第66話 孤児たちが歩き出す





 孤児院は『ヴィットヴェーン育成施設』という正式名称になった。


 文字、数字の勉強に加えて、冒険者になった時の戦闘訓練まで教えてくれるんだ。しかも街の子供たちも参加することができる。もちろん無償で。

 これはわたしが伯爵閣下に強く要望したことだ。ヴィットヴェーンには私塾なんてのもあるけど、どれも授業料が高い。そこで学んだとしても、これまで不遇にされてきた後衛職に就くことしかできなかったんだ。


 理由は簡単。当たり前だけど男の人の方が、戦闘系基礎ステータスが高い。そして、そういうジョブに就いてさらに補助ステータスが得られる。

 迷宮の外ではスキルが使えないとなれば、もうケンカや腕っぷしで前衛職に勝てるわけがないのだ。だから出来得る最高のジョブに就いて、ひたすらそれを伸ばすわけ。それがこれまでのヴィットヴェーンだ。


 だけどわたしが現れた。マンガっぽく言えば『そんな常識はぶっ壊す』ってわけだね。


 街での力比べなんて、野郎同士で勝手にやっていればいい。冒険者っていうのは、どれだけ稼げるかが勝負だ。

 そのために後衛職が必要なのは、大手クランでは理解していたけど、中堅以下のパーティだとまだまだだった。前衛火力主義みたいのね。



「そんなヴィットヴェーンを変える拠点がここだよ」


 今わたしは、ここに入居することになった200名もの孤児たちに、そんな説明をしていた。大半は分かっていないようだけど、実地で体験すれば嫌でも分かるようになるさ。


「別に冒険者にならなくてもいい。だけどちょっとだけレベルを上げて、ステータスを上げて有利な仕事に就くのをお勧めするよ」


 実際にはマスターレベルまで引き上げるけどね。



 今のわたしはヴィットヴェーン冒険者協会教導課課長という立場で話をしている。お偉いさん達の挨拶が終わったので、みんなを座らせて、わたしは壇上に立っているところだ。実務レベルの説明って感じだね。


「じゃあ最後に、この施設の職員さんたちを紹介しますね。みんなのお母さんたちだよ」


「お母さん?」


「おかあさんだって!」


 逆に傷つけることになるかもって思ったけど、施設長さんがそう紹介してくれって言ったんだ。


「わたしは、施設長のマーサですよ。お母さんって呼んでくれて構いませんからね」


「マーサおかあさん?」


「はい。そうよ」


「うえっ、ふぐ、うあああああん」


 泣き出す子供たちも多い。だけど、わたしに『訳あり令嬢たちの集い』があるように、これからここが、あの子たちの家になるんだね。家族だよ。良かったねって言えるようになるといいな。



 実はマーサさん。本名はマーサリア・シュルカ・カラクゾット男爵夫人。つまり、協会長の母親だ。ハーティさんの義母でもある。

 ハーティさん曰く、庶子の自分にも良くしてくれているという、滅茶苦茶出来た人らしい。だからこそ安心だね。


 他の職員さんも全員女性だ。冒険者の奥さんやら、未亡人さんやら。色々だ。


「じゃあ、まずは班分けをしましょうね。部屋を決めて、その後でステータスカードを貰いに行きましょう」


「やったああ!」



 ◇◇◇



 今日ばっかりは、わたしたちも引率だ。『ルナティックグリーン』と『ブラウンシュガー』で、子供たちと協会事務所を目指す。『クリムゾンティアーズ』は午後から迷宮に潜っていった。稼ぎってのもあるけど、前衛と後衛を完全に入れ替えて、補助ステータスをぶん投げた彼女たちは、かなり弱体化してしまったんだ。ヘタをしたら『ブラウンシュガー』のほうが強いくらい。

 だから必死だ。『訳あり』1番隊の名は伊達ではない事を証明してみせると、意気込んでいる。


「漫然とさ、レベルを上げるだけだったんだよ。そこにサワがやってきて、まるでルールが変わっちまった。しかもそのルールが面白いと来たもんだからさ。じゃあ乗っかるしかないわけだ」


 そんなアンタンジュさんの言葉が身に染みた。わたしはこの街にとって、どういう存在なんだろう。



 さて、そんな孤児たちが全員ステータスを手に入れた。ジョブに就けそうなのは30人くらいかな。本来なら13歳までなんだけど、最初だけは15歳まで入所できることになっている。

 彼らはちょっと鍛えれば全員ジョブに就けるだろうから、順次独立するか、『世の漆黒』に面倒を見てもらう予定だ。


 嬉しそうに施設に戻る孤児たちは、みんなが真新しい服を着ている。この手の世界には珍しく、ヴィットヴェーンは服が安いんだ。

 何故かと言えば、皮類が豊富なんだよね。貴族様なんかは織物の服を着ているけど、それでも高級毛皮のマントなんかを愛用している。迷宮街ならではの物価なんだ。


「みなさん、戻ったら部屋の掃除と、片づけですよ」


「え~!」


「それが終わったら、お風呂と晩御飯よ」


「は~い!」


 飴と鞭だねえ。どの道明日から、お勉強モードなんだけど、最初は大変だろう。マーサさんの頑張りに期待しよう、そうしよう。



 ◇◇◇



「なんだか寂しくなっちゃいましたね」


 迷宮から『クリムゾンティアーズ』が戻ってきて、みんなで夕食だ。だけどここには、昨日までいた30人の孤児たちは居ない。テーブルも片づけてしまった。


「いつまでもあの子たちを特別扱いにできないわ」


「そう言うウィスキィさんだって」


「まあ、確かに静かになっちゃったね」


 新しく雇うことになった、ハウスキーパーさんと厨房担当さんも一緒に食事だ。全員でクランメンバーだからね。



「その内、施設から何人か引っ張る予定だし、また騒がしくなるさぁね」


 ベルベスタさんのご意見、もっともだ。今日のステータス取得で、気になる子が何人かいたんだ。

 そうだよ、LEAが高い子が狙い目だ。人身売買じゃないよ? ちゃんと本人の意向も聞くからね。


「私としては事務が欲しいですね」


 ハーティさんの願いは切実だった。そして好都合だ。


「何人か、目ぼしい子が居たんですよ。LEAが高いからINT上げれば、事務もできるようになると思いますよ」


「その前に、バリバリの冒険者に仕立て上げるんでしょう?」


「ううっ! あっ、そうだ。オルネさん、ピリィーヤさん、キットンさん。レベル上げません?」


「わたしたちもかい?」


 オルネさんとピリィーヤさんがハウスキーパーで、キットンさんが厨房担当だ。全員が30代で元冒険者だったりする。今は独り身なんだよね。

 それぞれ、ウォリアーの11とファイターの10、そしてシーフの11だったかな。


「ええ、フォウライトのツェスカさんもレベル13に上げたら、仕事が楽になったって、喜んでいましたよ」


「うーん、それも良いかもね」


「急ぎませんから、考えておいてください」


「分かったよ」


 くくくっ。ツェスカさんは部外者だからマスターレベルで止めたけど、みなさんは『訳あり』のメンバーなんですよ? コンプリート当たり前、マルチロールも当たり前。

 そもそも、戦えるメイドと戦うコックなんて、基本中の基本じゃないですか。


「サワ、悪い顔だぞ」


「心外だよ。これは楽しくて仕方がない顔なんだよ?」


「サワ、それは悪い貴族の顔よ!」


 ターンもリッタも酷いなあ、わたしはクランのために心を鬼にしているだけだよ。



 ◇◇◇



 2日後、わたしとターン、ハーティさん。そしてオルネさんとピリィーヤさんとキットンさんは迷宮31層にいた。

 マスターレベルなんて道中でとっくにクリアして、今はレベル15と16だよ。


「なあサワ。わたしは現役の時でも最高13層だったんだよ。ここ31層だよね」


「ええ。そうですね」


 3人を代表してキットンさんが聞いてきた。


「みなさんごめんなさい。サワさんはちょっとアレなんです。わたしがロードを極めたら落ち着かせるので、もうちょっとだけ付き合ってあげてください。というか、辞めないでください」


 なんでハーティさんが謝ってるのさ。


「こんな条件の良い仕事、辞めたりはしないよ。だけどねえ」


「『訳あり令嬢たちの集い』は最強のクランになるんです。もちろん全員が、です」


「はぁ」


 ハーティさんのため息が重たい。



 いや、無茶してるのは分かってる。分かっています、ごめんなさい。だけどさ、なんかこうコックさんが実は実力者だった、なんてさ、最強のクランって感じで良いじゃない? ダメ?


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