第108話 貴族絡みの新たな火種





「おーい!」


「ありゃりゃ」


 意気揚々と31層まで戻ってきたら『ブラウンシュガー』が出迎えてくれた。

 チャートとシローネのシッポが振られている。


「やったわよみんな。40層行ってきたわ!」


「やったな、ズィスラ!」


「それに見て。『大魔導師の杖』よ!」


「おおお」


 リッタが高々と杖を掲げた。『ブラウンシュガー』が驚きの声を上げる。ノリが良いね。


「さあ、みんな戻ろう。凱旋だよ!」


「おう!」



 ◇◇◇



「いやあ、本当にやっちまうとはねえ」


「……やったな」


 アンタンジュさん、ジェッタさんを始め、クランのみんなが口々に讃えてくれる。嬉しいなあ。


「38層さえ抜ければ、それほどでもないわ。あとはボーパルバニー対策くらいよ」


「思い出したくないですね」


 機嫌良さそうにリッタが説明するけど、ポロッコさんはちょっとビビってる。トラウマだもんね。


「大丈夫ですよ。装備とレベルがあれば、もうそれほど怖い敵じゃありません」


 なのでフォローはしておくよ。



「そしてこれよ」


 リッタがインベントリから『大魔導師の杖』を取り出してみせた。


「見つけたのかい」


「ええ。サワが倒したジャイアントヘルビートルの宝箱よ」


 サーシェスタさんも流石に驚いている。


「さあ、話し合いましょう。誰が使うの?」


 リッタが宣言する。対象者はえっと、リッタ、アンタンジュさん、ウィスキィさん、フェンサーさん、シュエルカ、ジャリット、テルサーだ。だけどねえ。


「リッタ、何を言っていますの?」


 みんなを代表して、フェンサーさんが疑問を呈した。


「え?」


「そんなのリッタに決まっていますわ」


「……いいの?」


「当たり前、です」


「今のところ、ハッキリとエルダーウィザードを目指しているの、リッタだけじゃない」


 テルサーとウィスキィさんが続く。


「あたしは最終的に前衛だしねえ」


 アンタンジュさんもだ。


「リッタ、やったな」


「おめでと!」


 チャートとシローネがシッポを振りながら、祝福する。


「みんな……、ありがとう。わたくし、冒険者になって、このクランに入って良かったわ!」


 涙ぐみながらのリッタが嬉しそうに笑った。うん、良いクランになった。本当に良かった。


「じゃあ、明日は朝一番でジョブチェンジだねぇ。みんなで行こうかねぇ。ヴィットヴェーン、二人目のエルダーウィザードの誕生さぁ」


 ぱんぱんと手を叩いて、ベルベスタさんが纏めに入った。明日が楽しみだ。

 その日夜遅くまで、クランハウスに陽気な声が響いた。



 ◇◇◇



「見つけたんですか!?」


 最近めっきり忙しくなった『ステータス・ジョブ管理課』のスニャータさんが驚いている。

 それを聞きつけた冒険者たちが、興味深そうにこっちを見てるし。なんたって『訳あり令嬢』たちが勢ぞろいなんだ。


「聞きたそうだから、教えてやるさぁ」


 こういう時のベルベスタさんだ。


「昨日『ルナティックグリーン』が38層を抜いて、40層に到達したんだよぉ」


「うおお!」


「ついにやりやがったのかよ!」


「凄え」


「いいかい? ヴィットヴェーン到達最深層は40層だ。新しい時代の始まりだよぉ」


「おおおお!」


 煽る煽る。



「そして、リッタがエルダーウィザードになるわ!」


 ズィスラが引き継いだ。


「『大魔導師の杖』、見つけたのかよ!」


「そうよ! ヴィットヴェーン二人目のエルダーウィザードよ!」


「やったなあ、リッタ嬢ちゃん!」


「凄えぜ!」



『大魔導師の杖』が砕け散り、リッタはその日、エルダーウィザードとなった。



 ◇◇◇



 それから1週間、それはもうリッタは上機嫌だ。

 間に1日休息を挟んだだけで、最初の3日は31層、マスターレベルになってからは38層でレベル上げに励んでいる。現在はレベル16だ。

 イーサさんも嬉しそうだ。柔らかいリッタの盾になって、レベル24になった。


 ズィスラはエンチャンター、ヘリトゥラはグラップラーになって、ほぼコンプリート目前だ。


 わたしとターン? 1つずつレベル上がったけど、6日でこれじゃねえ。

 本気で深層探索を考えなきゃダメだね。



 夕方、わたしたち『ルナティックグリーン』がクランハウスに戻ると、意外な人物とそうでもない人が来ていた。

 後者はジュエルトリア。前者はカムリオット・ジェムタ・カーレンターン子爵令息。つまりリッタのお兄さんだ。どうしてここに?


「久しぶりだね、サワ嬢。それにリッタも」


「お久しぶりです」


「お兄様、どうしてここに」


「あ、ああ」


 歯切れが悪い。これは厄介事の匂いだ。ジュエルトリアと一緒なのが引っかかる。

 まわりのメンバーはと言えば、まだ話を聞いてないんだろう。そんな表情をしてる。



「順を追って話そう」


 大人数だけにロビーでの会談になった。ジュエルトリアが説明を始める。


「まず『咲き誇る薔薇』だが、父の、つまりサシュテューン伯爵家専属の話ではなかったよ」


 へえ、そうだったんだ。無理やりでも子飼いにするって想像してたんだけど。


「理由は二つだ。まずは父が俺を信用していないってことだね。身内に入れて妨害されたり内部告発されてみたり、そういうのを嫌ったんだろう」


 ああなるほど。それなら理解できる。


「それに兄二人が嫌がったんだろう。折角廃嫡になった弟が、最強の冒険者になって戻ってくるなんて、ね」


 まかり間違って、廃嫡が無かったことにされるのを恐れたのか。平民視点からだと、随分小さいお兄さん方だねえ。


「そしてもうひとつの理由、それはサワ嬢だよ」


 わたしかよ。


「父は君を極度に警戒している。いや、恐れていると言ってもいい。そんな君の薫陶を受けたパーティを『鉄柱』と同じように扱ってみろ。君の不興を買いかねない」


 わたしは怨霊かなにかか?


「ということで、専属の話は無し、ただ俺としても義理はあるからね、優先的に依頼を受けるということで落ち着いたんだよ」


 万々歳じゃないか。


「良かったです、ね?」


 とりあえずそう言うしかない。



「さて、ここからは私が引き継ごう」


 今度はカムリオットさんの出番か。てことはリッタ絡みなのかな?


「本当はリッタ一人に聞かせようかと思ったけど、多分皆に話すだろうから、この場で説明しよう。ジュエルトリアの方は丸く収まった。そこまではいい」


 ああ、やっぱり知り合いなんだ。そうだよね、同年代で伯爵三男と寄り子の子爵令息だし、知己が合って当然だ。


「だがリッタがエルダーウィザードになった」


「そうよ。ああ、そういうこと」


 リッタの顔が見る見る曇っていく。何となく見えてきた。


「わたくしを婚約させようって言うのね。どっちと?」


「上の兄、シュルトバーグだ」


 ジュエルトリアが言った。ん? 彼の上の兄ってことは二十歳を超えてないか?


「妾って事ね」


 そこらじゅうからガタガタという、椅子が倒れる音がした。



「みんな落ち着いて、わたくしの話よ」


「だ、だけどさあ」


「ありがとう、アンタンジュさん。だけど落ち着いて」


 それを言うリッタの拳は震えている。ああ、ちくしょう。


「お兄様、話を続けて」


「ああ……。勘違いしないように皆に言っておくが、この話はサシュテューン伯から持ち掛けられたものではない。父上、カーレンターン子爵から打診したんだよ」


 カムリオットさんが悔しそうに言葉を吐き出した。


「え?」


 思わず零してしまった。


「父上は焦ったんだよ。ジュエルトリアとリッタの婚約破棄は建前上、感情の行き違いということになっているんだ」


「すまん」


「あんたは謝らないで」


 ジュエルトリアにリッタが素早くツッコム。そうだ、今はそれどころじゃない。


「ジュエルトリアは伯爵領最強の冒険者になって戻ってきた。しかも6人パーティでだ。となると、リッタはどうなる?」


「わたくしに非があったと見る方も多そうね」


「そうだ。だがそこに、リッタがエルダーウィザードになったという話が舞い込んできた」


「つまりわたくしをシュルトバーグさんに差し出すことで、子爵家の名誉を回復させて、サシュテューン伯爵家におもねると。如何にもお父様らしいやり方ね」


 マジモンの畜生は子爵の方だったか。貴族のやり方なんだろうけど、吐き気をもよおす。



「だが父は断った」


「ジュエルトリアさん、それはどういう?」


「さっきと同じ話さ。父は君、サワ嬢を恐れている。だからこの話に乗って、君を怒らせたくなかったようだ」


「じゃあ問題無し、ってことじゃあ」


 いやちょっと待て。聡明なリッタのことだ、これくらいは読むだろう。

 なのになぜ、彼女は震えている? 顔が青ざめている?


「お兄様、話を続けて」


「ああ……。父上は、シールーシャを送り出すことにした」



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