第231話 想像しろ、話し合え、そして決めろ





「テレポータートラップが出た、ですか」


「ああ、10層から30層あたりに沢山だ。しかもバカでかい」


 クランハウスに駆けつけてくれたケインドさんたちが言うには、確認できた範囲でも40個くらいのテレポータートラップが見つかったそうだ。これはまた。


「あんなトラップ、新入りでも引っかからない。バカげてる。それで、どうする」


「えっと……」


 ちょっと考えて、その先を想像したら、背中がゾワっときた。これってマズいんじゃ。

 今回のトラップは、冒険者を引きずり込む罠じゃない。むしろ逆だ。モンスターを呼び出すために!?


「迷宮総督邸に行きます。ケインドさんも一緒に」


「あ、ああ」


「先触れと、他の主要メンバーもですね。『シルバーセクレタリー』」


「ここに」


 動揺するケインドさんの横にピンヘリアが出現した。


「聞いた通りです。先触れと、会長、それと大手クランに声をかけてください」


「畏まりました」


「行きましょう、ケインドさん。それと、ウチからは各隊長全員です」



 ◇◇◇



「それで、何かしらの想定ができたということかな?」


「ある意味朗報ですよ。迷宮が枯渇するわけじゃなさそうです」


「それは何よりだけど、そうではないのだろう」


「ええ、もちろん」


 総督邸でわたしの予想が現実になりそうだと、ポリィさんに説明中だ。

 会長や互助会のトップ、大手クランの代表なんかも集まってる。


「ケインドさんの報告通りなら、あんなテレポータートラップに引っかかる冒険者はいません」


「欺瞞では?」


「当然あり得ます。あり得るからこそ、意味がありません」


 フェイクの規模が大きすぎて、むしろそうなら逆効果だ。


「つまりは真っ当に出てくる、ということかな」


「はい。そしてそれをされると、大変困った状況になります」


「説明してくれるかな」


 ポリィさんが促してくる。いや、実際マズいんだよ、この状況。正直冒険者たちの負担が大きすぎる。



「わたしはゲーム、あ、いや単独戦闘なら自信はあります。ですけど、今回は違います」


「まあそうだね」


「今『シルバーセクレタリー』と『オーファンズ』が情報収集に走っていますけれど」


 ちょっと溜める。


「どれくらいの強さのモンスターが、どれくらいの数で現れるかわかりません。つまり、それに対応できるだけのパーティを、各トラップに配置する必要があります」


「40以上をか」


 お、今日のベースキュルトは落ち着いてるな。あんまりな状況で、逆にそうなっちゃたのか。


「それだけなら大手クランと『オーファンズ』で対応できるでしょうけど、戦闘中に増える可能性だってあります」


「なんでもありではないか!」


 前言撤回。落ち着けや。



「君の考える最善の戦い方は」


 提督は落ち着いたもんだ。


「信頼のできるパーティを6個ほど、1層、迷宮の入り口に貼り付けるくらいしか思いつきません」


「なるほど」


 それをやれば、ローテでモンスターを地上に出さないで済む。地上戦はヴァンパイアの時に経験したけど、アレはスキル消費がきっついんだ。なんせ戦闘判定がメチャクチャになるから。

 だけど、わたしの言った作戦を実行した場合。


「氾濫の規模次第では、迷宮経済が崩壊するな」


 そういうこと。

 どれくらいの期間、迷宮素材が途絶えるか想像できない。ただひたすらの防衛戦だ。入り口での戦闘である程度の素材は得られるだろうけど、こっちに都合がいいバランスの取れた内容なんて、望むべくもないよ。石ばっかりとれても仕方ないし。


「ここがわたしの限界です。なので、会長やハーティさんの意見を聞きたいですね」



「1層は『オーファンズ』が守れ」


 会長がなにか言う前に、『晴天』のゴットルタァさんが発言した。


「それ以外のパーティは潜る。『訳あり』の、お前らもだ」


「なにが出てくるか、わからないんですよ」


「俺たちゃ冒険者だ。モンスターをぶっ倒して、素材を取り上げる。当たり前を当たり前にやるだけだ。子供らは入り口でそれを受け取ってりゃいい」


 確かに気持ちはわかるけど、ウチにも年少組がいるんだけど。


「お前らは別枠だ」


 読むなし。


「俺たちも潜る!」


 立ち上がってそう叫んだのは『オーファンズ』1番隊、『元気が一番』のマッチャーだった。横にはリンドールもいる。


「『オーファンズ』で1層を固めます。だけどそれじゃ人数が多すぎますので、半分を1層に、もう半分を地上に置きます。それと上位12パーティは皆さんと同じに扱ってください」


 リンドールが提案したのは、まあ妥当な内容だ。なんせ『オーファンズ』は2500名を超える、超巨大クランだ。

 上位12パーティにしても、『元気が一番』を筆頭に、ヴィットヴェーン全体でも指折りの強さを誇る。年齢制限とか『訳あり』っていう前例があるから、意味がない。


「それに、地上にテレポータートラップが出ない保証ってあるんですか?」


「えっ!?」


 盲点だ。ゲームの常識に囚われたわたしには想像できない事態だよ。

 あり得ないなんて……、言えない。



「……サワ嬢、あり得るのかい?」


「わかりません」


「そうか。ならばリンドール嬢の意見も取り入れないとね」


 ジェルタード会長がそう判断するなら、仕方ない。わたしにも予測不可能だ。



 ◇◇◇



「お待たせいたしました」


「待ってたよ、ピンヘリア。それでどうだった?」


 会議が始まって3時間くらい、ピンヘリアが登場した。


「可能性を考慮して1層から全てを捜査いたしました。5層から現在32層の段階で、68のトラップが確認されました」


「68だとっ!」


 誰かが叫ぶ。うん、同じ気持ちだよ。これは酷い。


「60層までを想定すると、100を超えると考えます」


 熱のこもらないピンヘリアの推測に場が静まった。



「迷宮は、迷宮は、わたしたちに試練を与える存在なんでしょうね」


 誰とでもなく、わたしはそう呟いてしまった。

 今できる、お前たちの全てを賭けろ。迷宮がそう言ってるように感じるんだ。


「迷宮めっ! そっちがその気ならやってやる。冒険者なめてんじゃねーぞ!!」


「さ、サワ嬢?」


「会長、ちょっと修正します。1層から4層に『オーファンズ』を500人くらい。残りは地上。もちろん精鋭は他の冒険者と同等に扱います。サワノサキ領とヴィットヴェーン街からは民間人も厳戒態勢。さらに、王都とベンゲルハウダー、ボルトラーンに救援要請。それと、それと……」


「サワ、嬢?」


「全力です。ヴィットヴェーンだけじゃない、この国で今まで結んできた絆の全てを投入します。いいですね?」


「……それほどと考えるんだね。わかった。責任は冒険者協会会長が負う」


「我もだな。ヴィットヴェーン迷宮総督が命ずる。冒険者たちよ、勇躍せよ!」


 会長と総督がそれぞれ決意表明した。だけどそれだけじゃ足りない。



「なに言ってるんですか。会長も総督も前線ですよ」


「貴様っ!」


「黙れベースキュルト卿。あんたたち『聖騎士団』は迷宮5層、つまり最終防衛線を担当だ。殿下と会長も。スケさん、カクさん、それとウォルートさんもです。一匹をもらしたら、その度に恥だと思ってください」


「はははっ、よかろう」


 ポリィさん、いやポリュダリオス迷宮総督殿下が立ち上がった。


「我も前線に立つ。奮起せよ!」


「僕も前線は知っているからね。だけど会長の肩書って最前線だったのかなあ」


 会長、ジェルタード男爵令息が苦笑を浮かべた。



「今から作戦総指揮を、ハートエル・パッシュ・カラクゾット=サワノサキ男爵に移管します。存分にやってください」


「賜りました。つきましては副官として、ベルベスタさんとサーシェスタさんをお借りしたく」


「ちょっと待って。サワノサキなんてずるいわ!」


 リッタが叫ぶ。今はそれどこじゃないでしょ。


「士爵でも男爵でも、今回が終わったら好きにあげるから」


「ちがう、名前だ」


 シローネ、目が据わってるんだけど。


「ああもう、いいからハーティさんの指示に従って!」


「終わったら、落とし前はつけてもらう」


 落とし前ってなに、ターン!?



 ◇◇◇



「キールランター、ボルトラーン、ベンゲルハウダーへの救援要請を発しました。早くて7日でしょうか」


 翌日、迷宮の入り口でハーティさんが言った。

 ドワーフのおっちゃんたちと、サワノサキ建築部隊が全力で迷宮入口の要塞化に励んでる。たのんだよ。


「各クラン、パーティの担当箇所の伝達も完了しています」


 結局、60層までに118個のトラップが報告されたんだ。

 全部は対応しきれない。なので、50層より下は捨てた。どうせ上がってくるだろうしね。


「『訳あり』は?」


「『ホワイトテーブル』と『シルバーセクレタリー』以外は自由行動です」


「『セレストファイターズ』も?」


『ライブヴァーミリオン』はともかく、『セレストファイターズ』はどうなんだろう。


「『セレストファイターズ』は『ルナティックグリーン』の直掩です。どうです?」


「ははっ、それならまあ」



 こうしてヴィットヴェーン始まって以来の異変、それをを待ち構える態勢が作られていった。


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