それこそがサワノサキ卿の賞されるべき本質だと、私は考える」
「私もそれに同意する」
フェンベスタ伯爵とサシュテューン伯爵が、何か掛け合いを始めた。
「そこで卿には『ウィズ』の名を贈り、筆頭子爵としたい」
「ウィズ?」
あ、しまった。この場で顔を上げて疑問なんて、不敬って言われても仕方ないぞ。
しかも会場がざわついてる。具体的には貴顕組だね。『ウィズ』ってなんだろ。
「構わんよ。『ウィズ』とは私を含めた伯爵に助言、言い換えれば諫言する者に与えられる称号だ。これより卿は、サワ・サクストル・ウィズ・サドゥルータ・サワノサキ=フェンベスタ・メルタ・メッセルキールを名乗りたまえ」
「あ、有難く」
まさかここで聞いてねえって言えるわけないでしょ。チラッとハーティさんを見たら首振ってるし。
せっかくクランのみんなやマーサさんまで参席してくれてるんだ。ぶち壊すわけにもいかない。ちくしょう。
◇◇◇
「ご説明いただけるのでしょうけど、手短にお願いできますか。これから宴会が予定されていますので」
我ながら失礼な物言いだけど、こんな面倒くさそうな打ち合わせは予定外だ。
式典の後につれてこられたのは、伯爵邸の応接間だった。
出席者はフェンベスタ伯爵、サシュテューン伯爵、カラクゾット男爵と会長。対するはわたしとハーティさんだ。マーサさんがいれば心強いんだけど、まあいるわけないか。
「このようなモノを置いていかれてな」
フェンベスタ伯爵が口火を切った。
「それは?」
やたら豪勢な封筒がテーブルに差し出された。
「曰く、自らが所属するクランに仇為すな、と」
「クリュトーマさんですか」
「クリュトーマロースラ公爵夫人だ。サワノサキ卿を、我が娘と思い対応せよとの仰せだ」
フェンベスタ伯爵が心底面倒臭そうに吐き出した。サシュテューン伯爵は不満を隠してない。もうちょっと取り繕ってよ。ほらカラクゾット男爵親子が困ってるじゃない。
「元々子爵にするつもりはあった。それはいい。それに加えて『ウィズ』だ。私たちとしては、これ以上を与えることはできないよ」
「ウィズってそんなに凄いんですか」
「ああ。そこからだね。中央で言うなら宮廷補佐官並びに軍事顧問と言ったところだ」
それって凄いの?
「会議における『ウィズ』の言葉は、書記官によって保証される。その言葉を私たちが採用するかどうかも含めてだ」
えええ。
「大迷惑じゃないですか。わたしが言った言葉が間違ってたら、その責任を取らされるってことですよね」
思わず口調が素になった。だってさ、これは酷いでしょ。
「違うな。責任を取るのは我々だ」
「はい?」
サシュテューン伯爵が苦虫を嚙み潰したような顔で言った。
「『ウィズ』の言葉を採用するもしないも我々の判断だ。だが記録は残される」
「なんですか、それ」
あり得るのか、そんな立場。
「それくらい重んじられるということだよ」
フェンベスタ伯爵が引き継いだ。引くわあ。
「まあ、卿が口を出すのは、サワノサキ領と迷宮のことだけだろう、むしろヴィットヴェーンにとっては有益と考えているよ」
「これまでと同じということでしょうか」
「まあ、そうなるな。卿がいなければ、今頃ヴィットヴェーンはどうなっていたか」
フェンベスタ伯爵が苦笑するが。わたしがトリガーかもって、会長から聞いてるんでしょ?
「さて、我々の用件はここまでた。引き留めて済まなかったな、筆頭子爵殿」
「いえ」
そう言って両伯爵は立ち去っていった。
「……アレをよろしく頼む」
去り際に、サシュテューン伯爵がボソっと呟いた。ジュエルトリアのことか。どうもしないよ。
「聞いてませんでしたよ、会長」
「僕もだよ。これで君はヴィットヴェーンの筆頭子爵だ。両伯爵に並ぶ第3勢力と言ってもいいくらいだね」
「勘弁してください」
「公爵夫人の差し金だけに、中央の謀略とは考えにくいけどね」
クリュトーマさん、何してくれてんのさ。
「とにかく儀式は終わりだ。サワ嬢はこれから好きに迷宮を楽しむといい」
会長、分かってんじゃん。それとカラクゾット男爵は一言もしゃべらなかったね。
◇◇◇
「サワ」
「ターン、お待たせ」
わたしとハーティさんが伯爵邸を出ると、クランのみんなが待っていてくれてた。
「ふふっ」
「なんですハーティさん」
「いえ、私もすっかりこっち側だなって思いまして。みんなといる方が落ち着くんですよ」
「大歓迎ですよ」
というわけで、わたしはサワ・サクストル・ウィズ・サドゥルータ・サワノサキ=フェンベスタ・メルタ・メッセルキールなんていう、めちゃくちゃ長い名前の子爵になってしまった。
自分でも覚えられる自信がないよ。
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