第206話 そうだよね、落とし前はつけないと
「それでですね、一人くらいを毎回後衛専属にして経験を積むのもいいと思うんです。もちろん最終的には前衛ですよ、もちろん」
なんでわたしは言葉を選んでるんだろう。
大体さ、そんなにひゃっはーが好きなら、後ろから火炎魔法撃ってたっていいじゃない。
「ま、まあ確かになあ……。だけどさあ、あの肉を切り裂く感覚がさあ」
ドールアッシャさんみたいなこと言わないで。
ウルマトリィさんって、綺麗な蒼銀髪と蒼い瞳ですっごく温厚そうなんだけど、中身は別物だ。
「とにかく、いったん教導は終わりです。自分たちなりの連携と役割を考えてみてください」
「ああ、ありがとよ!」
「ジョブチェンジアイテムは素材と交換です。できれば自分たちで稼いでください。39層から55層がお勧めですね」
「恩に着る!」
わたしたちも自分自身のレベリングがあるからね。あくまで今の目標は100層到達だ。『ブラウンシュガー』と『ブルーオーシャン』は、91層まで進んじゃった。『ルナティックグリーン』も負けてられないよ。
「どうしよう、経験値はもったいないけど、ここらへんでジョブ固定する?」
「ターンは今のままでいく」
カスバドに続いて、遂にフーマになったターンは、まあ当然か。これで『マスターニンジャ』の条件満たしてるし、やっぱりターンはニンジャが似合う。
「わたしもスヴィプダグでいくわ」
ズィスラが元気に言った。前衛重視の彼女は、最終的にも剣士系になるんだろうな。
「わたしもです」
ヘリトゥラはダブルウィザードにしてダブルエンチャンターになった。ジョフクをある程度会得して、今はジャービル。頼もしい後衛だ。『ファイターズ』もこういう考え方ができればいいのに。
「うん、このまま」
「わたしも」
何故か『シャドウ・ザ・レッド』と『シャドウ・ザ・グリーン』を付けたキューンとポリンが断言する。
キューンは殴り系のヴァハグンで、ポリンはグラディエーターだ。その実態はエンチャントができる固い殴り前衛と、モンク系とビショップ系を獲得した、回復と聖属性のエキスパート。心強いことこの上ない。
「わたしもこのままだね」
そしてわたしはスヴィプダグ。中距離剣士系が満載だ。
これで『ルナティックグリーン』は前衛5、後衛1っていう構成だけど、全員がなんだってできるし、スキルに困ることもないだろうね。『ブラウンシュガー』と『ブルーオーシャン』もそうだろうけどさ。
「じゃあ最終調整だね。レベルを90台にして、『渡来』に慣れたら99層だよ!」
「おう!」
◇◇◇
「わたしたちもいけるわ」
「こっちもだ」
リッタとシローネが自信満々で99層攻略に乗ってきた。まあ多分、ワイバーン自体には勝てるしね。
「へえ、それがかい」
「そうです。ワイバーン素材の革鎧ですよ。凄いでしょう」
「凄いかどうかはわからないけど、ワイバーンなんだろ? 凄いんだろうさ」
ウルマトリィさん、それじゃ凄いんだか凄くないんだかだよ。
と、とにかく、ドワーフのおっちゃんに預けていたワイバーン素材の新装備が納品されたんだ。
「見た目は変わらないねえ」
サーシェスタさんが目を細めたけど、確かにその通り。キングトロルの素材をワイバーンに置き換えただけだからね。
よく見たら鱗がわかるだろうけど、マットブラックに染め上げてるから意識しないとそうはみえない。それでも耐刃性と衝撃吸収はかなり上昇してるらしい。
「3パーティだけでごめん」
チャートが言うように、この鎧は18領しかないんだ。単純に素材の数。ワイバーンを全部倒したんだから、全てよこせって言えなかったわたしの弱さよ。
「どうせ99層で狩ってくるんだろ? なんならあたしたちでやるさ」
アンタンジュさんが笑う。まあ、そういうことだね。『クリムゾンティアーズ』だって99層に行けないこともないから。
「じゃあ、行ってきな!」
「むふん!」
激励にターンが鼻を鳴らした。こりゃ、攻略しないと顔向けできないね。
「明日ってわけじゃないですよ。レベリングもして、3日後ですね」
「今から酒宴が楽しみさねぇ」
ベルベスタさんも、たまには前線出ましょうよ。
「じゃあレベリングしながら99層目指すってことで、決まりですね」
その2日後、わたしたちが潜ってる時に『訳あり』クランハウスが襲撃された。
◇◇◇
「ほほう」
「ふむ」
わたしとターンが声を鳴らした。
「それにしても、クランハウスに襲撃ですかあ」
「ふむう」
「鎮圧もしたし、怖いからやめなさい」
ウィスキィさんが取り成してくれるけど、これは許せない事態だなあ。
こんなバカな真似をしてくれたのはサシュテューン伯爵以来だよ。
「で、どこのどいつなんですか?」
「すまないっ!」
そう叫んで頭を下げたのは、ウルマトリィさんだった。
「半分はウチの手の者だ」
えっと、ビルスタイン侯爵がなんで?
「どうやら、現ケルトタング伯爵が声を掛けたようですね」
ハーティさんの声が、どこまでも冷たい。
「迷宮1層で尋問しましたから、嘘はないと思います」
「うわぁ」
さっきまでの怒りがふっとんだ。迷宮内の『尋問』は回復スキルが使える。どれだけやっても、治せるんだ。
なるほど、捕縛された連中の目が死んでるのはそういうことか。
「わたしに恨みがあるケルトタング伯爵はわかりますけど、なんでビルスタイン侯爵まで」
「貴族特有の妬みだ」
「ごめんなさい、本気で意味がわかりません」
ウルマトリィさんの言うことが理解できない。
「あの、サワ。気を悪くしないでもらいたいのだけど」
「ターナ。いいよ、わたしも理解したいから」
王女様たるターナにはわかる所があるのかな。
「平民出の田舎子爵が『サイド』なんて、普通あり得ないの」
そんな段階の話なのかあ。
「最初こそ王家が利益を得るための名目って感じだったのに、それを無くしちゃったから」
「ん? わたしが『サイド』になった後だよね、上納の話も、減免も」
「それでもなの。貴族っていうのは面目が欲しいから、サワを『サイド』にしたのは王家と密約があったってコトにしたいのよ。そういう生き物」
めんどくさー。なんか本当、この世界で貴族やるのが、とことん嫌になってきたよ。
「お爺様、王陛下がどこまで見通していたかはわからないけど、こういう事態を想定していないはずがないわ」
「それっておかしくない? ケルトタング伯爵は第1王子派だし、ビルスタイン侯爵は統合派でしょ?」
「相対的に王の権威を上げる、そうするつもりなのかもしれないわね。わたくしにはこれ以上、わからないわ」
派閥の軸線がありすぎて、わけわからん。要は貴族を弱めて王族を強くするってことなのかな。
ああ、それはもういい。今は目の前の賊だ。
「ハーティさんはどう思います?」
「そうですね。全部領地に送り返せば」
「いいの?」
「せいぜい醜聞を広めましょう」
ウチの領主がやらかした、ってかあ。いいのかな。
「ケジメはつける! 顔見知りも混じってるんだ! すまん、サワ。アタシに任せてくれないか」
「それは構わないけど、大丈夫なんですか?」
この件にウルマトリィさんが関わってたとは思えない。むしろ被害者に近いくらいだ。せっかく仲良くレベリングしてたのにさ。
「任せていいと思います。代わりに」
「それはダメだよ、ハーティさん」
「……申し訳ありません」
ハーティさんの提案は想像ついた。だけどそれはダメだ。『訳あり』はそうじゃない。わたしの勝手な理想かもしれないけど、そこは引けない。
「なんだい?」
「なんでもありません。この件、ウルマトリィさんにお任せしますから、好きにやっちゃってください」
「ああ、せいぜい噂を広めてやるさ。嫉妬に狂った領主がやらかしたってね」
それをやるのが領主の娘っていうのが、ううん、タチが悪い。わたしも黒いなあ。やだな、こういうの。
「ホントは見届けたかったし、宴会もしたかったけど、仕方ないね。サワ、99層攻略。応援してるぜ」
「……ありがとうございます」
なんか涙が出そうになった。ウルマトリィさんたちは真面目に冒険者してるのにさ。
貴族のメンツ? 意地? 嫉妬? くだらない。ああ、モヤモヤするなあ。
『ファイターズ』が宴会に参加できないのも、売られた喧嘩をわたしたち自身で仕返しできないのも気に食わない。とにかく面白くない。こういう考えってわたしの我儘なのかな。みんなはどうなんだろ。
「サワ、いくぞ」
「ターン?」
「ウルマトリィだけじゃない。ターンたちもケジメをつけよう。99層は今じゃなくてもいい」
「ターン……。そうだよね、気持ち悪いまま99層攻略しても、楽しくないよね」
「そうだぞ」
うん。覚悟決まった。
ケルトタング伯爵、ビルスタン侯爵、落とし前はつけてもらうからね。
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