第235話 そいつはエンジェル
「45層への階段到達。一旦待機して、この層の掃討に移ります!」
「了解だ。ここもカエルだらけだなあ」
シンタントさんがボヤくように言うけど、全くその通り。見える敵はカエルばかりだ。
後の歴史書があったとして、なんて書かれるんだろう。カエル氾濫としか言いようがないんだけどさ。
「見た感じだと、44層と一緒ですね。だけど、慢心しないでいきましょう」
「グレーターフロッグデーモンがいるんだろ、油断なんかできゃしないぜ」
そりゃ、まったくその通り。
わたしたちの進軍が再開された。
「まあレベルはあがるわ、ジョブチェンジが捗るわで、文句無しなんだけどなあ」
ダグランさんがぼやいてるけど、いいじゃん。レベル上がるんだし。
「ただ返り血がなあ」
そんなのどうでもいいじゃん。
「はいはい、『暗闇』は下がってジョブチェンジですね。隙間は『ワールドワン』でお願いします」
「おうよ。すぐ戦線復帰するからな」
さすがに12パーティともなると、余力があるね。このままゆっくり進みながら、ジョブチェンジとレベルアップだ。うひひ。
そんなわたしはジョフクだ。これでエンチャンター系もばっちりだね。ヘリトゥラみたいに上手くはないけど、スキルが使えるってだけで意味があると思うよ。
「ぐわあっ! レベルをやられた!」
「だからサワ、ジョフクなんだから後衛!」
「ごめん、ズィスラ」
杖を振るってなにやってんだか、わたし。だけど負けないぞお。
「ターン、いくよ」
「おうっ!」
「そうら『渡来』」
わたしの転移スキルがターンを飛ばす。わたしとターンの絆は伊達じゃないぜ。
「サワ、敵の目の前だぞ」
あれ? 転移場所を間違ったかな。
「まあいい。『切れぬモノ無し』」
「ごめん、ターン」
ターンの戦闘能力が圧倒的だからよかったけど、こりゃいかん。封印しようかな。
「もっとだ。失敗を成功にすればいい」
ターンが男前すぎて怖いよ。
「わかった!」
◇◇◇
そうやってレベルアップ、ジョブチェンジ、交代で休憩を繰り返しながら3日。わたしたちは62層までたどりついていた。
とはいえ、そこもまたカエル氾濫だったんだけどね。いつまで続くのやら。
「サワ、ヤバいのが来る」
「なにターン。怖いこと、って!? おいぃ」
丁度中央広間に差し掛かったところに、巨大なテレポータートラップがあった。しかも、なんかが現れつつある。こいつぁ。
頭だけでもうわかる。わかってしまった。
「全員退避ぃ!」
そいつは6枚もの天使の羽を持っていた。悪魔のように鱗に覆われていた。赤く輝く目と、山羊角がネジくれている。青緑の肌がぬめるようにつややかに輝いて、強大な後ろ脚と『6本』の前脚があった。
だけど顔は明らかに、カエルだった。
「アークトードエンジェル……。ヘリトゥラ、キューン、ポリン、ごめん外れて。アンタンジュさん、シローネ、イーサさんとスイッチ。『ブラッドヴァイオレット』! ターン、接敵取れぇ!」
「おう」
どうせ魔法は効かない。なら、わたしがバッファー兼アタッカーで、後は物理最強メンバーを集める!
「でっかいカエルだねぇ」
「レベル210相当です」
「へえ、こりゃあレベルアップが捗りそうだ」
「斬ってもいいんだな」
アンタンジュさんとシローネが、あまりにも頼もしい。まったくもって最高の仲間たちだよ。
『ケロケロケロケロ』
そんな時に巨大なカエルが鳴き声を上げた。ただ聞くだけなら可愛らしいと言ってもいいかも。日本の田舎ならどんなに良かっただろう。
だけどこれは。
「スタン! 動ける人は手を上げて!」
スタン、すなわち一時的な行動阻害攻撃だ。HPは減らないけど、この状況で相手に先手を取らせるのはマズい。
すぐに手を上げたのはターンだけだった。ちくしょう。
「『フォ=デイアルト』!」
すかさず全体異常回復をかけたけど、一手遅かった。
「ぐはっ」
前衛にいたイーサさんとシローネが、ほぼ同時に吹き飛ばされた。六本腕めえ。
「『フォル・ラ=オディス』、『ラン・タ=オディス』、『ディバ・ト=デイアルト』」
全体回復と事前異常回復、継続回復を重ねる。即死さえしてなければ、これで態勢を立て直せるはずだ。お願い、シローネ、イーサさん。
「『マスターニンポー:超絶活性』『イガニンポー:影縛り』。アンタンジュ!」
「おうさぁ。『シュヴァリェ・ノワール』」
ターンが相手を拘束して、アンタンジュさんの一撃が腕を1本叩き落とした。
相手が聖属性系なのをよく分かってる。ここにきて闇属性の出番だ。そして、一拍の隙ができた。
「『BFS・INT』『EX・BFS・INT』『EX・BFW・SOR』」
わたしのレベルを削ったバフが飛ぶ。
「『八艘』『躍歩』『孤月』」
シローネがスキルを使って相手の懐に飛び込んで、カタナを一閃した。カエルの後ろ脚が飛ぶ。よっし、これで動きが止まる。
「『ヴァルキリーマニューヴァ』」
「『インメルマンターン』」
イーサさんとズィスラが同時に、グニャっとした軌道で敵に迫った。
「『イ・タノサーカス』!」
そして同時に繰り出したのは、お馴染みの短槍の乱射だ。その数は50本にも及ぶ。それぞれが複雑な軌道でもって、敵に突き刺さっていく。
「やったねえ」
光と共に消えていくアークトードエンジェルを見ながら、アンタンジュさんがしみじみと呟いた。
そうだ、わたしたちはレベル210相当の敵をやっつけたんだ。すごいぞ。
◇◇◇
「で、あれは何かな?」
「サワ、現実を見ろ」
「そう。わたしにはアークトードエンジェルが20体くらい、いるように見えるんだけど」
「ターンもだ」
ああ、いやな現実だよ。
「『ブラッドヴァイオレット』解散。元に戻して」
1体目を倒した途端、大量のテレポータートラップが展開されて、登場したのがこいつらというわけ。迷宮めえ、殺しにきたか?
こうなったらもう、最強パーティを組むこともできない。元々あったメンバーの連携に期待する。
「倒し方はさっき見せた通りで、闇系が弱点です。スタンに気を付けて!」
「『ラン・タ=オディス』、『ディバ・ト=デイアルト』」
誰の声だろう、事前回復をかけてる。大正解。
「『青』『茶色』『深紅』『緑』以外は、絶対に1体だけをフィールドに。いざとなったら『確定逃走』か『虚空一閃』!」
「了解だぜぇ。手前ら、ちびっ子共に負けんなよお」
今度はわかった。ゴットルタァさんの声だ。ちびっ子じゃないよ。
「ターン、上に『渡来』」
「おう」
なんでって、敵が飛んだからだ。跳んだじゃない。6枚羽は伊達じゃないってか。
「『コウガニンポー:五月雨』」
ターンの放った無数のクナイが、敵を地面に落とした。
「『秘宝サンポ』」
あれは、リッタかな。降り注ぐナイフは飛ぶ敵には有効だね。さっすがあ。
「ちぃっ、すまねえ。『虚空一閃』」
『ワールドワン』の誰かが『虚空一閃』を使った。カタナとレベルと経験値が、全部吹っ飛んだ。勿体ないけど仕方ない。
◇◇◇
「ぶはぁ、ぶはぁ」
「ふひー、ふひゅー」
見るも無残だ。誰もが膝を突いたり、大の字になって寝っ転がってる。
だけど、誰も欠けてない。みんなが生きてる。つまりはわたしたちの大勝利だ。
「はあっ、はあっ。サワ、トラップが消えてるわ。カエルもいない」
息も絶え絶えにリッタが辺りを見渡して言った。
「ふぅー、そうだねえ。みんな、凄いよ」
『虚空一閃』で4体。残り16体は全部倒した。『確定逃走』を何回使ったかなんて数えきれない。
それでも、それでもだ。わたしたちは切り抜けた。
「さて、ドロップをお楽しみに。それと素材も山分けですね。その前に勝ち鬨上げましょうか」
「おひゅうぅ」
「疲れたわぁ」
ジュエルトリアとアリシャーヤがなんとも締まらない声を上げた。
こうして後に『カエル大氾濫』と歴史に名を遺す氾濫は終息した。
同時に、討伐に参加した72名もその文献の片隅に名を残すことになる。
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