第49話 可愛くて白い兎さん





「先行して『晴天』と『リングワールド』から特別パーティが出されます」


 ん? それって聞いてないよ。


「前衛3とエンチャンター1、プリースト1、ビショップ1の編成が2パーティです。階段の傍に配置されますので、もし、もしも撤退が必要と考えられましたら、補助をすることになっています」


 ああ、緊急避難の時の殿かあ。色々考えたんだろうね。


「あれ? ウェンシャーさん」


「ええ、わたしも行きます」


「会長さんなのにいいんですか?」


「今更ですよ」


 プリスート互助会現会長のウェンシャーさんだった。ビショップの1枠は彼女だったのか。


「危険かもですけど、よろしくお願いします」


「サワさんとターンさんこそ気を付けてくださいね」


「おいおい、あたしは?」


「互助会の会長で名誉貴族が、こんなに大変とは思いませんでしたよ」


「20年もすりゃ、解放されるさ」


「わたしエルフですよ」


「じゃあ200年かもね」


 サーシェスタさんとウェンシャーさんによる、謎の異種族会談だった。まあ、どうでもいいか。



「では、順に行きます。『白光』から『赤光』」


「おう!」


「『リングワールド』から『ワールドワン』」


「うっし」


「『晴天』から『木漏れ日』」


「おうよ」


 なんか一つだけ和んじゃいそうなパーティがあるね。


「『暗闇の閃光』、『ラビットフット』」


「準備はできてるぜ」


「こっちもだ」


「最後に、『訳あり令嬢たちの集い』から『ルナティックグリーン』」


「はいっ!」



「暫定のマップは昨日手渡した通りです。『暗闇の閃光』の皆さんには感謝致します」


「いや、構わない」


 別に『暗闇の閃光』が深層まで潜っているってわけじゃない。彼らの前身、当時の最大クラン『世の漆黒』が3年前に残したモノらしい。名を盤石にするために3パーティで潜って、生き残りは3名。しかも全員引退だったとか。

 その時の最大到達階層は39。これがヴィットヴェーンでの記録になっている。


 このマップも当然完全じゃない。だけど、35層の入り口から出口まで描かれているのが、とても大きい。助かるよ、本当に。



「では出撃してください。ご武運を」


『おう!』


 まずは『ワールドツー』と『木陰のベンチ』が出撃だ。どっちがどのクラン所属なのかは言うまでもない。ウェンシャーさん、気を付けて。


 間を置かず、5つのパーティも突入していく。最後はわたしたちだ。行くぞ!


「『ルナティックグリーン』出撃!」


 ターン隊長の掛け声の下、『ルナティックグリーン』は35層へ突入した。



 ◇◇◇



 最後に突入したわたしたちが35層に着いた時にはもう、陣形が完成していた。階段の前で陣取る『ワールドツー』と『木陰のベンチ』。それを囲むように待機する5パーティだ。


「さて、いよいよだな」


『木漏れ日』のリーダーというか『晴天』のリーダーさんだ。一応、今回の統括リーダー的立場にある。一応と言ったのは、最終判断は各パーティに委ねられているからだ。

 順番は大体決まっている。『木漏れ日』『暗闇の閃光』『赤光』『ラビットフット』『ワールドワン』そして『ルナティックグリーン』の順だ。大した意味は無い。強いて言えば、強弱を挟んだ感じってくらいだ。『ルナティックグリーン』は弱い側なんだよね。連携がちょっとアレなので。



「っ! サワ、モンスター!」


「ん!」


 ターンの指さす方向を見れば、階段から延びる通路の暗闇から数体のモンスターが見えた。


 白い、兎!?


「『緑』全速で前!!」


 誰かが『ルナティックグリーン』を『緑』とそう呼ぶ時は、一瞬の時間すら惜しい絶対命令だ。

 事前に厳命しておいたので、パーティの全員が指示通り前に出る。


「お、おいっ」


 後ろから誰かの声が聞こえるけど、聞いていられるか。アレはヤバいんだ!


「『DBW・SOR』『DB・AGI』『DB・AGI』『DB・AGI』『DB・AGI』ぃぃ!」


 4体のそのモンスターに全力で速度デバフを掛けていく。


「全員、絶対に目線を切らないで! ターン、標的指示!」


「んっ! ガルヴィ!!」


「なっ!?」


 次の瞬間、ガルヴィさんの首から血が噴き出した。


「『ラ=オディス』ぅ!!」


 わたしはターンの声を聞いた直後に、全回復の呪文を唱えていた。それくらいのタイミングだ。間に合えぇぇ!


 祈った時にはもう、ガルヴィさんの傷は治っていた。良かったナイトのVITとデバフが効いてくれたか?


「ベルベスタ! 中範囲!」


 もう『さん』付けで呼んでいる暇すら惜しい。


「『ダ=リィハ』!」


 さすがはウィザード互助会会長。即断してくれた。


 3匹の兎は炎に包まれ、そして襲ってきた1匹はターンのスタッフを叩きつけられて消えていった。



「お、おいサワさん。今のは……」


 ガルヴィさんが首を擦りながら聞いてきた。そりゃそうだよね、半分まで切られてたくらいだし。


「ボーパルバニー、です」


 そしてなんてこった。


「つまりここ、35層じゃない。37から39層です」


 わたしは忌々しげに、ドロップした兎の白い毛皮を見ることしかできなかった。



 ◇◇◇



「どうしたんですか!?」


 19層に戻った私たちを見て、ハーティさんが驚いている。そりゃそうだよね。まだ30分くらいしか経っていない。


「作戦を練り直す必要があります」


「どういうことですか?」


「38層でした」


「え?」


「この階段の先は38層です。モンスターと通路の形状から断定しました」


 唖然とするハーティさん。わたしだって、こんなことになるなんて思ってなかった。


「ど、どうしましょう……」


 混乱する気持ちはよく分かる。救出どころじゃない。作戦の中止まであり得る状況だ。



「俺は行くぞ」


 そう言ったのは『白光』のクランリーダーだった。


「……死にますよ?」


「死にやしねえ。気を付けて行くさ。どうした『緑の悪魔』がビビったか? 『クリムゾンティアーズ』を見捨てるって言うのか?」


 その台詞に周りの連中が殺気を纏う。特にターンが酷い。たしかに15歳の小娘に言うコトじゃないもんね。

 だけど今は効果なしだ。それくらい私の頭は冷え切っている。


「気を付けるとか、そういうことじゃありません。『確率的』に死ぬって言っているんです」


「か、確率? そんなもん、迷宮に潜ってりゃいつだって」


「わたしは死なないようにやってきましたよ。そのわたしが言います。断言します。次の階段までに6人中1人は死にます」


「……」


「そうなったら、後は分かりますよね」


 38層で一人でも欠けたら、待っているのは全滅だ。大体、層転移先までたどり着くのには、21層から37層まで抜けなきゃならない。ムリだよ。

 21層と22層にたまたま居てくれれば最高だけどさ。この場合、最悪も想定しなきゃダメだよ。


「じゃあ見捨てろっていうのか!」


 クランリーダーがわたしの襟首を掴んできた。流石に周りが止めようとしたけど、わたしが手で制した。


「今、考えているところなんです。邪魔をしないでください」


 目力なんて必要ない。冷たく冷めた目で相手を見下した。


「……すまねえ」


「いえ」


 煽る余裕も無いんだ。わたしは今、脳みそをフル回転させている。どうしたらいい、どうしたら。



「ハーティさん、層転移の後で出現するモンスターが階層相当に戻るまで、どれくらいですか?」


「1週間程度という記録が残っています。けど、確証はありません」


 1週間、1週間か。それくらいなら『クリムゾンティアーズ』も『紫光』も耐えられるはずだ。出てくるモンスターは20層から22層のどれかなんだから。

 最悪のケースは38層にパーティが飛ばされていて、その上で1週間が経過した時だ。その場合そこにいたパーティは、間違いなく全滅する。


 ここの物資も大丈夫だ。なんせ片道6時間で行き来できるんだから。じゃあ、やるしかないね。


「あの、サワさん?」


「策ができました」


 わたしはハーティさんに断言してみせた。


「ホントか!? サワの嬢ちゃん!」


「ええ、キツイですよ」


「構やしねえ、なんでもやる! 言ってくれ」


『白光』のクランリーダーを始め、周りの全員が頷いている。後で泣き言を言っても聞かないよ?



「やることは単純です。レベルアップをします」


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