第110話 素材で殴る





「これは、お待ちしておりましたぞ、サワノサキ卿」


「お初にお目にかかります閣下。わたしはサワ・サクス・サワノサキと申します」


「私はジャッツルート・ジェム・カーレンターンだ。よろしく頼むよ」


 カーレンターン子爵を一言で評するなら。ただのおじさんだ。メガネをかけて、なんか体全体から疲れた雰囲気を醸し出す40代の、繰り返すけどおじさんだ。それ以上の感想が出てこない。



 ヴィットヴェーンから東に馬車で2日。そこがカーレンターン子爵領だった。

 なんと、海沿いの領地なんだ。これってお魚が食べられるのかな。


「我が家の娘が大変迷惑を掛けたようで申し訳ない」


「いえ、滅相もございません。彼女は今や、クランに欠かせない人員です」


「それはそれは、『サークリッタ』がお役に立てているようで、なにより」


 微妙なジャブの応酬なのかな。じゃあ、ちょっとストレートを入れておこう。


「『リッタ』はカーレンターン子爵家を勘当されて、今は平民と聞いていますが」


「いやいやいや、それは風聞を考慮した結果なのだ。今も『サークリッタ』はショルト・カーレンターンの名を持っているんだよ」


「そうだったんですか。初耳です」



「あなた、こんな所で長々と」


「ああ、そうだな。フュートレィタ、みなさんをご案内しなさい」


「畏まりました」


 リッタのお母さん、フュートレィタって言うんだ。なんかこう、まさに細君って感じの人だ。

 あ、お母さんの後ろに誰かが隠れてる。あれがシールーシャかな。髪こそシルバーブロンドだけど、赤い瞳はリッタと一緒だ。勝気な感じも似てる。12、3くらいかな。


 正式な紹介は後でかな。



 ◇◇◇



「なにせ田舎子爵でしてな、応接では手狭なので、こちらにさせてもらったよ」


 通されたのは多分食堂なんだろう、大きなテーブルが備え付けられてる。こちらの人数が多くて申し訳ない。


『訳あり』側で座ったのは、わたし、リッタ、サーシェスタさん、そしてハーティさんだけだ。貴顕組だね。それ以外のメンバーは壁際に置かれたテーブルを囲んで着席した。


 子爵側は子爵家当主ご当人と、嫡男のカムリオットさん、フュートレィタ奥様、そしてシールーシャ。


「今日は娘の凱旋だ。席次には拘れなくてもいいだろう、と言うところだが、ちょっと事情があってね」


 うん、テーブルの一番奥、所謂お誕生日席だけが空いているね。しかも2席も。これはアレかな。



「待たせたようだな」


 嘘つけ。控えていたくせに。仕方ないので全員が立ち上がった。そして礼を取る。

 登場したのは言わずもがな、ジェートリアスタ・エア・サシュテューン伯爵、そして多分嫡男のシュルトバーグだ。


「私は初めてだな。シュルトバーグ・エラ・サシュテューンだ」


「初めまして、サワ・サクス・サワノサキと申します。畏れ多くも男爵を頂いております」


 はいはい。さてこの人はどういう性格なんだろう。


「閣下のお越しとは、驚きを隠せません」


「ふむ、サワノサキ卿が出張るとなればな」


 伯爵が面白くなさそうな顔をしている。わたしは危険物扱いか。


「サワノサキ卿、とりあえずその口調を止めろ。背筋が寒くなる」


「分かりました」


 なんだよそれ。

 さて、会談開始だ。



「それで、我がサシュテューン伯爵家と、カーレンターン子爵家の婚姻に異議あり、とのことだったかな」


「そこまでは言っていません。わたしは一介の男爵ですので」


「一介の、な。貴様の気性は知っている。介入するからには、落としどころを作るということもだ」


「ご理解いただき、感謝いたします」


「で、言ってみろ」


「では、わたしに代わり、リッタに発言をお許しいただきたく」


「……構わん」


 ここからはリッタの出番だ。美しい物語が始まるぞ。



「閣下にお許しを頂き、感謝致します。わたくしはリッタ、以前まではサークリッタ・ショルト・カーレンターンを名乗っておりました」


「ふむ、知っているぞ」


 未だにサークリッタであることを、ここに居る全員が知っているけど、誰もツッコミを入れない。

 そりゃそうだ。建前上、婚約破棄の責任をとっての廃嫡、ってことになってるんだから。


「そのリッタとやらが何を言うのか」


「はっ、血縁者として、そこなシールーシャの婚姻に疑念を持っております」


「なっ!」


 カーレンターン子爵が思わず声を上げた。勘当したことになっている娘が、よりによって伯爵家と子爵家の婚姻に口を挟む。あり得ない。


「畏れながら、これは両家の為を思っての諫言にございます」


「ほう? 両家のためと」


「はっ。幼き頃よりシールーシャとは共に育ち、共に学びました故、そんなわたくしだからこそ申し上げることができるのです」


「言ってみよ」


「失礼なれば、その者は平民の血を引きし故が、学に疎く、礼儀についても不調法。もし婚姻となれば、シュルトバーグ様にもご迷惑をおかけすること、必定と考えます。それにより両家に不和が生じることを、わたくしは憂慮いたします」


 というわけで、リッタは妹のシールーシャを丁寧に貶しまくる。

 まあこういうシナリオだ。



「サー姉様! わたくしはちゃんとしているわ!!」


 ほい、トドメだ。犯人が自供したよ。


「そんなに酷いこと、言わないでよ!」


「わたくしの妹が大変な失礼を致しました。なり代わり謝罪いたしますので、平にご容赦を」


「えっ? あっ!」


 ここでやっと、シールーシャが気付いた。今自分のとった言動が何を意味するかを。


「ほほう、中々ヤンチャではないか。これは躾けるのが楽しそうだ」


 シュルトバーグが爆弾をぶっこんできた。ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべてやがる。

『訳あり』たちと、奥様、それとカムリオットさんの額に青筋が浮かぶ。


 ああ、次世代の伯爵家は終わりかな。今後ちょっとでも『訳あり』に関わってみろ。家ごと潰す。


「話は分かった。それで終わりか?」


 わたしの視線を感じ取ったんだろう。伯爵は息子の言動を、完全に黙殺して話を進めようとした。



「少々脇道に逸れることを先にお詫びいたします。実は昨今、わたくしは冒険者に身をやつしておりまして」


「聞いておる。不憫なことだ」


「いえ、わたくしの仕出かしたことを思えば、むしろ恩情かと。伯爵閣下には感謝しております」


「殊勝だな」


「光栄にて。そして先日、ヴィットヴェーンにて希少な素材を手にしましたので、お世話になった実家に寄贈しようかと持参いたしました。折角の機会ですので、是非閣下にもご覧いただきたく存じます」


「ほう?」


 伯爵の目の色が変わった。流石だ。金の話になれば、こいつは食らいつく。

 本当ならカーレンターン子爵経由で持っていく予定だったけど、こっちの方が早い。好都合だ。


「大きい素材ですので、こちらでは手狭ですね。どうでしょう、中庭にご足労いただきたく」


「構わん」


 釣れた。



 ◇◇◇



「こ、これは」


 カーレンターン子爵が信じられないモノを見る目をしている。大小あれど、周りも似たようなものだ。シールーシャだけは目を輝かせているよ。


「迷宮38層のゲートキーパー、ジャイアントヘルビートルから得られた甲殻素材にございます」


 そこに置かれたのは、大小様々だけど、一様に玉虫色に美しく輝く甲殻素材だった。

 一番大きいので、3メートル四方はあるかな。


「ジャイアントヘルビートルは魔法無効化を持っています。その特性はある程度ですが、素材にも反映されているようです。しかも硬く柔軟で、それでいて軽い。防具として、これ以上の素材は無いと、ヴィットヴェーンのボータークリス商店に保証を貰っています」


 説明はわたしがした。

 ほら分かるでしょ。魔法無効化なんだよ。リッタには倒せないんだ。



「……以前、層転移が起きた時に、何組か流れたな」


「よくご存じで」


「ふん。情報は何よりも重んじられるべきだ」


「ご慧眼です」


「あの時は、フェンベスタ伯に随分と自慢されたよ」


 そりゃ、あの時ゲートキーパーを抜けたパーティは、全部ヴィットヴェーン所属だったしねえ。


 希少で実用性と芸術性を兼ね揃えて、しかも『訳あり』にしか手に入れることのできない素材。しかもそれはリッタを取り込んでも得られない。さあ、どうするよ、伯爵。


「閣下、私どもには扱いかねる代物です。是非献上いたしたく!」



 カーレンターン子爵が叫んだ。それでいいんだよ。


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