第109話 木を隠すためには
「シールーシャ?」
「わたくしの異母妹よ。継承権は持っていないわ」
ああ、妾腹ってことか。
「お兄様、シーシャは?」
「聞かないでおくれよ。胸が痛くなる」
「そうよね。あの子、わたくしに懐いていたから。お母様は」
「控えめには反対しているけどね、だがこの件は」
「貴族としては名誉なのよね」
名誉? ああそうか。貴族の庶子が、次期伯爵の妾になれるんだ。考えようによってはそうなるんだ。
ったく、貴族ってヤツは。
「サワには理解できたみたいね。そうよ、子爵家の庶子にとっては栄達と言っても良い話ね。だけどあの子は」
「嫌がっているの?」
「ええ……。元々お父様からは平民同然の扱いを受けていたわ。だからって間違ってはいないの。家を出てからも生きていけるようにって、養育はしっかりしてた。わたくしと仲良くするのも止めなかった」
そっかあ。貴族視点で見れば、恩情ある行動なんだろう。
理解はできるけどさあ。納得と言われれば、うーん。
「お母様もシーシャを可愛がっていたわ。わたくしと違って可愛げもあったし」
リッタは皮肉な笑みを浮かべている。だけどそこからは嫌な感じがしない。母と娘二人、仲良かったんだ。あれ?
「あの、聞きづらいんだけど、シールーシャさんの母親は」
「シーシャを生んで直ぐに亡くなったそうよ。わたくしも幼かったから、記憶に無いわ」
「それで、リッタはどうしたいの?」
「できればシーシャの望む形にしてあげたいわ」
「それはどんな」
「あの子は、庭を駆け回って、木登りをするのが大好きだったわ」
野猿かあ。
「事ある毎に貴族って大変だねって、わたくしに言ってきて、何度も喧嘩した。礼儀作法の先生を困らせてばかり」
「す、凄いね」
「だけど、そんなシーシャが居たから、家は賑やかで明るかったわ」
ああ、羨ましいなって思ってしまった。生前のわたしとは真逆の存在だ。前までだったら妬んでいたかもしれない。
だけど今のわたしはもう違う。
「ジュエルトリアさん、伯爵はこの話を受けるんですか?」
「貴族としては名誉なことだからね。むしろ君に貸しを作るくらいに思っているようだ。止めておけって言ったけど聞いてもらえなかったよ。情けないね、信用が全くない」
そうだね。わたしもあんまり信用してないよ。
「じゃあわたしが一筆」
「駄目よ。それじゃ伯爵と子爵、両方の顔を潰すわ」
リッタが渋い顔をする。
全くもう、貴族の面子ってやつは。
「カーレンターン子爵に隠居していただくのは?」
「勘弁してもらいたい。父上はあれでも民に優しいと評判なんだよ。いきなり隠居などしたら、私が簒奪したと噂になりかねない」
「民草なんか、税制優遇したり、お金ばら撒けばいいじゃないですか」
「君がそれを言うと、シャレにならないと思うよ?」
むむむ。
「ん、お金? なるほど。うん、面子、通るかなあ」
「どうしたんだい、サワ」
「サーシェスタさん、大丈夫です。ちょっと思いつきが。リッタ、ジュエルトリアさん、カムリオットさん、あと、ハーティさん、ちょっと相談が」
◇◇◇
「猶予はひと月だそうです。とことんやりますよ」
「おう!」
元気な声が迷宮38層に響き渡る。そして敵を呼び寄せる。むしろ好都合だ。
今『訳あり令嬢の集い』は総動員でモンスターを狩っている。
『クリムゾンティアーズ』『ブラウンシュガー』、ワンニェとニャルーヤを加えて5人の『ホワイトテーブル』も、そしてもちろん『ルナティックグリーン』もだ。
ボーパルバニーを初めに、タイラントビートル、クリーピングシルバー、ラージロックリザード、マッドベア、オーガ、ガーゴイル。そして当然ゲートキーパーにジャイアントヘルビートルだ。
どんどん来いやあ。
ジョブ固定組は着実に、ジョブチェンジ組はどんどんレベルが上がっていく。
「いいですか、徹底的です。徹底的にです!」
「おおう!」
遠慮なんかは何処にもない。『ルナティックグリーン』なんかは、40層のマッピングもこなしている。
『緑の二人』も誘ってみたけど、青い顔をして断られた。あと『咲き誇る薔薇』は最初から誘っていない。っていうか、来るなって釘を刺しておいた。ここはわたしたちの狩場だよ。
「サワ、『白の聖剣』だぞ」
もう何回倒したか忘れたゲートキーパーから、良い物を手に入れた。
「えっと、ガーディアンですね。誰がなりますか?」
「軽く言わないでおくれよ」
アンタンジュさんが苦笑いだ。
「お勧めはジェッタさんかジャリットですね」
「……ジャリットだ」
「はい、じゃあジャリットと、チャートを護衛でジョブチェンジしてきて」
「了解」
「……ジェッタ。ありがとう」
「……気にするな」
ちょっと感動的なこの時、二人は知らなかった。翌日、もう一本『白の聖剣』が出ることを。
そうなんだよ。38層ゲートキーパークラスの宝箱になると、上位ジョブチェンジ用のアイテムが結構落ちるんだ。
作戦名は『木を隠すなら森の中で肥料をばら撒こう』。作戦は着実に進んでいる。
くくくっ、期待してろよ子爵。貴族の権威と財力と暴力、全部であんたに立ち向かおうじゃないか。
「『錫杖』きたー!」
「モンク専用でしたっけ」
そうだよイーサさん。これはどうしよう。やっぱし。
「わたしはサーシェスタさんを推薦します!」
「異議なし!」
「うん。サーシェスタだ」
次々と賛成の声が上がる。ちなみにターンとシローネだ。
「良いのかい?」
「もちろんですよ。名誉男爵様」
ウィスキィさんが茶化す。いいなあ、このノリ。
「じゃあ、ちょっくら行ってくるよ。護衛は要らないよ」
5時間ほどして戻ってきたサーシェスタさんは、これまたヴィットヴェーン初の『シュゲンジャ』になっていた。
杖術をメインにした、短中距離を得意とする前衛系プリーストだ。やったね。
ベースがレベル69なんていう前代未聞のジョブチェンジだよ。冒険者たちが聞いたら目を回すかもね。
◇◇◇
「そろそろ終わりにしないと」
「うーん、もっとやっていたかったなあ」
28日後、リッタに窘められて、作戦の前段階は終了した。
さてリザルトといこう。
まずは『ルナティックグリーン』。
わたしはヒキタのレベル52。ターンはイガニンジャのレベル58だ。
リッタがエルダーウィザードのレベル38、イーサさんはホーリーナイトでレベル41。
ズィスラは今、ビショップ。後衛系ジョブをほぼ習得だ。ヘリトゥラは前衛系を渡り歩いてソードマスターになっている。
次に『ホワイトテーブル』。
サーシェスタさんは史上初、シュゲンジャのレベル24。ベルベスタさんがエルダーウィザードのレベル49。
ハーティさんはロード=ヴァイのレベル51。騎士系だと『訳あり』最強かもね。
ついでにワンニェとニャルーヤは、全く同じ後衛系ジョブで、今はビショップをやってる。
さて『クリムゾンティアーズ』。
アンタンジュさんが、なんとベルセルクになった。パワーウォリアーの上位ジョブだね。レベルは22。『狂気のこん棒』が出たんだ。
ウィスキィさんは前衛に戻ってソードマスター。
ジェッタさんは感動を返せのガーディアン。
フェンサーさんも前衛系に走って、現在グラップラー。ポロッコさんも似たような感じでグラップラーだ。
最後にドールアッシャさん。殴る殴ると言ってグラップラーのレベル38。何気に『クリムゾンティアーズ』、全員がガリガリの前衛ジョブばっかりだ。お陰で38層の敵をモノともしない。
今までは器用貧乏な感じがあったけど、これまでの雌伏は終わったってことだ。
そして『ブラウンシュガー』
チャートは言うまでもなくハイニンジャ。レベルは46。シローネはケンゴーのレベル29だ。
リィスタはハイウィザードのレベル25。どうやらエルダーウィザードを狙っているらしい。
シュエルカはなんと『スヴィプダグ』になった。ソードマスターの上位ジョブだよ。手にするのは『勝利の剣』だ。レベルはまだ14。
ジャリットもガーディアンで頑張っている。レベル23。
そして最後はテルサーだ。今はプリーストだけど、ビショップの上位ジョブ『カダ』を狙っているらしい。早く『麻沸散』が出るといいね。
こんな感じで、わたしたち『訳あり』は凄いことになった。ぶっちぎりでヴィットヴェーン最強と言い切れるよ。
さあ、待っていてね、カーレンターン子爵。目にモノ見せてくれるわ。
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