第195話 王城の茶番劇





「わたくしどもに、離反、独立などという意志があろうはずもありません。王陛下による公正かつ賢明なるご聖断を仰ぎたく思います」


「賢明、か」


 あのバカ、ケルトタング伯爵があることないこと喚いたおかげでこの展開だ。

 でもまあ王陛下と第1王子殿下がどういう判断を下すか、わかりやすくてよろしい。さあ、どんとこい。



 ◇◇◇



 話は5日ほど遡る。

 わたしたちが全力進軍した。爽快爽快。ケルトタング伯爵の護衛は、当然振り払った。馬の全力疾走の3倍くらいでるからね。しかも休息なしで。


「くそっ、なんで私がこんなものを」


「とか言いつつ食べてるじゃないですか」


「うるさい!」


 伯爵と取り巻きの男爵ふたりが食事に口をつけたのは、1日目の夕方だった。根性と意地が足りん。そんなに不味くないのにさ。


『ルナティックグリーン』、『ライブヴァーミリオン』、そして伯爵と男爵2人、合計15名の進撃は3日に渡って続けられ、本来2週間の旅路は終わった。



「あの、そちらは」


「ああそうでした。もう縄は要りませんね」


「ふざけるなあ!」


 王都の貴族門でひと悶着あったけど、ターナとランデの王女権限で押し通った。

 ケルトタング伯爵たちを縛ってる意味ももうないし、解放してあげたら憤りながら立ち去っていったよ。王都邸があるそうな。


「色々と政治工作してくるでしょうね」


「そうでしょうねえ」


 わたしがのんびりと返したら、クリュトーマさんがため息を吐いた。


「わたくしたちは王城に入るわ」


「またねー」


「ああ、言っておくけど」


「わかっているわ。工作無しでしょ」


 そう言ってターナとランデは去っていった。徒歩で。

 仮にも王様の孫が、堂々と徒歩で王都を行くってアリなのかなあ。まあ、わたしたちに至っては、荷車を引いてるくらいだし、まあいいか。



「これは奥様方、お嬢様方、ケータラァ、それにお客様。お戻りですか」


「ただいま、ヘールス。旦那様とお義父さまに取次ぎをお願いするわ」


「かしこまりました」


 流石はメッセルキール家の執事、いきなり荷車を引いて現れた奥様や一般人がいても動揺を見せない。

 ちなみにケータラァさんが呼び捨てなのは、ヘールスさんって子爵家当主だかららしい。あと奥様方って、わたしを含めるなし。



 ◇◇◇



「面倒ごとだな」


「断定しなくてもいいじゃないですか」


「面倒ごとなんだな」


「そうです」


 久しぶりに会ったオーブルターズ殿下は、勝手に決めてかかってきた。その通りなんだけどさ。

 公爵家側からの参加は、殿下の他に公爵本人と第1子息殿下だ。クリュトーマさんたちは『こっち側』ね。



「どうするのだ?」


「なにも致しません」


「……そうか」


 説明を終えた後、公爵閣下に問われたので素直に返したら、目に手を当てて天を仰いでた。


「ポリィさん、第5王子殿下の書状があるので、それ次第でしょうか」


「内容は知っているのかね?」


「一応は。一番の問題は、王陛下と第1王子殿下がどのような判断をくだされるか、だと考えます」


「クリュトーマ。君はどう考える?」


 公爵が義娘に振った。


「お義父様。わたしは『訳あり令嬢』です」


 クリュトーマさんが右肩のワッペンに手を添えて言った。コーラリアもユッシャータも、そしてなんとケータラァさんまでもが同じコトしてる。すっごい覚悟だ。


「結果次第ではオーブル、お前たち一家を放逐する」


「構わん。その時はヴィットヴェーンで冒険者でもやるさあ」


 悪いコトしちゃったなあ。でもなあ、アレは見過ごせない。王陛下に期待するしかないかな。



「ひとつお願いがあります」


「なんだね」


「会談の場には、この子たちも参席させてあげてください」


 ターンたち『ルナティックグリーン』の5人だ。もう、目がギラギラで、どす黒いオーラ纏ってるんだよね。放射したら死人が出るような濃度のやつ。


「……なんとかねじ込もう。儂もここで死にたくはない。クリュトーマたちも参席を望むか?」


「もちろんですわ、お爺様!」


 コーラリアが率先して名乗りを上げた。他の人も頷いてる。


「公爵家からは儂も参席しよう」


「ありがとうございます」


 さて、ここまでは良し。あとは向こうの出方次第なのかな。



 ◇◇◇



「では会談を始めるものとする」


 第1王子殿下が宣言した。司会進行ってところかな。当事者のひとりなんだけどなあ。

 参席してるのは、こっち側はまあ全員。それとメッセルキール公爵、宰相閣下。向こう側はケルトタング伯爵と男爵がふたり。あと、うんたら侯爵だかがいる。どうやらケルトタング伯爵の親玉らしい。もちろん王陛下もご臨席だ。


「ではケルトタング伯爵、サワノサキ子爵、事の経緯をつまびらかとせよ」


「そもそものところ、そこな平民上がりは尊き血を持つ者の振る舞いを知らぬのです!」


 まあ伯爵と子爵なら、あっちが先に発言しても仕方ないね。


「辺境たるヴィットヴェーンが領民を欲していると聞き、私は自領からも孤児を集め移送したのですぞ。純然たる親切心から。それを、それをまさか」


 まあ事実だね。親切なのか厄介払いなのかは、この際関係ない。


「平民どころか孤児の扱いが気に食わないと暴力を振るったのです! しかもわざわざ、平民風情に私を殴らせた! ありえません!」


 うん、ほぼ事実だ。ポロッコさんが殴らなかったら、わたしがそうしてた可能性が高い。

 黙って聞いてると、わたしって結構な悪者だなあ。



 なんかその後も、伝統やら格式やら、第1王子に尽くしてきたやら、要は自己保身的発言が続いた。

 さらには、ヴィットヴェーンが離反を目論んでいるとか、隣国に通じてるだとか、全く存在しない話まででっち上げやがった。


「では、サワノサキ子爵」


「まず平民がケルトタング卿に手を上げた件についてですが、示談は済んだと認識しております。第5王子殿下を通じて献上致しました金塊、それと同等の物を5個一組、お渡ししました」


「なにっ?」


 第1王子の腰がちょっと浮いた。

 言ってなかったのかよ。


「また、孤児の移送手段については、非常に危険な行いであったと明言致します。サワノサキ領やヴィットヴェーンの冒険者たちが総出で治療したため事なきを得ましたが、一歩間違えれば多数の死者が出ていたことでしょう」


 ちょっと溜める。


「未来のサワノサキ領民。王陛下がお認めになられた民を、不必要に劣悪に扱ったのです」


「孤児程度にはそれが似合いだっ!」


「わたしはたとえ200人が500になろうとも、もっとまともな扱いをできるだけの金銭供出を、書式にて提出しております。その金穀はどこへ消えたのでしょうか」


「私が関知するものではない!」


「さらに言えば、ヴィットヴェーンの離反、利敵行為など全くの虚言です。その旨、迷宮総督たる第5王子殿下よりの書状は、先日お渡しした通りです」


 うん、手紙は先に渡しておいたよ。


「わたしの発言はここまでです。ご裁定を陛下並びに第1王子殿下に委ねる次第です」


 で、冒頭に戻るわけだ。



 ◇◇◇



「ケルトタング卿」


「はっ!」


 なんと第1王子じゃなくって王様が発言した。ここまで一言も発してなかったよね。


「……近頃体調が優れぬと聞いておるが」


「なっ!?」


「子息、ナトラルダだったか。幾つになったか」


「19、に、ござい、ます」


「父上、い、いえ、陛下っ!」


 ついに第1王子が立ち上がった。だけど王様はそれを無視する。


「どうだ、ケルトタング卿。子息に家督を譲り、静養しては」


「そ、それは……」


 ポリィさん、第5王子殿下の提案はこれだ。ケルトタング伯爵の引退。対価なんてないよ。

 第1王子は顔を真っ赤にしてる。子飼いの伯爵が引退勧告されたんだ。気持ちはわからんでもないよ。



「か、畏まりました。私に引き続き、息子も第1王子殿下を盛り立てることでしょう」


 貴族として最後の意地ってか。そういうところは悪くないよ。


「私もこれまで通り、お仕えいたしましょう」


 あっち側のうんたら侯爵が初めて発言した。どうせ事前に話が通ってたんでしょ。


「ただしだ、サワノサキ卿にも非があると考えざるを得まい。今後の活躍を期待することで、あがないと判ずる」


「ははっ、ご配慮に感謝致します」



 結局王様は伝統とか慣習より、現実的な金と力を取ったってこと。すなわちこれは茶番だ。

 だからさ、ターンとみんなもう力を抜いていいよ。裁定が逆だったら、大暴れするつもりだったでしょ。わたしも一緒だけどね。


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