第67話 良い事ばかりじゃない
「もうちょっとだったのに」
「宿泊申請出してないんですから、仕方ないですよ」
ハーティさんに促されて、わたしは渋々と上層へ戻っていく。オルネさん、ピリィーヤさん、キットンさんはレベル20まで来た。もうちょっとでコンプリートだったんだけどなあ。
まあ、明日明日。
「わたしたちは仕事あるから、毎日は無理だよ」
「ガックリですよ」
「職員さんで雇ったんですから、無理強いはダメですよ」
「ごめんなさい。調子に乗ってました」
「はいはい」
段々とハーティさんが、わたしの管理担当になってきてる気がする。また怒られちゃったよ。
「まあ強くなるのは悪いことじゃないし、冒険者の血も疼くってもんさ。また今度誘っておくれよ」
「分かりました!」
◇◇◇
「なんでカティがジョブ取れないんだよ!」
「ソルジャー、メイジ、それにプリーストに必要なステータスが足りていないからですね」
「そんなことあるかよ」
「そう言われましても」
余った素材を卸しに協会事務所に来たら、『ステータス・ジョブ管理課』のお姉さんが困った顔をしていた。
男二人と女の子が一人だ。ああ、多分ステータス取得がタダになったからって、村から出てきたんだろうなあ。年頃がわたしと同じくらいなのが、何か悲しい。
こういう弊害は予想されていたんだ。
「文字や数字を学ぶか、身体を鍛えれば基礎ステータスは上がります。そうしてから、もう一度来ていただければ無料でジョブに就くことができますよ」
お姉さんの言ってる事は、全くもって正論だ。さて、どうなる。
「すっからかんなんだよ! ここまでの馬車代で全部無くなっちまった。今、冒険者になれなかったらお終いなんだ!」
ターンと似たようなパターンかあ。
どれ、ここは教導課課長のわたしがひとつ。
「ぎゃあぎゃあうるせえんだよ! 冒険者になれないんなら、とっととどきやがれ!」
今度は二人組のおっさんが登場した。ありゃ冒険者じゃないね。ステータスカードを取りに来た、村の腕自慢って感じかな。何と言うか村の自警団ってイメージだ。筋肉はあるね。体格も凄いよ。
だけどねえ。
「おら、どけよ!」
「ぐあっ」
おっさんが冒険者志望の若者を引っ叩いて転がした。さっきまで食い下がっていた男の子だ。
ああ、やってしまった。あのおっさんは今、冒険者の不文律を犯した。
ガタガタと音を鳴らして、酒場にいた冒険者たちが立ち上がる。
「な、なんだよ、やろうってのか?」
若者を殴ったおっさんは、ちょっと腰を引きながらも虚勢を張ってる。
これはマズい。
「皆さん落ち着いてください! ターンもね」
「むぅっ」
怪我をされたら面倒なんだよ。迷宮まで運ぶハメになるし。
「な、なんだよねーちゃん」
「わたしは、冒険者協会教導課課長のサワと言います。貴方方はまだ冒険者ではありませんが、事務所内でのいざこざですので、適切な対応をとる義務がわたしにはあります」
「何訳わかんねえことを!」
「そこの倒れている方にも言っておきますね。基礎ステータスがどのようなジョブ条件にも届いていない場合、ジョブは得られません。これは人の問題じゃなくって、自然の摂理みたいなものです」
「そうだろう。見たことか」
おっさんが元気を取り戻した。ダメだな。こりゃ。
「ただし、冒険者同士の喧嘩はご法度です」
「なんだと? 腕っぷしでナンボだろうよ。冒険者なんだろう」
「ちょっと前まではそうだったみたいですけど、今は違います。理由は分かりますか?」
「なんなんだよ。はっきり言えよ」
つまり体感したいらしい。
「ターン」
「おう」
ブレるように大きな一歩を踏み出したターンは、脚を着地させると同時に行動を終えていた。身長差のせいで左斜め下から繰り出された、斜めアッパー。スマッシュってか?
そのスマッシュはおっさんに直撃しなかった。ただし目の前を通り過ぎる時に、その風圧で相手の頬が歪み、鼻血を誘発したくらいだ。
ターンはそのまま背を翻して、わたしの下へ戻ってきた。
「分かりましたか? 今、ターンがもうちょっとだけ押し込んでいたら、おじさんの頭が砕け散っていましたよ」
「はあっ!?」
「冒険者のステータスや実力は、姿かたちでは分からないんです。だから喧嘩はご法度なんですよ。つい最近できた決め事ですけどね。さあ、ステータスカードを取得してください。そして冒険者として生きていくかどうかは、お二人の自由です」
わたしは手を広げて言った。ここでプライドを折って諦めるなら、それでもいい。立ち上がるなら、それはそれで立派な冒険者になれるかもね。
「今はわたしが課長だから遠慮してくれましたけど、そこの受付嬢さん、マスターレベルのシーフですからね。新人さん5人とも、3秒で死ねますよ」
「サワさん、私はそんなに物騒じゃありませんよ」
能面のような笑みで受付さんは笑っていた。
「あ、あのすまない。カティに才能が無いって言われたみたいで、熱くなっちまった」
「いいですよ。気持ちは分からないでもないです。皆さんお幾つですか?」
「14だ。3人で冒険者になろうって決めてたんだ。だけど……」
「なれますよ。紹介状を書きますから、育成施設に行ってください。1週間で冒険者です」
こういう噂を聞いて、地方から流れてきた人たちを受け入れる体制も必要かあ。
「スニャータさん」
「もうできていますよ。サワさんもサインをお願いできますか」
ハーティさんに代わる新たな『ステータス・ジョブ管理課』の受付嬢、スニャータさんが手際よく紹介状を書いてくれていた。後はわたしのサインだけって状態だ。
「育成施設は街の西に出てすぐの所です。この紹介状を持っていけば、冒険者になるための訓練を受けられますよ」
「ああ、ありがとう。世話になった」
若い3人組は、ガラの悪いおっさん二人をちらりと睨んでから、事務所を出ていった。
「さて、おじさんたち」
「な、なんだよ」
「おじさんたちが今ジョブに就いたところで、ここでは最弱です。はっきり言って、この場にいる誰にも勝てません。それでも冒険者になりますか?」
「なる、さ。俺らだって甘い考えでここまで来たんじゃねえよ」
それなりに決意を秘めた顔をしている。まあいいや。
「じゃあ、お二人が本当の冒険者になった時、彼らに謝ってもらえますか?」
「ああ、分かった。済まなかった」
◇◇◇
「なんて事があったんですよ」
「そういう事もあらあさね」
サーシェスタさんは落ち着いたものだった。
「ステータスの無い頃は、それこそ腕っぷしが全てだったしねぇ。ステータスができた時も、ちょっとレベルが上がれば付け上がる連中も多かったもんさぁ」
ヴィットヴェーン冒険者の生き字引、ベルベスタさんは昔を懐かしそうに語る。
「でも、ここまでレベルに差があると、ちょっとした手違いで死人が出ますよ」
「だから御法度なんだろう」
「どこかで徹底する機会が欲しいですね」
「サワ嬢ちゃんは真面目だねぇ」
迷宮で戦っての怪我ならまだしも、地上で大怪我なんて馬鹿馬鹿しいにも程がある。これはなんとかしなきゃね。
数日後、育成施設の訓練場で教導課主催の『冒険者の危険性』について、講習が行われた。酷いタイトルだ。ここひと月以内に冒険者になった人たちは強制参加。
「やる!」
『ブラウンシュガー』のメンバーがそれぞれ、丸太を叩き折り、時には砕き壊していく。当然地上なのでスキルが無い上に、素手だ。新人たちが青い顔をしているね。自分の半分くらいの年齢の女の子たちが、これだけの破壊力を生み出すのだ。さもありなん。
「スキルを使えない地上ですらコレです。迷宮内だともっと酷いことになります」
これではねっ返りが、誰かに絡むことは無くなるだろう。
「そして、現役冒険者の皆さんも、力を盾にケチな弱い者いじめをしないようにしてください。守っていただけないようなら、わたしとターンが力と権力で叩きのめします。カエルの毒を頭からかけ続けますからね」
「ひでえ」
「さすがは『緑の悪魔』だぜ」
なんとでも言え。君たちの力は、迷宮で金を稼ぐために使うべきものなんだから。
以後、この講習会は月イチで行われることになった。
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