第65話 リッタは頑張り屋さん
「えい! やあ!」
『訳あり令嬢たちの集い』全員が、それぞれの武器を振り回してる。ここはクランハウス地下の秘密訓練場だ。いいよね秘密。
その中には、ソルジャーになったばかりのリッタもいる。レベルを上げてもプレイヤースキルを磨かなければ意味が無い。
基礎ステータスだって上がるし、ウチのクランは読み書き計算、そして体力作りと戦闘訓練を欠かさないことになっているんだ。
得物を振り回すっていう意味では、リッタは一番の初心者だ。近くで真似をしている孤児たちを除くけどね。
あれ? 孤児がここにいるのに秘密ってどうなるんだろう。後でお菓子を与えて口封じをしておこう。
◇◇◇
「や、やるわ!」
「カエルはデバフってあるから、大丈夫。モンスターを斬ることに慣れてね」
「リッタ様……」
所変わって迷宮での実戦だ。
ついでに、リッタにはバフも掛けてある。多分負けないだろうけど、レベル3ソルジャーにやらせるにはキツいだろう。
前に出たがっているイーサさんを力ずくで引き留めて、わたしはリッタの戦いを眺めていた。
「毒唾は避けて」
「あうっ」
そう言った瞬間にリッタは毒唾の直撃を受けていた。
「『キュリウェス』」
予測と言うか、どこかで食らうだろうなって思っていたから、即座に解毒魔法を飛ばす。敢えて回復は掛けない。
「サワさん?」
「いいですか、これが彼女の為になるんです」
イーサさんが出す抗議の眼差しは黙殺だ。リッタが強くなるために、必要なことだから。
「やったわよ!」
うん。たった一匹だけど、それでもリッタはカエルを倒した。返り血を浴びて、所々が青く染まっている。それが前衛だよ。
「じゃあ後はわたしとターン、イーサさんでやるから、一旦チェンジね」
回復を掛けてあげながら、ポジションチェンジだ。ここから一気にレベルを上げる。
「リッタ、イーサさんの動きをよく見て。あれが前衛だよ」
「分かったわ!」
わたしは我流だからねえ。
それにしても、リッタは真摯で素直だ。口だけじゃない、絶対に強くなるって意思が行動から伝わってくる。
どうしてこんなに良い娘が婚約破棄されるんだか。
だからわたしは、絶対に彼女を一流の冒険者にしてみせる!
「『BF・AGI』。いい? 敵の動きはどうでもいいから、ターンを目で追って」
「わ、分かったわ」
今度は6層でマーティーズゴーレムだ。ここはターンの独擅場。その動きを追いかけるだけでも一苦労だ。一応リッタには速度バフを掛けてあげたけど、ムリかなあ。
「何、あれ!?」
4人のターンが同時にマーティーズゴーレムの両手両脚を叩き切った。
「ターン。『分身』は無しで」
「ん」
ターンがちょっと不満げだ。どうせ、リッタとイーサさんに良いとこ見せたかったんだろうね。
だけどそれじゃ、訓練にならないよ。
「次、行くぞ。今度はもっと分かり易く倒す」
「感謝するわ、ターン」
「任せろ」
まあ確かに次のマーティーズゴーレムは時間をかけて、ゆっくりいたぶられて倒された。
「見えたか?」
「うーん、半分くらいかしら」
「がんばれ」
「頑張るわ!」
ターンとリッタ、仲が良さそうで何より。
最後は9層で憂さ晴らしをしてもらう。
「リッタ。魔法を撃ちまくっていいよ。ちゃんと効果範囲を把握してね。食べ残しはわたしたちがやるから」
「やるわ!」
コンプリートレベルのウィザードが一人いれば、9層は虐殺現場と化す。もちろん倒されるのはモンスターだけだ。同じだけ魔法を撃てるターンは見物だよ。リッタの実戦経験だからね。
その日、リッタとイーサのレベルは12というところで、帰宅の時間になった。惜しい。
◇◇◇
「いやあ、リッタは頑張り屋さんだね」
「ふむ」
「わたくしはいつでも全力なだけよ!」
「リッタ様は以前から頑張っておられましたよ」
4人でお風呂に浸かり、今日の反省会だ。反省することないけど。
「で、カエルを斬ってみてどうだった?」
「最初は気持ち悪かったわ。だけど途中から、ああ前衛の人たちはこんな感じなんだって思ったら、頑張れたわ! イーサ、いつもありがとう」
「リッタ様……」
涙ぐむイーサさん。ほんとなんでリッタって悪役令嬢なんだろう。元婚約者は何考えてたんだろ。
「じゃあ明日は31層行くからよく休んでね」
「ええ!」
リッタとイーサさんは部屋に入っていった。実はこの二人、同室なんだよね。
イーサさんの護衛根性と、それを受け入れるリッタの度量ってとこなのかな。
◇◇◇
「ハーティさん、31層行きませんか?」
「構いませんけど、私、レベル0ですよ?」
「基礎ステータスあるし、9層で一回パーティ分割してレベル上げましょうよ」
「はぁ、分かりました」
どごんばがんと9層で物騒な音が響き渡る。自らINTにバフを掛けたハーティさんの魔法だ。しかもパーティを分割したから、1人で経験値を吸い上げてる。近づいてきた敵は、剣でバッサリだ。凄いな。
まあ、わたしたちも他の敵と戦ってるけどね。
「レベル13ですね」
4時間でこれだよ。
「じゃあ、31層行きますか」
ターンはレベル18、リッタとイーサさんが14でハーティさんが13って感じだ。わたしは29のまんま。ここまで来ると、流石に上がらないね。
ベルベスタさんは最近、子供たちと戯れていることが多くって、今回も不参加だ。エルダーウィザードを目指すっていうのはどうなったんだろう。
5人パーティでしかもアベレージレベルを見れば、31層なんてとんでもないことになる。だけど、中身は違うからね。ずんずんと進軍するのだ。
「あれ?」
21層で見慣れた人たちに会った。だけど、いつものメンバーと違うね。
「よう、サワさん」
「ダグランさん、ガルヴィさん、その恰好って」
「ああ、メイジになったんだよ。今は『暗闇』に引っ張ってもらってるとこだ」
そうなんだよ。『暗闇の閃光』の男の人4人とダグランさんとガルヴィさんのパーティだ。
しかも二人はローブとスタッフっていう、如何にもウィザード系の格好をしてた。
「俺たちもサワさんに感化されちまったのかなあ。ウィザードとプリーストとエンチャンター、どれかふたつコンプリートしてから、前衛に戻るさ」
なんてこったい。『クリムゾンティアーズ』に続いて、この人たちもか。
「でもなんで21層なんですか?」
「ああ、ここは稼げるし、これ以上は流石に俺らがムリだからなあ」
そうか。クランの話をしてから5日、ダグランさんとガルヴィさんは、多分まだマスターレベルくらいなのかな。
それに21層と22層と言えば、ちょっと前までは流行の狩場だ。グラスラビット、チャコールウッドなんかが出てくる。お金になる階層なんだよね。流石は熟練冒険者。折り合いが分かってるって感じだよ。
「あれ、そういえば、例の新人パーティはどうしたんですか」
「あいつらは今日は読書と走り込みだ。サボったら絞める」
怖い怖い。だけど、キッチリ考えてくれてるんだね。
「うおっ。フライングラビットだ。こいつはツイてやがる」
「じゃあ、わたしたちはこれで」
「おう、そっちも気を付けてな」
わたしたちは先を急ぐ。
今日の31層はわたしたちだけだった。
「剣で斬る感覚を掴みたいけど、ここじゃ無理よね?」
「ごめん、そういうことだったら、もっと上が良かったかな」
「いいわ。後ろから戦い方を見てる」
リッタの向上心が眩しいよ。ソルジャーをコンプしてファイターあたりになったら、どんどん斬らせてあげよう。てか、リッタってベルベスタさん路線だね。
そのためにも、今はレベル上げだ。わたしとターンにしても、ここまで来ないとそうそうレベルが上がらなくなってきたんだ。
それから数時間後、ターンが3人を睡眠魔法で眠らせた。わたしとターンはバイタルポーションを飲んでおけば大丈夫。どうせ3時間の間だけだし、寝ずの番は二人で十分だ。
「リッタは凄い」
「そうだね。ほんとに頑張り屋さんだよ」
やっていることはみんなと一緒なんだけど、リッタの場合はなんかこう、気合が違うんだよね。
「ターンも負けない」
「そりゃもう、わたしも負けないよ」
「最強コンビの座は渡さないぞ」
「おうともさ」
ああ、ターンといる時間は癒されるねえ。
明後日までには地上に戻らないとね。
そうだよ、孤児院の完成が間近なんだ。『ヴィットヴェーン最強計画』がまた一歩前進する。
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