第193話 圧迫面談





「『フォル・ラ=オディス』」


 ナイチンゲールのシュエルカが全体回復を掛ける。だけど迷宮の仕様上、1度に回復できるのは6人までだ。しかも自分を含むことになるから、5人。


「『フォル・ゲィ=オディス』」


 テルサーはさらに、傷だけじゃなく疲労も癒す。レベルが1消費される。それでも5人だ。

 次々と子供たちが運び込まれてくる。『訳あり』だけじゃなく『サワノサキ・オーファンズ』や他の冒険者も手伝ってくれている。

 あまつさえ、ベースキュルトたちまでもだ。


「貴様を怒らせると、なにが起きるかわからんからな」


 とっくに激怒してるっての。でも助かります。ありがとう。


「『フォル・ゲィ=オディス』」


 わたしもレベルを飛ばして子供たちを治す。大体500人、最低100回スキルを使えばいいだけのことだ。

 いや、プリースト持ちは多い。一人ずつならいくらでも治せる。


「『ゲィ=オディス』」


 気が付けば、ウェンシャーさんたちプリースト互助会まで参加してくれてる。



「さあさあ、治療が終わった子から食べなさい」


 炊き出し担当のキットンさんが、あえて元気な声でスープを渡していく。

 治れ。食べれ。誰も死なないで、元気になれ。サワノサキ領はみんなを必ず救ってやるんだ。



 ◇◇◇



「この私に平民ごときが手を上げたこと、サワノサキ卿はどう思う?」


 今いるのはフェンベスタ伯爵邸の応接室だ。参加者はフェンベスタ伯爵とわたし、ハーティさん、そして『クリムゾンティアーズ』。

 相手は王都近郊に領地を持ってるらしいケルトタング伯爵。今回の孤児移送の責任者ってわけだ。つまりは元凶だね。


「それではお答えします。なんとも思いません。いえ、むしろ殴られて当然。殺されなかったことに感謝すべきでしょう」


「なっ!?」


 唖然としたのはケルトタング伯爵と『クリムゾンティアーズ』だ。

 なに驚いてるのさ。守るよ、絶対に。


「というのが本心ですが、建前上ケジメは必要ですね」


「なにを言っている」


「ここで彼女たちの首を差し出すのは簡単です。ですが平民6人が死んで、伯爵に得はありますか?」


 裏は取れてるんだよ。この銭ゲバが。


「取り引きです。お金を渡しましょう。これまでの判例にある、子爵家私兵が伯爵に手を上げた場合の賠償金に1割上乗せ。これで手を打ちませんか」


「それと併せて『クリムゾンティアーズ』とやらを渡せば、考えてもいいな」


 いやらしい顔をさらにいやらしくして、ケルトタング伯爵が飲めない条件を出してきた。

 これがゼロからの話だったらここでブチ切れて物別れだけど、とっくに激怒してるからそうでもない。



「なるほど。では次の話ですね」


「次、だと?」


 平民が貴族を殴ったなんて話は、いくらでももみ消す。いざとなれば力で黙らせるからね。

 だけどさ、次の話は許せないんだよ。


「あの時、伯爵がその場にいたか記憶にはありませんが、わたしは王陛下と宰相閣下に確約いたしました。合計約2000名の孤児を受け入れると」


「私もいたぞ。確かに聞いた」


「では何故、第1陣『200名』が500人になっているのでしょう」


「それは……、サワノサキ卿が早くに孤児を必要としていると聞き、我が領の300名を追加したからだ。感謝してもらいたいものだな」


「ほう? では、あの褒賞の後、孤児たちの移送費用をサワノサキが持つという話も知っているのか?」


 口調が変わっていくのが、自分でもわかる。



「知っているとも。王陛下はこの件を第1王子殿下に移管した。その上で私は殿下に移送を託されたのだからな」


「ならばなぜ、孤児たちを徒歩で移動させた。最低でも荷車の用意と十分な食事を確保できるだけの資金は提示したはずだが」


 あの時は急な王都行だったから、手付だけ払って後は着払いにするって、わたしは証書にサインしたんだけどなあ。なんでこうなったんだろう。


「貴様は分かっていないな。その資金とやらの中に私が同行するための金が含まれていなかったのだ」


「体裁か」


「当然ではないか。伯爵自らが、このような辺境に出向いてやったのだぞ。それに見合うだけの待遇は保証してもらわんとな」


「なるほど。これが、貴族、か」


「追加の孤児に加えて、このやり取りだ。お前には勉強になっただろう。平民上がりの子爵には難しい話だったかな」


 こいつはつまり、豪快に中抜きしたわけだ。理由は自分が高貴なる者だから。それだけの看板で。なるほど、なるほど。


「加えてそもそもだ。平民どころか孤児どもに荷車? 十分な食事? ありえん。生きたままここまで連れてきてやったのだ。感謝されこそすれ、逆恨みなどありえんな」


 ベラベラとまあ。


「さあ、話は終わりだ。そこの平民冒険者を譲れば無かったことにしてやっても構わんぞ」



「ケルトタング卿。これはそういう話ではないのだ」


 フェンベスタ伯爵がインターセプトした。ダラダラと汗を流しながら、必死の形相をしてる。


「心からの親切で言うから聞いてほしい。君は今、生死の瀬戸際にいるんだよ」


「なにぃ?」


「彼女は、サワノサキ卿は信じられないほど下手に出ているんだ。今が最後だ。謝罪しろ」


「なにを馬鹿なことを」


「取り巻きや護衛もろとも、迷宮50層に放り出されるぞ」


「いやですねえ、50層だなんてケチなことを。最高到達は83層です」


 フェンベスタ伯爵が頭を抱えた。


「ですけど神聖なる迷宮を、暗殺やら処刑場に使うなんてとんでもない」


 以前、ベースキュルトをそうやって脅したけどね。二番煎じは無しってことだよ。



「話は聞かせてもらいました。本件の裁定、父上とお爺様に問いましょう。このわたくし、ヴィルターナ・スヴァステア・ランド・キールランティアが見届けます」


「同じく、カトランデ・イルマタイル・ランド・キールランティアが同席いたします」


 ドアがバンと開かれて『ライブヴァーミリオン』が登場した。そして、ターナとランデが堂々と宣言する。

 シナリオ通りなんだけど、なんかこう白々しすぎない。それと、わたしの立場は? 主人公ってだれ?



 ◇◇◇



「今回のいさかい、全てをつまびらかに報告いたしましょう」


「そ、そそ、それはっ。王家のご宸襟を悩ませるほどのことではございませぬ」


「それを判断するのは第1王子殿下です。大丈夫、サワたちにかかれば、3日で王都です」


「それでは、わたしたちの供出した金銭を私的に横領した挙句、孤児たちに苛烈なまでの行程を強いた行状、王陛下の前で存分に語れ。それと」


 ここらで会話に入り込んでおかないと存在感が吹っ飛びそうだよ。


「な、なんだ」


「王都までの道のり、伯爵には荷車の上にて、孤児たちと同じ食事を楽しんでもらう」


「私は尊き血を持つ伯爵だぞ! それを荷車だと、麦粥だと!」


 私の右手がブれた。


「卿の頬から流れる血は真っ赤ではないか。どのあたりが青いんだ。そもそも、何故急に血を流しているのだ? 鼻血でもあるまいに」


 今のわたしはレベル65のヤギュウだぞ。スキルなんて使わなくても居合などお手のモンだ。

『訳あり』以外は見えなかったよね。すなわち完全犯罪だ。


「あ、あああ、血が血が。手当だ。プリーストを呼べ!」


 その程度の血で死ぬわけないだろうに。それと迷宮行け。

 憐れんだフェンベスタ伯爵が侍女を呼び出してタオルを渡した。ほっときゃ、それで止まるだろうさ。



「まあウチの領民が卿に手を上げたのは事実だ。よって、先ほどの話、倍の量をお渡ししよう。ハーティ」


「はい」


 ハーティさんがインベントリから金塊を取り出し。テーブルにおいた。その数、5個。伯爵の目の色が変わった。


「迷宮79層のゲートキーパー、クリーピングゴールド・ストームのドロップだ。受け取れ」


「あ、ああ」


 ケルトタング伯爵が慌てたように、金塊を仕舞い込んだ。


「受け取ったな? ではこれで『クリムゾンティアーズ』の一件は終わりだ。よいな?」


 そこで圧をかける。目力バリバリだ。ケルトタング伯爵どころか、フェンベスタ伯爵までも震えて脂汗を流してるよ。ごめんね、とばっちりだ。

『クリムゾンティアーズ』の罪は明らかだ。それを領主たるわたしが金銭を渡すことで示談にしたって流れだね。だれの面目も潰してない。いいね。



「さて、次の話だったな。わたしの供出した資金が不当に使用された疑いがある。しかも第1王子殿下直轄の事業においてだ。不問にはできん」


「そ、それは、先ほど説明したとおり」


「黙れ。ヴィルターナ殿下、カトランデ殿下、ご裁定を」


「わたくしの父に要らぬ疑いが掛かったこと、明白です。由々しき事態と言えましょう。なによりその相手が父上と王陛下の信頼厚いサワノサキ卿ということ、これは大問題です」


「はっきりと言おう。わたしは本件をもって、第1王子殿下に対し非常な不信を抱いている」


「ふ、不敬であるぞ!」


「君、君たらずとも、臣、臣たらざるべからず、などという言葉もあるが、わたしはそうは思わない。君が君である限り、臣たろう、だ」


 うん、我ながら中二っぽい物言いだ。だけど格好いいぞ自分。

 なんてバカな事を考えてないと、怒りオーラが噴き出て止まらんわ。


「受け入れた孤児たちの調整もある。出発は3日後だ」


「フェンベスタ卿、その者を軟禁しておきなさい」


 ターナの非情なお言葉だった。


「ははっ!」



 それだけを言い残して、わたしたちは部屋を出た。さて、まずは子供たちの受け入れだ。


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