第230話 嫌な予想
「モンスターが減ってる?」
「ああ、幾つかのクランから報告が来ているんだ。サワ嬢に心当たりはあるかな」
「いえ、身に覚えは」
クランハウスにジェルタード会長が訪ねてきたかと思えば、これだ。いや、ほんとに自覚ないんだけど。
「特に60層から90層が顕著だそうだ。どう思うかな」
「いえ、だから」
犯人はお前だって目をすんな。知らんって。
「お兄様」
「なんだい、ハーティ」
そうだハーティさん、言ってやれ。
「確かに『訳あり』は55層から下を狩りまくっています」
ダメじゃん。
「ですが、辻褄が合いません」
お?
「確かにウチはジョブチェンジを繰り返して、レベリングをしていますが、そこには『効率』が含まれています」
「ハーティ、詳しく話をしてくれるかい?」
「ええもちろん。ウチはジョブチェンジ後のレベリングで55層と88層、99層を重用していますが、それだけです。お話にあったような60層以降は、むしろ最小討伐で100層以降に臨んでいるのが現状です」
「では、60層以降で起きているモンスターの減少は、他の冒険者たちのせいだと?」
「断言はできません。ですが……、サワさんはどう思われますか?」
ここで振ってきたかあ。うーん。
「確かにウチ以外の冒険者にとって、60層から90層は狩場なんでしょう」
でも、だからといって。
「例えば1層みたいに、モンスターが発生する度に駆逐されるようなコトはあるかもです。だけどそれは人が住み着いているからで、例えば90層でそれができるとは思えません」
5層でわたしがいくら頑張っても、ポイズントードが尽きなかったんだ。
迷宮はそんなに優しくない。ん?
「迷宮は優しくない。異変? わたしの知らない異変?」
「サワ嬢?」
迷宮の異変については、すでにわたしの知らない現象が何度か起きてる。
氾濫のメカニズムといい、こないだの白門なんて典型だ。モンスターの種類や強さなんかは知識の通りだけど、異変っていう一点だけなら、もはや未知なんだ。
「……『ルールブック』に記載されてない、新しい異変の可能性があります」
◇◇◇
「調査かい」
アンタンジュさんが訝しそうだ。
「はい。会長のお話だと、60層から90層あたりのモンスターが、目に見えて少なくなっているそうなんです。調査依頼と受け止めてください」
「なるほど、仕方ないねえ。冒険者たちが狩場を荒らしまくったってのはあり得ないかい?」
「無いとは言えません。だから調査です」
「異変担当副会長の出番ってワケだね」
「すみません」
「気にするこたないよ」
60層から90層といえば、いまやトップクランの狩場だ。つまりは収入源。
そこからモンスターがいなくなったら、色々と迷宮経済がおかしなことになる。というわけで、協会副会長にして異変担当のわたしの出番、ひいては『訳あり』出動案件ってことだ。
「どうでもいい、調べるんだな。もちろんやるぞ」
シローネだった。
「ありがと」
「『訳あり』は最強で最高だ。当然」
他の連中も頷いてる。まったく、彼女たちの中で『訳あり』ってなんなんだか。
「『シルバーセクレタリー』と『オーファンズ』にも動いてもらいます。いいですね」
「拝命しかと」
ピンヘリアたち『シルバーセクレタリー』が全員膝を突いていた。いや、そこまでせんでも。
何にしても、異変らしき事象に対する捜査が始まった。
◇◇◇
「確かにおかしいね」
「そうね」
ズィスラが同意してくれた。
ここは72層だ。普通なら昇降機で通過する階層だけど、調査ってことで1層ずつ洗ってるわけなんだけど。
「通路はまだしも、玄室まで敵が出てこない」
「おかしいね」
キューンも首を傾げてる。
「宝箱も出ない」
ポリンも彼女なりに肩を落としていた。宝箱ジャンキーだからねえ。
そこから4日かけて90層までざっと調べたけど、報告通りだ。明らかにモンスターが少ない。
ついでに99層までも調査したら、そっちも少なかった。これは迂闊だ。いつも最短ルートで駆け抜けてるから気付かなかったんだ。
「100層以降は普段通りね」
「どう思うリッタ?」
「……そうね、まるで迷宮に騙されてるみたい」
「騙される、かあ。どういう風に?」
「わたしたちに、つまり『訳あり』が気付きにくいように、敵が減っている気がするのよ」
そう言われたら意識せざるを得ない。
そもそもだ、60層から90層のモンスターはどこに消えた? 100層から下では見かけなかったぞ。
「湧きを、調整してる?」
「どういうことかしら」
「ウィスキィさん、迷宮からモンスターが減らないのは、どっかから現れてるからですよね」
「ええ、理由も理屈もわからないけどね」
当然わたしも知らない。だけど、迷宮が意識してそれをできるとしたら。
「まさか、力を溜めてる?」
「……そんなこと、あり得るのか?」
ジェッタさんが深刻な顔で聞いてきた。わたしだって想像の外だよ。
「サワ、どうする」
シローネもいつになく真剣な表情だ。
「そうだね、とりあえず120層まで調べてから、会長と総督に報告かな」
「わかった。行こう」
◇◇◇
「ハッキリ言えるのは、60層から99層までのモンスターが極端に減っているという事実だけです」
2日後、迷宮総督邸でわたしは報告した。
メンバーはポリュダリオス総督、ジェルタード会長、ついでにベースキュルトだ。こっち側からは例によってわたしとハーティさん。
「サワノサキ卿らの仕業ではなかろうな」
「それは明らかに間違いです、ベースキュルト卿」
ベースキュルトが嫌味っぽい発言をしてきやがった。即座に否定だ。
ウチは88層、99層以外ではまともに狩りをしてないことを断言する。
「では他の冒険者の仕業では」
「それを検証するために、ここ5日深層探索を停止しています。苦情が多くて大変でしたよ」
ため息を吐きながら会長が引き継いでくれた。
「それでも狩場は戻っていません」
「では君たちの見解を聞かせてもらいたいね」
ここでやっとポリィさんが発言した。
「かなりの想像になりますが、迷宮が力を溜めているというのが、わたしたちの見解です」
「力を?」
「迷宮に意思があるとでも言うかっ!」
「落ち着きたまえ、ベースキュルト卿。ジェルタード君はどう考えるのかな」
着火したベースキュルトを抑え込んだポリィさんが、会長に話を振った。
「これでもサワ嬢と付き合いが長いのは僕ですね。その上でですが、あり得ると自分は考えています」
「正気か!?」
「静かにしてろ」
イラっときた。いいかげんにしろよ、ベースキュルト。
わたしは彼の背後を取って、のどぼとけに指を添えてやった。
「今は叫んでる場合じゃあないんだよ。わかれや」
久々の恫喝モードだ。ベースキュルトの前だと初めてかも。おうおう、ビビってる、ビビってる。
「いいから座れ。ここからは建設的な言葉以外を発するな」
「き、貴様あ」
それでもベースキュルトは力なく椅子に座った。まったく時間を無駄に使わせてくれる。
だけど気付いた。迷宮に意思があるかもなんて、普通なら受け入れられない考え方かも。わたしたちは他の迷宮を知ってるし、ここのところの異変も全部把握してるから、こういう考え方もできるんだ。
「他の冒険者たちにも、意識改革というか、そういう可能性だって周知する必要あるかもですね」
「確かにそうかもしれないね」
ポリィさんがベースキュルトをちらっと見てから同意してくれた。
「異変に話を戻しましょう。殿下やベースキュルト卿は海を見たこと、ありますか」
「ああ、あるよ。それがどうしたのかな」
「わたしの故郷には津波という自然災害があります」
当時5歳か6歳くらいだったかな。とは言ってもテレビの向こう側の出来事だ。
「海の水が突如増えて、平原から山までをも水びだしにして、建物を壊しつくす現象です」
「そんなことがある得るのかい? いや、それがこの話とどのような、っ!」
「そうです。津波、水が高台に上る前段階として、引き潮っていう現象が現れます。水が一旦引くんです」
「君は、まさか、これを」
これがわたしの出した結論だ。他にも迷宮が枯れかけているとか、クランで色々と事前に話し合った。
迷宮が枯死するのも大問題だ。だけどそれは違うと思った。なぜなら迷宮が300層まであるのを、わたしは知ってるから。
半分程度の探索でまさかそんな。希望的観測だけどね。大体、迷宮が枯れるのを防ぐ術がない。見守るだけ。だったら、対応すべきはって話だ。
「ただの氾濫じゃない、『大氾濫』が起きる可能性があります。ここで話すべきは、その対応です」
「わ、わかった」
さすがのポリィさんも顔色が悪い。
「これは、まいったね」
軽口を叩く会長までもだ。ベースキュルトに至っては声もない。
さてはてこの予測、いや想像が当たるのかどうか、どちらにしても対策だけはしなきゃいけない。
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