第191話 後ろ盾は何枚あってもいいよね
「そいやっさあ!」
ヴァンパイアボーンがマミーを叩きのめす。
「ふっ」
同じくターンがラマ服で敵を拘束して、その上から肘を叩きつけた。マミーの包帯の上から服で拘束とはこれ如何に。
遠距離補助と同時に、近接拘束をこなすのがラマだ。他のジョブと併用すれば、こういうことになるんだよ。
「だ、大丈夫なのかい?」
後ろの方からポリィさんの声が聞こえるけど、大丈夫だって。
ちょっと問題なのは、ここが61層だってことだね。
「いやあ、59層だと物足りなくって。安全は確保してますから。『セーフリームニル』」
そう言いつつ、ダ・ゼ=ノゥに一撃をいれる。なにかいいドロップはあるかな。
「あの、レベル54なんですが」
スケさんがもう帰りたいって顔をしてるね。どうしよう。
「まだだな」
ターンがきっぱりと言い放った。そうだよねえ、わたしたちまだレベル30台だし。まだ夕方には早い。戻ってくるのが面倒だ。
「ターンもこう言ってることですし、あと4時間ほどやりましょう」
「そ、そうかい」
「じゃあ明日はカラテカでお願いしますね」
「あ、ああ、分かったよ」
ポリィさんたちが夕陽に向かって帰っていった。結局シーフのレベル59になったね。
わたしたちはまだ30台後半だ。明日もやるかあ。
◇◇◇
「レベル35を超えたのだけど、ちょっといいかな」
翌日も58層から61層まで降りてきたんだけど、ポリィさんがなんか言いだした。
「元々カラテカはコンプリートレベルでいいんだろう?」
「まあそうですけど、日和りましたか?」
「そうじゃないよ。まだ昼だし、今日はここで終わりにしてサワノサキ領を見ておきたいんだ」
「そりゃまたどうして」
ここでいきなりの視察かい。抜き打ちってか?
「いやね、王都から連絡が来たんだ。孤児たちが移動を始めるらしい。受け入れ状況を確認しておきたくてね」
「それを早く言ってくださいよ」
一大事じゃないか。目の前のサーベルタイガーをぶちのめして、戦闘を終わらせた。
レベル42かあ。まあこれからこれから。
「それに私も、昼間から地上でベースキュルトと顔を合わせたくないしね」
「立場を隠さなくなってきましたね、殿下」
「まあまあ」
「まあいいです。戻りましょう。行きましょう」
「これは、凄いね」
目の前ではドワーフのおっちゃんと施設の子供たちが、大規模工事をしてるとこだ。
ちびっ子たちが石材を抱えて突っ走る。積み上げる。それをおっちゃんたちが微調整してく。サワノサキ領では当たり前の光景だけど、ポリィさんたちには新鮮なのかもね。
「それにしても、どれだけの数なんだい」
「30棟以上は造る予定です」
最初に造られた育成施設から、北東方向に無理やり開拓して、100人くらい収容可能なのを30棟。
それに併せてマーサさんには職員確保に奔走してもらってる。
「……30棟」
「ええ、なんせ2000人規模ですから」
ああポリィさんは知らなかったのかな。王都の宰相さんが言うに、王都を含めて近郊には2000人くらい孤児がいるらしいんだ。
「サワノサキ領は今、たしか500人くらいらしいね」
「よくご存じで」
そりゃ調べるか。
「引き受けてどうするのかな?」
「当然全員育てますよ。冒険者でもそこにいる子供たちみたいに職人でも、農業でも、商人でも。絶対に職を持たせて、飢えさせません」
「そんなことが」
「可能ですよ。迷宮に潜ってレベルを上げれば、できるんです」
「いざとなったら全員冒険者だとでも?」
「そうです。サワノサキ領は、ヴィットヴェーンの守りです。その時がくれば全員が冒険者として戦います」
あ、やべっ。これって王都への圧力になるんじゃ。
実際カクさんとスケさんは難しい顔をしてるし、ポリィさんは考え込んでる。
「サワ嬢」
「あ、はい」
あ、ポリィさんじゃない、第5王子殿下だ。
「君が何者などとは聞かない。君は何者になりたいのかな」
「最強の冒険者ですね」
即答だ。考えるまでもない。
「最強の冒険者とは、この国最強の戦力だ。君たちを見て、対話して心から理解したつもりだよ」
「戦争とか政争はごめんですよ」
「それでもだ。周りがそう思うかどうかは別だろう」
うーん。困ったなあ。
わたしはターンとか仲間たちと一緒に迷宮を『楽しみたい』だけなんだよね。あれ? こんな状況なのに、ターンもキューンも何も言わない?
「我と手を組まないか?」
「政変を起こして第5王子を推戴なんてごめんです」
「そうじゃあない。むしろ逆だよ。我が君を擁立する」
「擁立って」
わたしを旗頭にクーデターなんてごめんなんだけど。
「なに、玉座とか独立なんていう話じゃない。君は迷宮バカだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「誉め言葉と受け止めますよ」
「それでいい。君はこのままサワノサキを、ヴィットヴェーンを発展させればいい。そしてそれを妬む、もしくは疑う外敵は、我がなんとかする」
なに言ってるんだこの人。
「それが殿下になんの利点を」
「平穏で、刺激ある老後さ」
1行で矛盾させるなし。
「なあ、ターン嬢、キューン嬢。君たちは今、幸せかい?」
そう言って殿下はふたりの頭に手を置いて、優しく撫でた。
「おう」
「うん」
「今は500人、近々追加で2000人。残り二つの迷宮に声を掛ければさらにもっとだ」
ああ、そういうことなんだ。
「第5王子というだけで、楽をさせてもらって、侯爵を利用して必要以上の禄を食んでいた。それはまあいい気味だ」
悪だねえ。
「そんな我が悪名を利用して、サワノサキを守る。どうだい、庇護される気にはなるかな? 無論、武力と経済力はそちら任せだ。我に出せるのは王族という名目だけだが」
「ターンとキューンはどう思う?」
「サワの好きにして」
まずキューン。
「見所があるぞ。良い目をしてる」
そしてターン。いつの間に人物鑑定家になったんだろ。
「多分王都みたいな発展の仕方はしませんよ。質素な住宅街と広大な畑が広がって、無骨な砦が出来上がります」
「なら我が文化を花開こう。これは妻と子たちも呼ばねばな」
それって、人質解放になるんじゃ。
◇◇◇
「最高級の看板ですね」
わたしの報告を聞いたハーティさんの発言がそれだった。黒いって。
『ライブヴァーミリオン』は揃ってテーブルに突っ伏している。
「やられたわ」
「やられたー」
どういうことさ。
「わたくしたちがそうなりたかった」
「残念ー」
ターナ、ランデ、そんなこと考えてたのかよ。
「いえ、立派な看板になれますよ」
いやいやハーティさん、そんな露骨な。
「第5王子殿下と第1王子令嬢が手を組めば、少なくとも次期王陛下は第1王子殿下で安泰でしょう」
「ああそっか。ターナ、ランデ、看板やって」
「なにかぞんざいだわ!」
「むー!」
ごめんごめん。
「さらには中立派のメッセルキール公爵家もサワノサキ側です。これはもう盤石かと」
「ハーティさん、黒い、真っ黒ですよ」
「武力と資金力において、サワノサキ領は王国随一です。その上これだけの後ろ盾があれば、うふふ」
ああ、目がイっちゃってる。
「サワさん、王位を簒奪しませんか」
「しないからっ!!」
「まあ、わたくしたちと叔父様が結託すれば、お父様も諦めて納得すると思うわ」
「そうだねぇー。やるよ、看板」
ターナとランデが看板になる宣言してくれた。
「ごめんね、ありがとう」
「ううん、ここが楽しいから、今のままがいいよー」
ランデは太平楽だねえ。
「そうなるとベースキュルトはどう出るかな」
「ブルフファント侯爵家は王子殿下に大層『投資』したそうですし、回収にまわるかもしれませんね」
ハーティさんが怖いことを言いだした。
「具体的には王都の妻子のみなさんですね。表沙汰になる前に根回しと安全の確保でしょうか」
「根回しって第5王子と、ええっと第1王子と王様とでやりとりすればいいんですよね」
「ええ。それに加えて、ターナさんとランデさんの口添えですね」
「やります」
「任せてー」
前向きだねえ。
「それで、安全の確保っていうのは?」
「我らにお任せを」
「ピンヘリア!?」
いつの間にか『シルバーセクレタリー』6人が膝を突いて控えていた。
「ハーティさん、『オーファンズ』をお借りしてもよろしいでしょうか」
「認めます。必ず成し遂げてください」
「必ずや」
おいおい、置いてきぼりなんですけど。ってか『オーファンズ』にも隠密部隊いたの?
ま、まあこれでヴィットヴェーン、ひいては王国の平穏が保たれるなら、それでいいのかな。
「そうなると問題は叔母様ね」
「そうだねぇ」
「誰それ?」
「ベンゲルハウダーに嫁いだ第1王女よ。今は総督ね」
嫌な予感がする。
「どんな問題なの?」
でも確か、ベンゲルハウダーは分権派のはずだ。なんで問題になるのかな。
「叔母様は豪放で、愉快で、最強を目指しているのよ」
ああ、厄介事の予感しかしないよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます