第107話 前人未踏
「なんで黙ってたんだい?」
「いえ、だって、レベル100条件だし、アイテムも100層越えて行かないと」
「じゃあそれを目指すに決まってるじゃないか」
「すみません」
なんでわたしはベルベスタさんに怒られているんだろう。
出し渋ったわけじゃなくって、ここから先のジョブは、40層を越えないと話にならないのばっかりなんだって。
「今は沢山のジョブを持って、それから尖らせ始める時期なんです。それで納得してください」
「だけどさぁ」
「とにかく今のレベルを上げてください。話はそれからです」
でも、ちょっと意地悪かったかな。そこは反省しよう。
「ねえ、サワ。イーサのレベリングに付き合わない?」
リッタがちょっと恥ずかしそうに提案してきた。そういえばサシュテューン伯爵とジュエルトリアの件で『ルナティックグリーン』を置き去りにしていた。申し訳ない。
「ズィスラとヘリトゥラも寂しがってるわ」
「ああ、そうだね。でも、ワンニェとニャルーヤはどうしよう」
「あの子たちはドールアッシャさんにお願いしたわ!」
なるほど、外堀は埋まっていたわけだ。ならば良し。
「うん分かった。久しぶりに『ルナティックグリーン』フルメンバーで行ってみようか」
「ターンもやるぞ」
うん。ターンも燃えているね。
「わたしはウィザードになったわ!」
「わ、わたしはカラテカです」
ズィスラとヘリトゥラは頑張った。それぞれ前衛系と後衛系をほぼ網羅して、前後逆転の段階に来ている。ホントに凄いや。
そうだ、このメンバーなら。
「ねえ、『ルナティックグリーン』で40層攻略してみない?」
それはヴィットヴェーン最深階層への挑戦だ。
◇◇◇
「一応の目安は、イーサさんがレベル20以上、ズィスラ、ヘリトゥラは上位ジョブね」
「分かったわ」
何故かリッタが代表して返事した。わたしとターンが居ない間に何があった?
35層までの間、魔法効果の弱い敵以外はリッタとヘリトゥラが燃やして、凍らせ尽くした。
なんて言うかこう、凄い手慣れてる。出来上がってるね。
「良いね。実戦経験が活かされてる」
「そうよ! 頑張ったんだから!」
「そっかあ。ズィスラは凄いね」
ここまでズィスラって攻撃してたっけ?
「ふんっ!」
口の端が上がってるよ?
「じゃあさ、じゃんじゃんレベル上げよう」
「いいわね」
「あのリッタ様、わたしは護衛なんですが」
「最近、あのチャラいのが近くに居たから、鬱憤が溜まってるの。発散させなさい」
「は、はぁ」
相変わらずイーサさんは苦労性だ。リッタも色々思う所あったんだろうね。ごめんね。
それから6人で35層のモンスターを狩りまくった。もう、絶滅させるくらいの勢いだ。幾らでもリポップするんだけどね。気持ちの問題だよ。
そして1泊2日のリザルトだ。
わたしはレベル41、ターンがレベル52、リッタがレベル40、イーサさんがレベル17。ズィスラとヘリトゥラは、それぞれウィザードとカラテカをコンプリートした。
「次はハイウィザードよ!」
「わたしはパワーウォリアーになります」
うん大丈夫、その構成でコンプリート辺りまで持っていけば、十分40層を狙える。いっちょやってやるかあ。
◇◇◇
「40層かい。面白いねぇ」
「はい。『ルナティックグリーン』で行こうと考えています」
ベルベスタさんがニヤニヤ笑っている。連れてかないよ。
「むっ!」
「むむっ!」
「チャート、シローネ、むくれないでよ。『ブラウンシュガー』のメインジョブが決まったら、一緒に行こうね」
「むぅ」
「むむぅ」
「ごめんなさい、チャート、シローネ」
テルサーが二人に謝った。チャートはニンジャでシローネはサムライ路線で確定している。残り4人が、まだ見えていない状態なんだ。
「テルサー、謝るな」
「そうだ。みんな、ごめん」
ああ、チャートもシローネも偉い。そしてそれに笑顔で応える『ブラウンシュガー』たちも偉い。
「ズィスラ、ぼくたちの分も頑張って」
「当然よ!」
「おれはヘリトゥラが羨ましいけど、我慢する」
「あ、ありがとう」
まったくこの子たちときたら。
「じゃあさ。50層には『訳あり』みんなで突撃ってどう?」
「いいねえ」
「面白いわね」
空気を読んだのかな。アンタンジュさんとウィスキィさんが、元気に答えてくれた。
そうして3日後、わたしたちは40層アタックを開始した。
◇◇◇
「わたしとターン以外は、ボーパルバニーは初めてだよね。アレは慣れるしかないね。『ウサマフラー』とVITがあるから大丈夫だとは思うけど、用心してね」
「分かってるわ!」
ズィスラが元気に返事をするけど、多分意味ないんだよね。
「『ダ=リィハ』」
だって発見した瞬間、ターンが速攻でやっつけちゃうから。
多分今のターンは45層くらいまでのモンスターなら、全部先手を取れる。速いウィザードって凄い。
「負けないわ!」
「うん」
「ふむ」
ズィスラとヘリトゥラが気合を入れる。胸を張ってターンが応える。微笑ましい光景だね。でもさあ。
「ターン、みんなにも分けてあげて。慣れておかないと、イザという時に危ないから」
「仕方ない」
「『カウンター』」
リッタがメイスで華麗に兎の顎を粉砕した。カラテカの経験がしっかり息づいている。それはいいんだけどバイオレンスすぎない?
ズィスラはスタッフで、ヘリトゥラはこん棒で似たようなことをしている。わたしの心配が息をしていない状態だ。全然大丈夫だった。
イーサさんに至っては、ボーパルバニーの攻撃が当たっているのに、ダメージが通っていない。ただひたすら硬い。
「ふっ!」
跳んできたボーパルバニーに盾を押し付けるように差し出すと、兎が空中で潰れた。どういう原理なんだろう。スキル使ってないのに。
「えっと、なんて言うか、大丈夫そうだね。じゃあ38層のゲートキーパー行ってみようか」
「おう!」
以前に一度戦った38層ゲートキーパー。エルダー・リッチじゃないよ。本来のモンスターだ。
ジャイアントヘルビートルとタイラントビートル。魔法に対して強力な耐性を持っている。特に親玉は魔法無効だ。
「前回は奇跡を使って、レベルを二つも持ってかれたけどねぇ」
今回はそんな小細工はしない。
「『BF・INT』『BFW・MAG』。ターン、リッタ、ズィスラ、ヘリトゥラ。ブチかませ!」
「『ティル=トウェリア』」
「『マル=ティル=トウェリア』」
4人の最強魔法が吹き荒れた。取り巻きのタイラントビートルが崩れ落ちていく。
「『BFW・SOR』。イーサさん、ヘリトゥラ、雑魚をぶん殴れぇ!」
そしてわたしとターンは無傷のジャイアントヘルビートルに立ち向かう。
ああ、前回は奇跡を使ってやっとこさ勝てた相手だ。だけどね、今は違うんだよ。
「ヘリトゥラ。バフ頂戴」
「はいっ。『BF・STR』『BF・STR』『BF・AGI』『BF・AGI』……」
なんか他の人にバフ貰うのなんて新鮮だ。
「ターン!」
「おう。『活性化』『芳蕗』『ハイニンジャ:スーパーセンス』」
「『活性化』『克己』『乾坤一擲』」
ターンとわたしが自らを高めていく。
「『イガニンポー:影走り』『ハイニンポー:4分身』『裡門頂肘』」
4人のターンによって繰り出された肘が、的確に相手の脚を砕いた。
ジャイアントヘルビートルが体勢を崩して、それでもわたしに襲い掛かってくる。待っていたよ。
「『その構えは悪しうござる』」
ジョブ、ヒキタの真骨頂。対峙する相手の隙を確実に看破するスキルだ。
「『剣の舞』!」
そこに対して、わたしが大太刀を縦横無尽に振るう。
「魔法無効化? だったらレベルとスキルで叩き潰せばいい!」
やっとこの台詞を言えたよ。
そうしてゲートキーパーは消えた。
みんなの身体に銀色が纏われる。ああ、レベルアップだ。何度経験しても最高だ。
わたしがレベル42、ターンがレベル53、リッタはレベル43、イーサさんがレベル20、ズィスラがレベル21、ヘリトゥラがレベル19だ。
ジャイアントヘルビートルの甲殻、現状のヴィットヴェーンで最高級の甲殻素材をインベントリにブチ込んだ。本命は目の前の宝箱なんだから。
「リッタ。やったぞ」
「ターン、それって」
「ん、『大魔導師の杖』だ」
ターンが気軽に放ったソレは、リッタが切望していたアイテムだった。
◇◇◇
「マッピングはそろそろかな。8割ってところか」
「何回でも来れば良いわ。次は50層なんだから」
リッタの強気発言か炸裂する。ホントはソワソワしてるくせに。
「コンプリートしたし、もう1回だわ!」
「うん」
ズィスラとヘリトゥラの鼻息も荒い。
こうしてわたしたちはヴィットヴェーン迷宮到達記録、40層に足跡を残すことになったんだ。
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