第207話 瓦は持参した!





 どごぉん!


「それで、どういうことなのでしょうか」


「き、貴様、それが侯爵たる私に対する」


 どがぁん!


「だからなんなんですか。どうしてああいうことをして、失敗して、このザマですか」


 ターン、ズィスラ、そろそろ瓦割りは終わりでいいよ。

 侯爵閣下の執務机の上で瓦が粉々になって、散らばってるし、ウルマトリィさんがビビってるからさ。

 ちなみに瓦は持参した。ドワーフのおっちゃんたちに、大量生産してもらってたんだ。

 材料はクレイゴーレムの素材なんで、やたら丈夫だよ。インベントリに入らないのが惜しい。


「わざわざ『5日』も無駄にして、ここまで来たんですよ。わたしの知りたいことはひとつです。なにがどうなって暴漢がサワノサキ領を襲ったのか」


「し、知らん。私は与り知らんぞ!」


 どぱぁん!

 ああ、やっちゃった。ポリンまで怒ってる。


「では、ここで瓦割りをしている面々も、わたしの知らない人たちです。いいんですね、本当に」


 わたしは一切手出ししてないからね。


「父上、諦めろ! 本当にマズいんだ。こいつらを敵にまわすな!」


「トリィ、貴様ぁ!」


「そういう話じゃない。そのうち、館全部が破壊されるぞ!」


 なんかウルマトリィさんが説得してるけど、ビルスタイン侯爵は引かない。もうちょいやるしかないかな。



「ウルマトリィさんが取り成してくれてるのに、なんですか、この対応は。ちょっとイラっときました」


「頼む、止めてくれサワ! このとおりだ!」


「聞けませんねえ」


 必死に頭を下げるウルマトリィさんを無視して、わたしは侯爵に迫る。

 ああ、護衛やら取り巻きはすでに昏倒してる。わたしとウルマトリィさんは手出ししてないけど、ターンたちが秒でのした。


「運が悪かったですね」


「な、なにがっ」


「いい加減、貴族絡みのゴタゴタに嫌気がさしてたんですよ。ねぇ、侯爵閣下。憂さ晴らしですよ、これは」


「なにを、言っている」


「そのまんまです」



 ◇◇◇



「次14枚重ね」


 ターンがぼそりと呟いて、ソレに手刀を振り下ろした。砕け散る瓦。


「あ、ああ……」


 一番上の瓦にはなぜか人物画、いや適当な落書きレベルだけどさ、人の顔が描かれてた。それが粉々になる。


「次、ズィスラ」


「ええ、15枚ね」


 キューンとポリンが丁寧に瓦を積んでいく。いったい何枚もちこんだんだろ。

 最後に侯爵らしき似顔絵が一番上に描かれて、その上でズィスラが拳を振り下ろした。



「悪かったっ! 私が悪かったぁっ!!」


 23枚重ねで侯爵が音を上げた。


「そいつらを止めてくれ!」


「わたしの大切な仲間たちを『そいつら』?」


「よ、要望を言え!」


 話ずらしやがったよ。まあいい。


「事実の公表を」


「なにぃっ!」


「ですから事実の公表です。子爵如きが『サイド』を賜り嫉妬した。丁度迷宮について敵対派閥だったから、ケルトタング伯爵と共謀して嫌がらせを企てて、そしてけちょんけちょんにやられた」


「できるか、そんなこと!」


 ホント、貴族だよねえ。瓦と一緒にメンツが木っ端みじんってか?


「なら他に、なにを出せるんですか」


「王都を通じて正式に詫びる! 文書にも残す」


「へぇ、領民に失態は知られたくない、と?」


「幾らだ? 幾ら積めばよい!」


「アホらしい」


 わたしは破壊をなんとか免れてる執務机に金塊を積み上げた。


「ウルマトリィさん、どうします?」


「親父、ダメなんだ。諦めろ。暴力と財力じゃ、こいつらに勝てない」


「確かに前回、ケルトタング伯爵との諍いについてはこちらにも落ち度がありました。それでも王家は両成敗で終わらせた。さて、今回は別ですね」


「ぐ、ぐむむ」


「一方的。侯爵閣下に落ち度がある。さて、どうします」


「現実的なことを言え」


 これだから貴族ってのは。いいねえ。わからせてあげるよ。



「仲良くしましょう。今後このようなことは二度と起こさないと。お互いにです」


「どういうことだ」


「言葉通りですよ。確かに迷宮派閥は違いますが、ビルスタイン侯爵家とサワノサキは友好関係を結ぶ。問題ありませんよね」


「なにが狙いだ?」


「面倒ごとが嫌いなだけです。本当はもっと派手にやろうかと思ってましたけど、ウルマトリィさんに感謝してくださいね」


「トリィ、か」


「親父……」


 ウルマトリィさんが真剣な顔で和解を促した。


「サワのトコにはわたしと同じくらい、いやそれ以上の連中が500人はいるんだ」


「本当なのか」


「ああ、本当だ」


 ちょっと大袈裟だけど大体合ってる。



「それに、サワたちは5日でここまで来たんだぞ。対応なんてできない。親父が送り込んだモンを簡単に蹴散らして、100倍の戦力がここに来る」


 うん、できる。だから最低限、仲良くしようよ。


「……わかった」


「それと謝罪文書ですよ」


「わかっておる!」


 さて、こっちはこんなものかな。

 ウルマトリィさん、いい演技でしたよ。かなり迫真にせまってました。



「ほとんど本気だったよ。演技の必要なんてなかった」


「あれま」


「でもありがとう。この程度ですませてくれた」


「ウルマトリィさんのご実家だからですよ。アッチの伯爵は、こんなもんじゃありません」


 ケルトタング伯爵、親子そろってやってくれたなあ。


「言うべきじゃないかもしれないけど、同情するよ」


「わび状にはしっかり、ケルトタング伯爵と共謀したって、書かせてくださいね」


「ああ、了解だ」


「では、ヴィットヴェーンで」


 ウルマトリィさんには、わび状の件で動いてもらう。ビルスタイン侯爵の名代として、王都を経由してヴィットヴェーンにきてもらうことになるね。

 わたしたちは、ここから別行動だ。先行して一気に王都に向かおう。



 ◇◇◇



 2日後の深夜、ケルトタング伯爵王都邸が突如崩壊した。人的損害は無し。なぜか縛られた冒険者が数名、庭に転がっていた。

 らしいよ。誰がやったんだろうねえ。物騒だねえ。


「さあ、帰ろっか」


「おう!」


 どうしたのズィスラ、そんなスッキリした顔してさ。


「ヴィットヴェーンで『ファイターズ』を待とう。それから99層だね」



「お帰り。首尾はどうだった」


「まあまあですよ、サーシェスタさん」


「じゃあこれで99層だねえ」


「はい」


 そう、これで気兼ねなく99層を目指せるってもんだ。


「95層までは終わったわ」


「やるねえ」


 リッタが胸を張る。そこまで行ったかあ。


「よっし、追いかける。レベルも上げるね」



 それから1週間、『ブラウンシュガー』『ブルーオーシャン』『ルナティックグリーン』が98層を探索して地上に帰ってきたら『ファイターズ』が戻っていた。


「ウチの親父とケルトタング伯爵からのわび状だ」


 ウルマトリィさんが差し出したのは2枚の豪華な羊皮紙だ。うんうん、王様と宰相のサインも入ってる。

 ハーティさんに手渡して、確認してもらおう。


「問題なさそうですね。ケルトタング伯爵の方は、先代までサインしてあります。どれだけ怖がらせたんですか?」


「さあ? わたしたちは王都観光してきただけだし」


「まったく。頼もしい領主様ですね」


 だったら嬉しいな。トラブル呼び込んでばっかりの気もしてるからさ。



「それともうひとつ、これは親父も同意してる」


「なんです」


「ウチを『訳あり』に入れてくれないか」


「人質は要りませんよ?」


 まあ、本人たちにそんなつもりないだろうけど。


「親父はそう考えてるかもしれないけどさ。アタシたちは違う」


 ウルマトリィさんがそう言うと、パーティ全員が立ち上がって頭を下げた。


「アタシたちでキッチリ話し合った。アタシたちはお前らに惚れた。いい奴らで凄い奴ばっかりの、最高のクランだと思った。アタシたちもそうなりたい。だから、入れてくれ!」


 ほんと真っすぐだよね。じゃあ応えないと。


「『訳あり令嬢たち』!」


「おう」


 まずはターンが、続くように『ルナティックグリーン』が立ち上がった。もちろんわたしも。


「いいじゃないか」


 アンタンジュさんと『クリムゾンティアーズ』が立ち上がる。


「ふむ」


 シローネを筆頭に『ブラウンシュガー』も。


「賛成します」


 ハーティさんたち『ホワイトテーブル』が。


「いいわね」


 リッタを隊長にする『ブルーオーシャン』が。


「わたしたちと似ているかもね」


 王都からの出張組、クリュトーマさんたち『ライブヴァーミリオン』も。


「異議はございません」


 最後にいつの間にか現れた『シルバーセクレタリー』の6人だ。


「満場一致ですね」


「あ、ああ」


「サワさんこちらを」


「ありがと、ピンヘリア」



 手に持った小箱を受け取り、それを開く。

 中に入ってるのは、2種類のワッペンだ。ひとつは『訳あり』の、そしてもうひとつは『空色の戦士』。『訳あり』に8番隊が誕生する。


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