第82話 サワもまだまだ子供だね
「死ねや、おらぁぁ!」
もはやわたしにとって『ゼ=ノゥ』は宝箱という認識でしかない。レベルは早々上がらないんだ。だったらせめて物納してくれ。いいからわたし用の何かを落とせ。
「ホワイトフェザーヘルムだって」
うん、ヘルム+3相当の装備だ。もちろんわたし用ではない。と言うか対象は二人だけだ。
ハーティさんか、イーサさん。
「私はロード=ヴァイなので、それは似合いません」
決然とした表情で、ハーティさんが拒否した。まあ確かにダークロードに白い羽生えたヘルムはねえ。
「近い将来『ホーリーナイト』となるイーサさんに似合うと思います!」
わたしは高らかに宣言した。
「確かにその通りだわ!」
リッタが乗っかる。いいぞぉ。
その後、イーサさん以外の全員が賛同したので、そのヘルムは彼女の頭に載せられた。
レンガ色の革鎧装備に、頭だけ白くて羽の生えたヘルムだ。紅白でおめでたいね。
「もっかい死ねや、おらららぁぁぁ!!」
「『ティル=トゥウェリア』」
次の『ゼ=ノゥ』も宝箱と化した。
「『桜のワキザシ』」
「脇差し2本あっても使えないんだよぉ! 仕様どうなってるのぉ!?」
結果、わたしの左右両方の腰に脇差しが納まった。重いだけで無価値なアクセサリーだ。
「かっこいいぞ、サワ」
「素敵だわ!」
「ニンジャ刀が欲しい」
欲望むき出しのチャートとわたしって、物欲センサーが働いているんじゃなかろうか。気のせいか、ヘルムの向こう側でイーサさんが嗤っているような。気のせいだよね?
そうだ、帰ったらシローネに片方あげよう。そうしよう。
そうやってゾンビを燃やして、『ゼ=ノゥ』を倒して一喜一憂しながら、38層を突き進む。目指すは39層への階段前。多分そこにヤツが居る。
◇◇◇
「ほんとに居たよ」
「あれはヤバいねぇ」
普段は遠慮の無いベルベスタさんが脂汗をかいている。
ターンとチャートなんかは、シッポを膨らませて最大限の警戒態勢だ。
『エルダー・リッチ』。ボロボロになってるけど豪奢な濃緑色のローブに身を包んだ、一見スケルトンだ。
だけど、目の奥で光る紫は、深淵を思わせる。こりゃあダメだ。目を合わせるのすらマズイ。
時々腕を振り回しては、その先からゾンビが現れている。
やっぱり戦闘状態じゃないのに、ゾンビを召喚してやがるんだ。
「今日のところは見逃してやる。覚えていろよ」
完全に負け犬の台詞を、しかも相手に聞こえない程度の小声で呟いて、わたしたちは撤退した。
間違いない。あれが元凶だ。アレをどうにかしない限り『氾濫』は終わらない。
「帰り道なんだよ。死ねや、おらぁぁぁぁ!」
多分これが本日のラストだ。しかも『ゼ・ダ=ノゥ』。当然全力でヤる。
圧倒的火力と20個くらいのスキルを食らって、そいつは沈んだ。マルチスキル舐めんな。
そこに存在する宝箱。わたしは何かを予感した。いつもと色合いが違うような気がする。キラキラとしている感じがある。ああ、これは当たりだわ。
「さあ、ターン。開けて。慎重にね」
「任せろ」
ターンが華麗に開錠していく。もはや手慣れた作業だ。フラグにすらならない。
宝箱を開けたターンが、表情を歪めた。笑みとも、悲しみともつかないなんとも微妙な顔だ。何があったの?
「『イガ・ニンジャの心得』」
ハイニンジャが上に上がるために必要なスクロールだ。つまりターンは。
「へえぇぇぇ、いいじゃん。これでジョブチェンジできるよ。やったねターン」
「お、おう」
「いやあ、良かった良かった」
「サワさん、拗ねるのもいい加減にしてくださいね」
怖い顔をしてるのはハーティさんだった。
「ターンさんが念願のジョブに就けるんですよ。素直に喜んだらどうですか」
「……ごめんなさい」
ああ、また調子に乗っていた。まったく、こういう所は全然成長しないなあ、わたし。
「ターンもごめん。やったね、ようやくジョブチェンジだよ!」
「おう!」
さっきまでフラフラ揺れていたシッポが、今はブンブンと振れている。
ああ、わたしは何をしていたんだろう。仲間たちの装備が良くなって、成長して、良いことづくめじゃないか。
「さあ、帰ろう。帰って、ジョブチェンジしよう! 後、面倒くさいけど会長さんに報告もしよう」
「お兄様に告げ口しますよ?」
「勘弁してくださいよぉ」
ハーティさんが笑ってくれて良かった。わたしはホント、周りに恵まれてるや。
◇◇◇
帰り道の22層で『クリムゾンティアーズ』と、チャートが欠けて5人編成の『ブラウンシュガー』と落ち合った。待ち合わせていたわけじゃないんだけどね。
「厄介事かい?」
わたしたちの表情を見て、アンタンジュさんが察してくれた。
「厄介事と慶事の両方ですね」
「なんだいそりゃ」
「戻りながら説明しますよ」
「なるほど大事だね。まだ『氾濫』は終わってないってわけかい」
「『エルダー・リッチ』以外は、今のヴィットヴェーンなら対応できます」
「その『エルダー・リッチ』が動かなければ、だね」
「ええ、ちょっと考えにくいですけど。また38層が層転移して上に来たり、『黒門』なんかができたら大騒ぎですよ」
可能性としては極小だけど、一応会長に伝えておこう。
そうして地上に戻ったわたしたちは、クランハウスで休憩を入れてから、協会事務所に向かった。
◇◇◇
「『氾濫』は終わっていなかったかい。原因を突き止めてくれただけでも、大成果だね。感謝するよ」
「尊き方が、そうそう礼を言うのはどうなのでしょう」
「サワ嬢も男爵だからね。問題はないさ」
ここに居るのは、会長とわたし、サーシェスタさん、ベルベスタさん、ハーティさん。要は『訳あり』のインテリジェンスたちだ。
「で、どうすべきだと考えるかな」
「分かりません。このまま都合の良い狩場であり続けるかもしれませんし、そんな歪な状況を続けていたら、迷宮が怒るかもしれません」
「ははっ、迷宮が怒るかい。サワ嬢は面白い考え方をするね。でも意外と外れていないかもね。僕は迷宮が生きていたとしても驚かないよ」
「それには同感です」
「その上で様子見だろうね。ただし、ひとつだけやっておくべきことがある」
会長が何を言い出すか、明白だ。
「『エルダー・リッチ』を倒せるパーティを作ってほしい」
「はい。それは当然検討しておきます。59層のゲートキーパーですから、65層相当だと想定しておきます」
まあ実際は『エルダー・リッチ』の特徴、全部知ってるんだけどね。
知っていたとしても、とんでもない強さなんだ。
「『訳あり令嬢たちの集い』だけでなく、ヴィットヴェーン全体からの選抜でも構わないよ。最終的に会長命令を出しても良いと考えているから」
「感謝いたします」
とは言え『エルダー・リッチ』対策だったら、大事なのは優秀な後衛なんだよね。すると『訳あり』以外だと『緑の二人』になっちゃうんだ。
あの二人は何処へ向かおうとしてるんだろ。
「通達は出しておくよ。ゾンビや『ゼ=ノゥ』に手を出すのは構わないけど、『エルダー・リッチ』はご法度。さらに各階層の異変には、これまで以上に警戒をしておくように、だね」
そうして会長との会談は終わった。結局、保留なんだよね。
◇◇◇
会長執務室を出て1階に戻ってくると、ターンがおっさん方に囲まれていた。
別に絡まれているわけじゃない。なんせ、地上のターンはヴィットヴェーン最速にして最強だ。スキル無しなら、わたしも絶対に敵わない。
「やったなターンちゃん」
「凄えよな。次はなんてジョブなんだ?」
「お楽しみ」
ターンはなぜかおっちゃんたちに大人気なのだ。
あ、頭撫でてる奴までいやがる。ターンもシッポ振るなし。イリーガルだぞ、イリーガル。
ついてきたシローネやチャートまで頭を撫でられて嬉しそうだ。どういうことだ。ヴィットヴェーンの法はどうなっている!?
そう、これからターンのジョブチェンジが始まろうとしているんだ。
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