第192話 怒るのは後でもできる





「遅いですね」


「そうだね」


 第5王子との密約から2週間、王都からの孤児たちはまだヴィットヴェーンに現れないでいる。伝令が来たってことは、もう3週間以上になるはずなんだけど。

 ベースキュルトたちの育成は順調だ。ソルジャー、メイジ、ウォリアー、パワーウォリアー、シーフ、カラテカ、プリーストってところまできてる。


「ポリィさんの情報って本当なんですよね」


「ああ、それは保証するよ」


 そしてポリィさん、スケさん、カクさんのレベリングといえば、カラテカの後でプリースト、エンチャンター、ウィザード、ハイウィザードと順調だ。勢いとはいえ、全部レベル50台にしちゃったよ。

 当然わたしたちだってレベルアップしてる。わたしもターンもキューンもレベル60を超えた。ジョブチェンジしてもいいんだけど、ちょっと惜しいかな。できればレベル80までもっていきたい。聞けば、ズィスラ、ヘリトゥラ、ポリンはレベル50台で伸び悩んでいるみたい。他のパーティもだね。



「1週間ほど全休にします。みなさんは自由行動してください。ただし、死なないように」


「何故だ!」


「わたしたちのレベリングが滞っているからです。なんなら『ライブヴァーミリオン』に任せましょうか」


「そ、それはっ」


 脅してごめんね。


「大体貴様らこそ、怪しげな商人風情をレベリングしてると聞いているぞ。そちらを放り出せばよいではないか」


 それって第5王子だよ。


「先約ですので。それとそちらもお休みですよ」


 いや、確かに契約上、こっちも我儘言ってる自覚はあるんだよね。だからさ。


「マルチロールも板についてきたんじゃないですか。聖騎士団でパーティ割り振って、35層あたりで自分たちだけで訓練積むのもアリだと思いますよ」


「ぐむむ」


 言い逃れだ。ごめんなさい。

 まあそういうことになって『訳あり』は1週間の休暇、もとい本来のレベリング期間を得た。これは有効に使わねば。



 ◇◇◇



「あのですね、わたし『ヤギュウ』になってもいいかな」


「なにをいまさら」


 リッタ、そんな呆れた顔しないでよ。ほら、他にもケンゴーは沢山いるんだしさ。


「はいはい、サワが『ヤギュウ』になるのに賛成の人は挙手」


 全員の手が挙がった。ううう、ありがたいよお。


「泣きそうな顔しないでよ。いまレベル幾つなの?」


「62」


「じゃあ明日から80層いってみましょう」


「うんっ!」



 2日後、エインヘリヤルをレベル80まで上げたわたしは、ウキウキで協会事務所に向かった。

 今回ジョブチェンジの対象者はわたしとターン、キューンだ。ズィスラたちは55層メインだったから、80層を2日だとまだ足りない。


「よう、サワ嬢ちゃんたちもジョブチェンジかい」


「こんにちは。そうですよ。ヤギュウになるんです!」


「おおっ、よく分からんがスゲエなあ」


 最近、『ステータス・ジョブ管理課』には列ができることがある。ハーティさんがいた頃には考えられない光景だ。スニャータさんもちょっと嬉しそうだね。


「よっし、サムライ道、復活!」


 わたしは久々に『死霊のオオダチ』を腰に佩いた。

 ターンはエルダーウィザード、キューンはフェイフォンだ。キューンはなんか近接戦闘系が好みっぽいかな。ドールアッシャさんが喜びそう。


「さあ、潜ろっか!」


「おう!」



 その3日後、悲報がやってきた。



 ◇◇◇



「ひゃっはあ!」


 ジョブチェンジして3日ともなれば、ステータスも戻ってきて絶好調だ。

 レベルも60台になってるし、あと3日でどこまでいけるかな。80台は絶対だね。


「むふん。『マル=ティル=ルマルティア』」


 ターンも大規模魔法で楽しそうだ。やっぱり『訳あり』は全員エルダーウィザード取得で決まりだね。

 昨日、ズィスラとポリンもジョブチェンジした。ヘリトゥラはラドカーンをレベル86まで上げてる。


「このまま100層に挑戦したいから」


 後衛意識が高いヘリトゥラらしい。流石はヴィットヴェーン3大ウィザードのひとり。残りふたりは、ベルベスタさんとリッタだね。

『ブラウンシュガー』と『ブルーオーシャン』も楽しそうに戦ってる。よしゃよしゃ。




「サワさん!」


「クリュトーマさん!?」


 駆け込んできたのは『ライブヴァーミリオン』だった。ここ、83層だよっ!


「なにしてるんですか! 適正階層超えてますよ!」


 いや、クリュトーマさんたちだってそれくらい分かってるはずだ。


「ごめんなさい。なにかあったんですね」


「緊急事態です! 地上に、いえ1層に戻ってください」


 よく見たら、彼女たちはボロボロだった。傷自体は治したんだろうけど、マントとか防具に傷が入ってる。どれだけ無理したんだよ。


「パーティ組みなおし! 59層経由で戻るよ!!」


『ライブヴァーミリオン』を3分割して、それぞれのパーティに編入する。これなら戻りは大丈夫だ。

 理由なんかは後でいい。とにかく行動だ。



「1層ってことは、怪我人ですか。……それも沢山」


 59層へ急ぎながら、事情を聞こうとした。

 わたしたちを呼び戻すってことは、しかも1層ってことは、それくらいしか思いつかない。


「そうよ。だけど冒険者じゃないわ」


「え?」


 じゃあどういうこと、ヴィットヴェーン街の人たちが大勢怪我をした。あり得るの?


「わたしも伝言でしか聞いていないの。王都から孤児たちが到着したって。……怪我人だらけで」


 道中で襲われた? モンスターか、盗賊かなにか? だけど護衛だっているはずだし。


「『クリムゾンティアーズ』の方が速いから、先に戻ってもらったわ」


「そうですか。ありがとうございます」


 なるほど、『ライブヴァーミリオン』無理して降りてきたのは、そういうことだったんだ。



「いない?」


 59層から地上に戻って、すぐに1層に駆け込んだんだけど、怪我人はいなかった。どういうことだよ。


「まさかっ!?」


「なんです? クリュトーマさん」


「ヴィットヴェーン街へ、急いで!」


「わ、わかりました」


 よく分からないけど、行くしかない。わたしたちは全力疾走する。『ライブヴァーミリオン』は『ブラウンシュガー』がおんぶだ。



「ふざけんな!」


 街から街道への入り口で、如何にも貴族な小太りのおっさんを殴り飛ばしたのは、ポロッコさんだった。



 ◇◇◇



 貴族を殴ったポロッコさんに続いて、『ブラウンシュガー』とサーシェスタさんが取り巻きに襲い掛かった。ハーティさんがベルベスタさんを羽交い絞めにして、押さえてる。なんだよ、コレ。


「そこまで!!」


 状況を止めたのはターンの大喝だった。わたしも聞いたことがないくらいの大声だ。その瞳の先には。


「孤児たち、だよね」


「ああ」


「怪我、してるね」


「……ああ」


 目の前には、500人はいるであろう孤児たちだった。しかも手を縄で繋がれ、足から血を流している。誰もが俯いて、生気を失ってる。どういうこと。


「サワ」


「ターン?」


「助けるぞ」


「そ、そうだね。うん、そうだね!」


 助けなきゃ。とにかく早く治療しなくちゃ。



「わたくしは、ヴィルターナ・スヴァステア・ランド・キールランティアである! 問答は後回しだ。子供たちの治療を優先する!!」


 わたしが動こうとした瞬間、ターナが一喝してくれた。うん、王女の威厳だ。正直助かる。


「ターン、ポリン、シュエルカ、テルサー、シーシャ。先行して1層に行くよ!」


 すなわちナイチンゲールとカダ持ちだ。


「他のメンバーは子供たちを丁寧に、確実に、迅速に搬送! 縄切れ!!」


 そう言った瞬間に、縄が断ち切られていた。『訳あり』じゃない。多分、孤児たちの護衛に付いてた冒険者だ。王都で見た顔がいる。みんな悔しそうに俯いてる。なにがあった。


「ハーティさん、炊き出し準備。マーサさん、ツェスカさん、キットンさんに声をかけて」


「わかりました!」



「き、貴様ぁ。誰に手を上げたのかわかっているのかあっ!」


 ポロッコさんに殴られた貴族がなんかわめいてるけど、無視だ、無視。


「サワさん、ごめんなさい」


 ポロッコさんはポロッコさんで、ボロボロ泣きながら謝ってるし。ああ、カオスだ。


「泣くのも怒るのも全部後回し! 行動開始!!」


「おう!!」



 大体想像がついた。あの貴族は孤児たちを『徒歩』で、しかも縄で括りつけてここまで連れてきたんだ。馬車で2週間の距離を、歩きで。

 怒るのは後だ。今はやることがある。だけど、ケジメはつけないとなあ。


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