第178話 やっぱり氾濫だったよ
「これってさあ。氾濫じゃない?」
66層の光景を見たわたしは、思わずそう言ってしまった。
だってねえ。レベルスティーラーやらヴァンパイアなんかが、うようよしてるんだもんさ。前回来た時はこんなんじゃなかったし。
「前回が氾濫直後で空いていたっていうのは?」
「それにしたってねえ」
リッタがため息を吐いた。
「言ってみただけよ。どう見てもまともじゃないわ」
「これが氾濫だろうと通常だろうと、やることは一緒です。なんですよね?」
「そうよイーサ。やるわよ」
「はっ」
リッタなら戦うことを選択するって確信してたんだろうね。イーサさんがガンギマリだ。
「中央は『クリムゾンティアーズ』と『ブラウンシュガー』。左右やや後ろで『ブルーオーシャン』『ルナティックグリーン』です。聖属性の力、みせてください」
「……任せろ」
真っ先に戦闘判定を取りにいったのは、大楯を構えたジェッタさんだった。今のジョブはホーリーナイト。ガーディアンを長く務めてきた彼女はタンク指向が強い。だからいつだって『クリムゾンティアーズ』の先頭はジェッタさんだ。
レベルスティーラーとヴァンパイアだけの群れだ。『クリムゾンティアーズ』に傷を付けることができても、レベルは吸い取れない。結果は消滅だね。
『ブラウンシュガー』も似たような感じ。ヒキタのシュエルカ以外は全員聖属性だ。
「……負けない」
ジェッタさんと同じドワーフのジャリットが気合を入れる。『ブラウンシュガー』のタンクはジャリットなんだ。
「いやあ、強いねえ」
「なかなかやる」
ターンも鼻を鳴らしながら、目をギラギラと燃やしてる。ヤる気だ。
「わたくしたちもやるわ。イーサ、ワルシャン、拘束。前衛はわたくしとニャルーヤ。シーシャは補助をしつつ遊撃よ!」
遠くでリッタの指示が聞こえる。こりゃあ、負けてられないね。
「ポリンは後衛。前はヘリトゥラとキューン。ターン、ズィスラ、わたしは」
「勝手にやるわ!」
「それで良し!」
わかってるじゃん。最後の3人は、みんな近接系なんだよね。だから躱して殴る。
「レベルドレインもらったら笑うよ」
「食らうわけなし」
ターンのキャラはブレないけど、時々よくわかんないよ。
「いいよ、いいよお。こういう緊迫した戦いこそプレイヤースキルが上がるってもんだ」
そういうわたしの頬を掠めるように、ヴァンパイアの爪が繰り出される。
当然、躱す。ただしギリギリで。そして。
「おうらあぁ!」
スキルも使わず、ただ右ストレートを叩き込む。
これだよ、これ。本来ならスキルとして『カウンター』を使うところだけど、あえてこうしたんだ。身体は覚えてるってね。
カラテカからグラップラーの殴り系近接ジョブが不人気なのは、モンスターに直接触ることだけじゃない。そもそも人型モンスターがそう多くないからだ。しかもサイズの不一致。
いくらパンチやキックを磨いたところで、4本足や6本足、たとえ人型でも自分より小さいか大きい。
ひとつのジョブを鍛え抜く時代、殴り系は不遇職だったわけ。誰だって武器持った方が強いからね。
だけど、カラテカは自己バフが豊富だし、グラップラーは行動阻害系スキルがある。ましてや上位ジョブともなれば。それがヴァハグンたるわたしやズィスラだ。
「『酔えば酔うほど強くなる』!」
ああ、ドールアッシャさんもノリノリだ。ヴァハグンの経験があって、前職フェイフォン、現在ウラプリーストの彼女は『訳あり』イチの殴りエキスパートだ。しかも現状、レベルドレイン無効。
ベルセルクより、よっぽど狂戦士じゃない。
「まあ、わたしはわたしの技術でやるしかないね」
◇◇◇
「大体終わったかな」
「ふむ、もう少ない」
ターンの言うように、66層は静かになっていた。
探索って言うより、大掃除、格好良い言葉なら掃討って感じかな。
「だけど、氾濫ね」
ウィスキィさんの目線を追えば、67層への階段から上がってくるヴァンパイアが見えた。つまりはそういうことね。
「氾濫にしろ、黒門にしろ、もしかしたら層転移かもしれないけど、やれるとこまでやりましょう」
「そうするしかないわね」
ウィスキィさんは苦笑いしながらも同意してくれた。
もうみんなのレベルは60を超えて、70手前のメンバーもいる。あれ、これってむしろ大歓迎?
「サワ、悪い顔してるとこ申し訳ないけど、陣地造らない?」
「そだね」
リッタのツッコミも入ったし、今日はここで一旦休憩だね。
「ジョブチェンジはどうします?」
「ウチは無いね」
アンタンジュさんが即答だ。そりゃそうか。
「シュエルカをホーリーナイトにするのはアリ」
シローネの判断は正しい。今の状況だと『クリムゾンティアーズ』と『ブラウンシュガー』は鉄板だ。それをさらに固くする考えは当然だね。問題はご当人か。
「なる……」
だそうだ。これは決まりかな。ヒキタ後輩がいなくなるのはちょっと寂しい。
「ウチは聖属性攻撃持ちだし、今のままね」
リッタが言うように『ブルーオーシャン』は全員、聖属性攻撃ができる。ウラプリーストのリッタとニャルーヤが前線に立てば問題ない。
むしろ特殊攻撃が多いから、このまま運用して新しい可能性を見てみたいくらい。
「ポリンがラマ。どうだ」
最後にターンが言った。確かにおもしろい。聖属性持ちで、拘束ができるとなれば、わたしとターン、ズィスラが楽になるね。幸いラマになるための『無上瑜伽タントラ』も1個残ってる。
「ポリンはどう?」
「やります」
これで決まりだ。
まずパーティを変更した。ポリンとシュエルカが奇跡を起こす。ジョブチェンジして、護衛に抜擢されたのはヘリトゥラとチャートだ。二人とも聖属性ジョブだし、4人パーティで階段を上ってくるモンスターを倒しまくる。
「あたしたちが助力だねえ」
アンタンジュさんたち『クリムゾンティアーズ』がさらにその護衛を引き受けてくれた。
わたしたちは3時間の睡眠。ただし、ポリンとシュエルカはパーティ範囲ギリギリでお休みだ。
「冒険者は3時間寝るのも仕事。さて寝よう」
◇◇◇
「サワ、交代だよ」
3時間後、アンタンジュさんに起こされた。『ブラウンシュガー』と『ブルーオーシャン』もだ。
「ふああ、じゃあ『クリムゾンティアーズ』3時間睡眠です。ヘリトゥラとチャートはキューン、リィスタと交代で休憩ね。ポリン、シュエルカ、起きて」
レベルの確認とパーティの組み直しをするために二人も起こす。
「14です」
「17……」
「もうちょっとだね。もっかい就寝」
そしてさらに3時間後だ。キューンとリィスタは聖属性を上手く使ってスキル消費を抑え込んだ。
ポリンが21、シュエルカが24。コンプリートだ。これならいける。
「ようっし、パーティを戻して。全員スキルはバッチリですね」
「おう!」
67層から登ってくる敵は、その頻度が増えてるような気がする。これは本格的に氾濫だ。
そしてこの氾濫は、わたしたち以外には止められない。だからやる。経験値も美味しいしね。
「ぐふふふ、見てろよ迷宮」
「だからサワ」
リッタのツッコミは受け流す。
「やるぞ」
「うん、やるよ。ターン!」
「おう」
◇◇◇
「撤退、てったーい!」
多すぎるって。
67層はもう、ヴァンパイアの巣みたいなところだった。『ルナティックグリーン』と『ブルーオーシャン』でレベル吸われたメンバーがでたよ。かくいうわたしもだ。許さん、許さんぞぉ。
「それでも半分くらいは削れたでしょうか」
意外と冷静なシーシャの発言だ。自分もレベルドレイン食らったろうに、よく平静を保ってられるもんだ。
「引く?」
シローネが聞いてくる。あり得ないね。
「引かないよ。押して引いて押して、レベルを上げてぶん殴る」
「サワさん、落ち着いて」
珍しくポロッコさんの指摘が入った。まあ、怒りに燃えてるけど、それでもこの判断は間違ってない。
「レベルスティーラーもヴァンパイアも倒せます。上位種はまあ、69層なんでしょうね。それを拝むまでは押してレベルを上げて、引いてスキルを戻して、さらに押します」
「怒ってはいるけど、妥当だねえ。あたしは賛成だよ」
「うむ」
「やれる」
「はあまったく、やれるわよ」
アンタンジュさん、ターン、シローネ、リッタがそれぞれ受け入れてくれた。ならこう言うしかない。
「作戦名は『レベルを上げながら擦りつぶす』。時間がどれくらいかかっても、やり遂げます」
さあて吸血鬼共よ、経験値の餌になってもらうよ。せいぜい数を増やして待ってるがいいさ。
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