第236話 冒険者の慌ただしいけど普通の日常





「『芳蕗改・音流し』、からの『てんいむい』!」


「やっちゃえ、ズィスラ」


 ヘリトゥラの声が迷宮に響く。


「『それが聖女のハイキック』! なんなのこのスキル?」


 それでもズィスラの繰り出したハイキックは、的確に敵、すなわち『マイフィルク』の頭蓋を砕いていた。



 ◇◇◇



 カエル氾濫は無事解決したけど。その後が大変だった。騒がしい人たちと、人事的な意味で。


 まず『フォウスファウダー一家』と『万象』が手勢を引き連れて到着したのが、氾濫終息の2日後だった。まあもめた。っていうか、ゴネた。特にアーマードヴァルキリーのオリヴィヤーニャさんが、ゴネた。


「われはなあ、道中ずっと想像していたんだ。皆の危機に颯爽と現れ、超位ジョブの力を見せつける自らの姿を」


 いや、ヴィットヴェーンの最精鋭は大抵超位だから。


「ハーティさん知恵、なんか考えてください」


「グレーターデーモン狩りとかはどうでしょう」


「ナイス」


「何をこそこそやっているのか」


 まあ、戦闘意欲を解消してあげりゃいいんでしょ。


「皆さん、150層でグレーターデーモンを狩りましょう。レベルも上がるし、ジョブチェンジアイテムも出ますよ!」


「ふむ、よかろう」


 そんなわけで、3泊4日の迷宮探索をして、彼女たちは帰っていった。なんなんだか。



 そして人事話だ。


「王都から侯爵へ、との打診が来ているが」


「お断りします」


 ポリィさんは、書面を手に真顔だった。だからわたしも素で返す。

 侯爵ってことは、ヴィットヴェーン全域を管轄することになる。フェンベスタ卿やサシュテューン卿を配下にする? 冗談にも程がある。わたしはサワノサキ領で手いっぱいなんだ。


「ああその、王家の面子というものが」


「そんなのは、オリヴィヤーニャさんとブルフファント侯、メッセルキール公あたりで抑え込んでください。ああ、ビルスタイン侯も追加で。なんならターナとランデ直筆でお断り状を出してもいいですよ」


「止めてあげてくれないか。陛下と宰相が頭を抱えるのが目に浮かぶようだよ」


 知るか。

 お偉いさんに繋ぎを持っていたかいがあるってもんだ。



「でも、ジェルタード会長が男爵になったのはアリですね」


「君がそれを言うかな」


 カラクゾット男爵は息子の会長に男爵位を引き渡して、カラクゾット男爵領の代官になったそうな。


「ああ、我も会ったが、実に晴れ晴れとしていたよ。どれだけ心労を溜めていたんだろうね」


「わたしの関知するところではありません」


 そんなに協会会長の父親というのは大変だったのかなあ。


「で、新男爵になった息子さんの方は?」


「執務室がひとつ崩壊したそうだよ。さすがは鍛えた冒険者だね」


 なにやってんだ、あの会長。

 でもちょっとは責任を感じなくもないかな。いや、ヤツはわたしとの婚約を破棄したんだ。これはもう、お話におけるざまぁ展開ってものだ。つまり私に責任はない。せいせいするぜ。


「ジェルタード男爵には同情を禁じえん」


「なんでベースキュルト卿が、そんなことを」


「こんな女伯爵閣下が事実上の冒険者筆頭だ。しかも鎖が付いていない。心労は計り知れないだろうさ」


 悪かったね。



「それではわたしは帰りますね」


「最後に聞かせてもらえるかな?」


 ポリィさんがマジ顔だ。どした。


「何をですか?」


「これから君たちが何を為すのかだよ」


 そりゃまた根源的なことを。


「異変があったら対応しますし、他の迷宮でなにかあったら助けに向かいます。でも一番大切なのは、ヴィットヴェーンに潜り続けて、レベルアップしまくることです。迷宮経済はご相談の上、ですね」



 ◇◇◇



 それで話は戻って208層だ。


「『ホワンキエム』からの、ずりゃああ」


 湖に沈みかけた敵の頭を、わたしたちの剣が切り裂く。スキルは無用。


 今のわたしはコウガニンジャ、フーマと継いでレ・ロイだ。これでなんと上位ジョブコンプリートなんだよね。しかもレベル197。どうだまいったか。

 ここに至るまでには、ターンによる厳しいニンジャ修行があったのは言うまでもない。にんにん。


「やったわ! レベル200よ!」


 ズィスラが嬉しそうだ。


「おお。一番乗りだねえ」


 上位ジョブを積み重ねた上で、レベル200の『フサフキ』。これはもう250層くらいいけるんじゃない?


「っ! ま、まだまだよっ!」


 なんでズィスラはそうツンデレくさいかなあ。ほら、口元隠せてないよ。



「むっ、グレーターデーモンだ」


「わたくしたちがとったわ」


 3頭のグレーターデーモン・アメジストが背後からやってきてた。接敵したのは『ブルーオーシャン』。ぐぬぬ、持ってかれたかあ。


「『エル=ラング=パシャ』。しばらく戦うから、マッピングをよろしくね」


 リッタが誇らしそうに言いやがった。ちなみに彼女はケンセイのレベル196だ。

 当然ウィザードメインだけど、剣を使った中距離戦闘ができないと、だってさ。本人は近距離のマスターニンジャかフサフキも狙ってるみたいだけどね。


「しゃーない。他を回ろう」


 背後じゃ、どかんばかんと戦闘音がしてるけど、今の彼女たちならだいじょうぶっしょ。


「あたしたちは一応、ここでフォローしとくよ」


「アンタンジュさん、助かります」


 どうせ回復スキルが尽きるまで養殖するんだろうし、戦闘後が心配だもんね。

 さすがは『クリムゾンティアーズ』、大人の余裕だ。



 で、4時間後戻ってきたわけだけど。


「れ、レベル211よ。やったわ」


 リッタめえ、15もレベル上げやがったな。妬ましいぞ。


「アイテムはどう?」


「『カッシュナート』が2本。それと『カニングフォーク』と『イーリアス』だよー」


 リッタとシーシャ、ワルシャンがヘバってるのに、ニャルーヤが元気に答えた。そういやイーサさんとワンニェも平気そうだ。VITの下地が違うね。ワルシャンは前衛系なんだから、もうちょっと修行が必要そうだ。


「ひぃぃ、がんばりますぅ」


 心読むな。


「ひぃぃ」



 ◇◇◇



「それで『カニングフォーク』と『イーリアス』なんだけど、そろそろ『セレストファイターズ』に回してもいいかなあって、思います」


「待ってくれ、サワ」


 ガンギマリの瞳が私に刺さる。6対、つまり『セレストファイターズ』全員だ。


「そいつは、ターナとランデにだ。アタシたちにはまだまだ早い」


「ウルマトリィさん」


「以前のカエル大氾濫でよおっくわかった。アタシたちは弱い」


「……そうですね。後衛火力と支援が、まだ足りません」


「サワっ!」


 リッタが咎めるけど、多分彼女たちが求めてるのは、現実に即した言葉だ。多分。


「ウチでアーチウィザードになれるのはポンタリトくらいなもんだ。だけど、ジャービルもジョフクも持ってない。要は足りないんだよ」


 静かに吐き捨てるようにウルマトリィさんは言葉を綴る。


「だけど三か月だ。それで150に行ってやる。ジョブも重ねる。そして堂々と超位ジョブになる。それを見てやがれ」


「わかりました。冒険者らしい、とてもいい言葉です。わたしたちこそ調子に乗ってました。見習います」


「おう」


「うむ」


 シローネとターンも腕を組んで頷いてる。まったくもって『セレストファイターズ』は冒険者だ。

 そしてわたしたちだって冒険者だ。負けないぞお。



 ◇◇◇



 そんな翌日だった。


「キールランターで3日前に氾濫が発生しました。救援要請です」


『シルバーセクレタリー』のハイッソーが端的に告げた。ホント、冷静。


「サワさん、どうしますか」


「そりゃ行きますよ、ハーティさん。『ルナティックグリーン』『ブルーオーシャン』『クリムゾンティアーズ』、もちろん『ライブヴァーミリオン』」


「おう」


「了解よ」


「ああ、腕が鳴るさあ」


 ターン、リッタ、アンタンジュさんがそれぞれ応えてくれた。クリュトーマさんは黙って目を閉じている。


「おれたちは?」


「シローネ、『ブラウンシュガー』はここの主力だよ。ハーティさんの言うこと聞いて、絶対にヴィットヴェーンを守ってね」


「おうっ!」


「『セレストファイターズ』は昨日の言葉どおりです。やってみせてください」


「あいよぉ!」


 みんなの返事が心地いい。それでこそ冒険者だ。



「明日の早朝には出ます。ハーティさん、手配を」


「了解です」


「さてじゃあ、いっちょ王都を救いに行きますか。着いたら終わってたなんて無様、晒しませんよお!」


「おう!」



 そう、これがわたしたち冒険者のあるべき姿だ。


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