第196話 冒険者たるものたち





「陛下、これはどういうことなのですかっ!」


「少しは落ち着け、ポールカード」


 ポールカードっていうのは第1王子のことだね。正式にはポールカード・ヴァストラン・ランド・キールランティアだそうな。絶対忘れる。

 自分が贔屓にしてたケルトタング伯爵が失脚して、随分とおかんむりだ。まあ、わかる。


 ケルトタング伯爵たちが退席した後、何故かわたしたちだけが残された。メッセルキール公爵と宰相もいるけどね。


「ポールカード、貴族とは、王族とはなんだ」


 そして王様が滅茶苦茶根源的なことを言いだした。


「なにをっ。尊き血を持つ者でしょう」


「元は皆、冒険者、いや挑みし者だった」


 そうなんだよね。ステータスがまだ無くって、ただ己の力だけで迷宮に挑んだ時が長く続いていたらしい。100年以上も。

 そんな時代、命を懸けて迷宮10層まで潜って、素材を得る人たちがいた。もちろん魔法もスキルも無い。補助ステータスも無い。インベントリも無い。


「そんな時代に迷宮から素材や食料を持ち帰った者たちが、指導者となった。それが王族の発祥だ」


「それくらいは存じております」


「そんな王の下、栄達を夢見た者たちが迷宮に潜り、その多くが戻らず、それでも幾人かが新しい素材を持ち帰った。それが貴族となった」


「力が全てとでも言いたいのですか?」


「そうではない。だが迷宮に潜り、素材を持ち帰る者がこの国を動かしている。それが現実だ」


「それがなんだというのです」


 うん、第1王子の言う通り。わたしもよくわからん。



「ステータスが現れ、迷宮探索は冒険ではなく、冒険者という名の職業になった。それはいい。都市国家が安定し、連合国家、果ては王国となったのだからな」


 キールラント王国の発祥だ。そんな安定っていう変革期が20年くらい続いたみたい。

 だけどみんなが新システムを理解して、活用に至る期間としては短かった。


「メッセルキール卿から報告は受け取った。そして余は断ずる」


 なにをさ。


「君たちは『冒険者』だ。その中に我が孫娘たちまでもが含まれている。これを嬉しく思わぬでなんとする」


 そう来たかあ。


「私情ではありませんか!」


「それはある。認めよう。だが国益を思えば、今回の判断はそれにかなうと、余は確信しているのだ」


「序列をないがしろにしては、国が立ち行きませぬ」


「そうよな。今回の落としどころ、首謀者はポリュダリオスだ」


 王様が懐から手紙を取り出して、第1王子に渡した。


「……王位継承権返上、だと。ポリィはなにを考えている!?」


「そこの者を新たな王とする気、なのかもな」


 勘弁してよ。それと継承権返上なんて聞いてないからね。


「確かにわたしは第5王子殿下と共にヴィットヴェーンを盛り立てようと考えております。それは同時に王国の繁栄につながるとも思うからです。改めて申し上げます。王国の禄を食む者、王陛下と次期王殿下の下で、これからも研鑽を積む所存です」


「だそうだが、どうするポールカード」


「……両者が示談を終えた以上、罰する理由がありません。ましてやポリィがここまで入れ込んでいる。彼女らが稀有な人材であることは認めざるを得ないでしょう」


 それって、信用してないけど使い道はあるって程度だよね。

 まあ今回の落としどころとしちゃ、こんなものなのかなあ。



 ◇◇◇



 そこからは比較的穏便な会話になった。

 第1王子はまだちょっと不機嫌だったけど、ターナやランデの冒険譚を聞くにつれ、ちょっとずつ機嫌も良くなったみたい。実の娘だからねえ。


「全員がエルダーウィザード持ちだとっ!?」


「ええ『訳あり』には必須と判断しましたので」


「凄まじいな」


 宰相さんまで会話に加わってきた。

 サービスだし、ステータスカードも見せてあげたら、みんな目がとんでもないことになったよ。


「なるほど、80層を超える力とはこういうものか」


 王様が唸るけど、いやもう100層くらいは行けると思うよ。


「なあ、我もここまで強くなれるのか」


 第1王子がなんか言いだした。


「無理ですよ、お父様」


 ターナがバッサリだ。


「な、なぜ」


「1日18時間戦って、それを迷宮で2泊や3泊。なんども攻撃を受けて、魔法を浴びて、それでも笑いながら戦えますか? 特にカエルの毒液と粘液と返り血にまみれながら、それでも歌い、戦い続けられますか?」


「お、お前たちは、そんなことをしているのか」


 第1王子の厳しい視線がこっちにきた。ターナも、なんでカエルを強調するかなあ。


「いつもではありませんよ。週に1度はお休みしてますし」


 そうだよちゃんと休んでるんだからねっ。だから微妙な表情は止めて。



「楽しそうな話をしているではないか。われも混ぜてくれ」


 そんな時、ノックも無しにドアがどぱんって開け放たれた。

 登場したのは女性。30代にかかるくらいかな。茶色の髪と碧眼は王家の色だ。なんかこう凄い圧を感じるよ。まさかとは思うけど。


「オリヴィヤーニャ……」


「姉上」


 王様と第1王子が同時に言った。

 姉上? え、だって第1王子て40代半ばでしょ。その人、オリヴィヤーニャさん、どう見たって若いんだけど。

 それと格好。わたしたちと似たような、それでもちょっと豪華な感じの革鎧を着てる。王女様が?


「まったく……。その方たちに紹介しておこう」


「親父殿、われが名乗ろう」


「そなたは……、好きにせよ」


「われは、オリヴィヤーニャ・ツェノファ・キールランティア=フォウスファウダーだ。想像の通り第1王女だな。だがランドは持っておらん」


 噂の第1王女だったかあ。『ランド』っていうのはキールランティア姓、つまり王族で、かつ王位継承権を持つ人が名乗る。この人は継承権を放棄したわけだ。


「フォウスファウダー公爵夫人で、ベンゲルハウダー迷宮総督だ」


 王様が付け加えた。旦那じゃなくって、奥様が総督なんだ。凄いなあ。



「ターナ、ランデ、お前たちだけではない。メッセルキールの面々も強くなったな」


 なんでわかるんだろ。なんか漏れてるんだろうか。


「いや、問題はお前たちではない。そこな者たち、強いな」


 こっちに凄まじい視線を送ってきた。それに対して、わたし以外の『ルナティックグリーン』、5人が圧を送り返す。なにやってんのコレ。


「そしてお前が、サワ・サワノサキか」


「お初にお目にかかります、サワ・サクストル・サイド・サドゥルータ・サワノサキ=フェンベスタ・メルタ・メッセルキールと申します」


「憶えられるか! サワ・サワノサキでよい」


 いや、よいって。まあ自分でも時々あやふやだもんね。


「いや、それよりもだ。感謝している」


「はい?」


 思わず間抜けな声が出た。この傍若無人で傲岸不遜を顕現してような方が感謝? なにを?


「われたちを強くする、その入り口を作った。天晴れである」


「はぁ」


「力を試したい。われと勝負せよ」


 次の瞬間『ルナティックグリーン』と『ライブヴァーミリオン』が立ち上がった。


「叔母様、まさかいきなりサワと勝負をするつもりですか?」


「だったらなんだというんだ、ターナ」


「そのお考えが気にいりません。まずは」


「ターンを倒してから言え」


 ターンが腕を組んで言い放った。もしかしてターンって、隠れステータスでMINを底上げしたりしてないよね?


「みんな落ち着いて。相手は王女様だから。ここはわたしがやるから。ね?」


「むう、やむなしか」


 ごめんね。ありがとう、みんな。



 ◇◇◇



「なるほど、これが原初の強さか」


 あの、王女様、中二入ってませんか。


 王城の裏にある訓練場にはかがり火が焚かれて、周りを照らしてる。

 応接室にいたメンバーだけじゃなく、騎士団なんかも見物してるけどさあ。もう夜中なんだよ。


「あの、もうそろそろ」


「よかろう。楽しめた」


 それは僥倖。

 もうかれこれ6時間くらい、わたしとオリヴィヤーニャさんは戦っていたんだ。


「まさか、これほどとはな」


 勝負の展開は、オリヴィヤーニャさんが攻撃してきて、わたしが全部受け流すっていう感じだった。ステータスとスキルトレースの差が出たかな。


「いえ、オリヴィヤーニャさんも凄かったですよ」


「世辞はよい」


 閣下とか様とか付けようとしたんだけど、敢然と拒否されたんだ。お陰でさん付けだ。

 なんでも冒険者同士なんだから、格も立場も関係ないんだってさ。そういうところはとっても助かるよ。


「聞かせてもらいたい」


「なにをでしょうか」


「われに足りないモノだ。あるのだろう、いくらでも」



 そりゃあ、あるけどね。それを全部説明したら、長くなりそうでさ。

 ああ、いいから吐けって感じの空気だ。オリヴィヤーニャさんだけでなく、周りの全員。ただし『訳あり』を除くってところかな。


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