第72話 氾濫
「ごめん、ちょっと早いけど、戻ろう」
「どうしたの? サワ」
「気になることがあるの。クランハウスに戻ったら、いや、冒険者協会が先か。とにかく戻りながら説明する」
「分かったわ」
リッタは納得してくれた。
「サワがそう言うなら戻るわ!」
意外や意外、ズィスラもあっさりだ。なるほど、こういう性格なんだ。
残りのメンバーは聞くまでもない。
「『氾濫』? 聞いたことないわ!」
「深層に変なモンスターが現れて、そこから他のモンスターが押し出されるの。上へ上へ」
戻り道を急ぎながら、わたしは皆に説明した。
「それは例の『ルールブック』の記載ですか?」
イーサさんが都合よく解釈してくれた。正直助かる。
「ええ。兆候は、本来その階層にいないはずのモンスターが上に出ることです。普通でもたまにあるんですけど。それとレアモンスターです」
「ここのところ、レアモンスターが多いという話でしたね」
「下から来たのが、クリスタルツリーとかラージロックリザードですね。モンスターが変異して、レアモンスターが増えるっていうのも兆候らしいんです」
「上階層に来られると大混乱ね。でも、ある意味狩り時じゃない?」
リッタの想像は全くその通りだし、同時にヴィットヴェーン住人の限界なんだろうね。だけど、それじゃ終わらない。
「それだけじゃないんだよ」
「え?」
「モンスターが地上に溢れかえる」
「えええ!?」
大声で叫んだのはズィスラだ。
「じゃあ、迷宮の傍にある施設も、クランハウスもってこと!?」
「そう。だからどうにかしなきゃならない」
「どうするっていうのさっ!」
「私たちは何者?」
「冒険者。……まさか、戦うの?」
「当たり前じゃない」
わたしは敢えて笑ってみせた。
◇◇◇
予定より早くクランハウスに戻ったせいか、『クリムゾンティアーズ』と『ブラウンシュガー』は居なかった。
「サーシェスタさん、ベルベスタさん、ハーティさん、緊急です! 協会事務所に同行してください。残りはみんなに説明しておいて」
「分かった」
流石はターン。落ち着いたものだ。だけど多分説明はリッタかイーサさんがするんだろうな。
「なんだいなんだい、大袈裟だねぇ」
「大袈裟で済んだら喜びます。いいから行きますよ」
「まったく年寄をなんだと思ってるのかねぇ」
切り裂きウィザードだと思ってます。
「ハーティさん、会長にお会いする手続きをお願いします。サーシェスタさんとベルベスタさんは、目ぼしい人が居たら連れてきてください」
「広めていいのかい?」
「外れてわたしが恥をかく程度なら、全然問題ありません」
「そこまでかい。分かったよ」
ステータス・ジョブ管理課のスニャータさんが丁度空いていたので、ハーティさんが声を掛けに行った。さて、わたしは。ああ、見つけた。
「ケインドさん!」
「おう、どうしたサワ嬢ちゃん」
「会長の執務室に行きます。同行してください」
「ええ? おいおい、どうしたよ」
「大事です」
「……分かったよ」
『暗闇の閃光』のリーダー、ケインドさんを見つけて、酒場から引っ張り出した。
どうやらハーティさんも話を付けてくれたみたいだし、会長さんの執務室へ突撃だ。
◇◇◇
「『氾濫』、かい」
「はい。今はまだ可能性ですが」
「もし本当だったら大事だという事だね」
わたしは会長とその他の人たちの前で『氾濫』についての説明を終えた。『ルールブック』万歳。いや、それどこじゃない。
ケインドさんを始め、大手クランの誰かしらが参加してくれている。
時間が勿体ないんだ。持ち帰っての説明は各々お願いしますよ。
「記録には残っていないね」
「伝説みたいのだけど、聞いたことはあるよ」
そう言ったのはベルベスタさんだった。
「まだステータスも無い時代、大昔にモンスターが溢れて街が壊滅した。今のヴィットヴェーンは2代目だっていう、そういうおとぎ話さぁ」
静かな執務室に、ベルベスタさんの落ち着いた声が響いた。
だけどその内容は悲惨なものだ。街が滅ぶ。
そんなの許せるわけ、ないじゃないか。
「それでサワ嬢はどうすべきだと思うんだい?」
「まずは、本当に『氾濫』なのかを確認しておきたいと思います」
「それはどうやって?」
「『氾濫』には、原因になる特殊なモンスターがいると記載されていました。なので、深層に潜ります」
「どれくらいだい?」
「最低でも45層までは。そこまでに特殊モンスターがいれば、確定できると思います」
わたしの発言で、静かだった執務室が騒がしくなってしまった。
「ヴィットヴェーンの最深層を一気に更新かい。そこまで行けるパーティはあるのかな」
会長の目が厳しい。
「『ルナティックグリーン』が、いえ『訳あり令嬢たちの集い』が総力を挙げれば、1パーティは組めます」
「ほう」
「他のクランの皆さんにも最強パーティを出してもらって、40層まで援助していただければ、助かりますが」
「すまん。俺たちは判断できない。持ち帰らせてくれ」
ええと確か『リングワールド』のメンバーだったかな。まあ、そう言うしかないよね。
「『暗闇の閃光』は行ける。ただし例の二人を入れるがな」
ケインドさんは行けると言ってくれた。他の二人って、ダグランさんとガルヴィさんか。
「それでサワ嬢はどうするんだい。僕が止めたとしても、いや、そもそも協会にそんな権限はないからねえ」
「メンバーが納得してくれたなら、行きます。ダメなら、事前準備に力を入れます。どの道、同時進行ですね」
「事前準備?」
「はい。もしもですが、モンスターが地上に出た場合、ヴィットヴェーンの危機になります。ですので、石か何かで壁を作って、わたしたちのクランハウスに誘導します」
「おいっ!」
ケインドさんが怒声に近い声を上げた。そうだよね。『訳あり』のクランハウスの横には『施設』がある。
「もちろん施設の孤児たちは避難させます。その上で冒険者を集めて、クランハウスで迎撃します。場合によっては育成施設も拠点にしましょう」
「迎撃ったって、スキルが使えねえだろ」
「あっ!」
ゲームの『ヴィットヴェーン』だと地上マップが無い。ただ、コマンドで施設を移動するだけだ。
だけど『氾濫』の時は「地上にモンスターがあふれ出した!!」ってテキストだけで、後は普通に連戦しただけだ。
一応、操作しているパーティよりアベレージが2くらい低いパーティが複数行動している、なんて記載もあったっけ。
そのパーティたちが半壊して、さらに強い敵が出てくる連戦モードだった。
じゃあそれを、どうやってこの世界に折り合い付ける?
「『BF・INT』」
「サワ、何やってんだい」
サーシェスタさんがツッコミを入れるけど、魔法は発動しなかった。これをどう判断する?
「今のところ、地上ではスキルは使えないみたいです」
「今のところって、アンタ……、まさか!」
「はい。『ルールブック』によれば、迷宮から出てきたモンスターと地上で戦う場合、スキルは使えたという記述がありました。あったと思います」
「アンタの言う『氾濫』が起きてないのか、それともモンスターが地上に来るまでスキルが使えないのか、どっちかなんだね」
「そうだと、思います」
「それを踏まえて、あたしは探索に賛成だよ。やらないよりやっといた方がマシさ」
サーシェスタさんの言葉に、ベルベスタさんもハーティさんも頷いている。わたしも同じだ。
「明日の朝、もう一度会談しよう。『訳あり』『白光』『リングワールド』『晴天』、それと『世の漆黒』だね」
会長があえて『世の漆黒』と言った。事情通というか何と言うか。
「目標は45層を想定して、パーティメンバーを検討してもらいたい。出来る支援は冒険者協会で持つよ」
それはつまり、冒険者協会が『氾濫』の可能性を認めたということだ。
わたしの言葉一つだけが根拠なのに。ブルリと震えが来る。だけど、そんなのはどうでもいい。大切なのは、確認することだ。
モンスターが地上に来た時の対応を考えなきゃならない。
それと探索するパーティメンバーをどうする。それが今一番にわたしが悩むところだ。4人は確定だけど、残り二人をどうする。どうしよう。頭がぐるぐる回ってるよ。
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