第204話 たまには苦戦もいいじゃない
「『ホアンキエム』!」
ズィスラの声が迷宮に響いた。彼女のジョブ、レ・ロイのスキルだ。
バトルフィールド内が湖になって、敵が沈んでいく。実はこのスキル、AGIとDEX依存なんだよね。抵抗性もレベルとソレだ。
「沈めえ!」
ズィスラはホント元気だねえ。
攻撃対象になったランタン=ポロ6体は、もう2匹しか残ってない。
「『無影脚』」
そこに、ターンの無慈悲な蹴りが飛んだ。今のターンはフェイフォンを卒業してスクネをやってる。
ここは迷宮88層だ。わたしたちは丁寧に1層ずつ、まるで森林を開拓するように進んでいる。
84層から多分89層までの昇降機は見つかってるんだけど、55層のモンスタートラップみたいなのを見逃したくないんだ。
「ヘリトゥラ、キューン、どう?」
「難しいです」
ヘリトゥラとキューンはそれぞれ、オーバーエンチャンターの上位ジョブ、ジョフクとジャービルになってる。
ただそのエンチャント、特にジョフクのは癖が強いんだよね。なので、間合いとかタイミングとかを模索してる途中なんだ。
「そぉい」
長いマントみたいなラマ服を着たわたしは、バシリスクを拘束する。そこにポリンの錫杖が叩きつけられて、敵は消えていった。
わたしがラマ、ポリンはシュゲンジャだ。前衛3、中衛1、後衛2って感じかな。
「ふむ、あまりよくない」
ターンが断言しちゃった。基礎ステータスとスキルでなんとかしてるけど、レベル40台でここはちょっとキツかったかな。
ヘリトゥラとキューンがエンチャンターだし、わたしは素手スキル持ってないしね。
「それでもレベルの上げどころよ!」
「うん」
ズィスラとポリンがそれぞれやる気を見せた。
「意気や良し」
てな感じでわたしたちはレベルを上げまくるのだ。まあ60台になれば楽になるでしょ。
◇◇◇
「やらかした」
フラグだったよ。さっきのセリフ。
88層をマッピングしてたんだけど、普通の玄室が普通にモンスタートラップだったんだ。
「こういうのもあるのは知ってたけど、この状況でかあ」
ハーピーとピクシーの大群が、間断なくわたしたちを襲ってくる。フィールドの関係で1度の戦闘だと、30体程度だけど、終わりがみえない。
「スキルがない」
キューンがぼやくように言った。そうなんだよね、わたし、ヘリトゥラ、キューン、ポリンは武装制限でまともな剣技スキルにマイナス補正が掛かりまくりなんだ。今は攻撃魔法だけの砲台にしかなってない。
だって、素手系と杖系スキルは使い切ったから。
「ごめん、わたしの判断が甘かった。バランスが悪い」
「サワのせいじゃないわ!」
そんな中でも大暴れしてるのはズィスラとターンだ。ズィスラは豊富な剣技をまだ残しているし、ターンも素手スキルも、まだ大丈夫。
ここのとこ、取れるジョブを適当に積み上げてきた結果だ。パーティとしてのバランスが悪いし、55層でもっとレベルを上げるべきだった。
「くっ!」
今の声はヘリトゥラだ。すぐに自己回復してるけど、被弾が増えてきた。盾持ちはズィスラだけだもんね。
「移動系スキルで躱して!」
「はいっ」
健気なヘリトゥラだけど、声に力がない。上級エンチャンターのスキル連携が模索中だったのが痛い。
「ターン以外全員抜剣、盾装備! 避けて、受けて、カウンターだけ狙って」
「うん」
「わかった」
豪快なマイナス補正がくるけど、今は仕方ない。ターンとズィスラに委ねよう。
「『EX・BFS・SOR』」
ヘリトゥラのバフがターンに飛ぶ。同時にレベルもひとつ消し飛ぶ。
氾濫でもない、普通の戦闘でこのざまだ。悔しいなあ。
「『EX・BFS・SOR』」
同じくキューンだ。ズィスラの動きが良くなった。
ごめんね。お願い、ターン、ズィスラ。
◇◇◇
「どうしたの!?」
「ああ、リッタ、酷い目にあったよ。悪いけど3時間休ませて」
「それはいいけど、先に説明」
這う這うの体で敵を倒して、スキルが枯渇した状態で85層までもどったら『ブルーオーシャン』がいてくれた。ほんと地獄に仏ってやつだ。
ジョブとスキル構成考えて潜れって言われたけど、それは身に染みたよ。
「そういうわけで、ジョブ構成には気を付けましょう。報告を終わります」
「ふむ」
夜の報告会で、今日あったことを伝達するのがウチの毎日だ。
今日は苦い報告だったけど、隊長のターンは腕を組んで頷くだけだよ。
「対策はどうするんですか?」
シーシャが当たり前のことを聞いてくれた。そうだよね、対策言わないと意味ないもんね。
「剣技系、防御系ジョブをパーティには最低ふたり、できれば3人。後衛系は杖術ジョブを網羅、くらいかなあ」
ここにきて、ウォリアー、シュゲンジャ最強論だ。
「まあ話はわかったよ。パーティのバランスを考えてジョブを並べろってことだね」
「はい」
アンタンジュさんがまとめてくれた。そういうコトだね。
「それで、88層は『使えそう』なのかい?」
「うーん」
ハーピーとピクシーの群れだし、連戦に耐えられるならイケるかな。硬いタイプの敵じゃない。むしろピクシーの魔法とハーピーの麻痺系攻撃がウザいかな。
「イケると思います」
「なら、新しい狩場の登場だね」
アンタンジュさんが獰猛に笑う。最近だと『クリムゾンティアーズ』も80層に到達したんだ。
「55層で上げてから、88層で仕上げる。いいじゃないか」
おっしゃる通り。
「私からも報告です。『シルバーセクレタリー』が戻りました」
「おお!」
ハーティさんの報告に全員が声を上げた。ここのトコ、事務員が少なくて『オーファンズ』から借りてたくらいなんだ。
「引き続き『オーファンズ』から18人を王都に置くように指示しました」
「なるほど。そうなったら、ベンゲルハウダーとボルトラーンも」
「はい。そちらも検討中です。新しい孤児たちがレベリング中なので、ひと月ほど時間をいただけば」
例の『先代』ケルトタング伯爵が連れてきた孤児たちの育成は進んでる。そろそろ『オーファンズ』に組み込んでもいいくらいだ。いつも通りで、深刻なシュリケン、クナイ不足だよ。
サムライって人気ないのかなあ。
「さらに王都から孤児たちが移送されます。『シルバーセクレタリー』からの報告ですが、400名ほどです」
「受け入れはできます?」
「ええ、もちろん」
ハーティさんが笑う。なら大丈夫だ。
「2000人規模を収容できる体制を作ります。申し訳ありませんが、総督官邸は後回しですね」
黒いってば。同時進行なのは知ってるけどさ。
「サワさんたちはジョブチェンジですね」
「は、はい」
苦笑いを浮かべるハーティさんに、思わず返事をしちゃったよ。今日の死闘で80台に乗ったから、それもいいかな。次は何にしよう。
◇◇◇
「ボルトラーンから?」
次の日の夜にハーティさんから聞いたのは、ボルトラーンから冒険者が送り込まれたって話だった。
ボルトラーン迷宮総督ビルスタイン侯爵からの紹介状付きだ。これは無下にできないよ。
「応接に通してあります」
「行きましょう。ハーティさん、同行を」
「ええ、もちろん」
「どんな人たちなんですか?」
「女性ばかりの6人パーティです。強いて言うなら『クリムゾンティアーズ』に似ていますね」
うーん、気質が似てくれてたら安心なんだけどなあ。
「おう、アタシたちは『ファイターズ』。よろしく頼むぜ」
野球か?
応接室には20歳くらいの女性、6人組がいた。
「ご丁寧にどうも。『訳あり令嬢たちの集い』クランリーダーのサワです」
「話は聞いてるぜ! ヤるんだってな」
何を?
「最近は50層で行き詰っててな、ココにくれば強くなれるって聞いてさ」
「50層、ですか」
えっと、結構凄くない?
「おっと名乗り遅れたな。アタシはウルマトリィ・アァイィズ・ビルスタイン」
ビルスタインって、侯爵の関係者か。ミドルネームが素敵。
「自分たちでもわかってるんだ。全然足りないって。それを得るためにここまできた。頼む! アタシたちを強くしてくれないか!」
正直、ここまで真っすぐなのは驚きだ。
50層まで行ったっていうなら、単一ジョブじゃ多分無理だ。彼女たちは自分なりに何かしらを積み上げている。
「どんなジョブ構成なんですか。話はそれからです」
ああ、聞いてしまったらもうおしまいだ。ハーティさんが横で顔を覆っている。
だけど、仕方ないじゃない。真っすぐには真っすぐ応えないとさ。
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