第50話 オーバーレベリング
「ありったけのポーションと職人、それとプリーストとエンチャンター、ウィザードを集めてください」
「ですがそれは……」
「あと、ジョブチェンジ用のアレ、なんでしたっけ」
「まさかアーティファクトもですか!?」
「お願いします」
そう言ってわたしは踵を返して、階段を降りた。
背後で何か言っているハーティさんの叫びは聞こえない。聞こえないんだ。
◇◇◇
「すぐ下に38層があることを利用します」
それがわたしの出した結論だった。
38層。ヴィットヴェーンに住まう現役冒険者たち、その全員が行ったことのない階層だ。そこでレベルを上げてやる。
わたしは全部のモンスターを知っている。その特徴も併せて全部知っているんだぞ。だから38層で効率よく経験値を稼いでやる。パワーレベリングならぬ、オーバーレベリングだ。
38層の階段前に、インベントリからマーティーズゴーレムの木材と、ネービルイヴィーの蔦を取り出して、陣地構築をお願いした。19層も同じ感じだ。これで、19層と38層に安全地帯を構築するわけだ。
さて、38層のモンスターは厄介だ。一番ヤバいボーパルバニーは柔らかいけど、クリティカルを繰り出してくる。まずはこれの対処だね。クリティカル率はレベルとVIT、AGI依存だ。単純にレベルを上げるのが一番早い。そして経験値も美味しいんだ。
基本はふたつだ。AGIで避けるか、盾とVITで受けるかだね。なので、そういう編成を組む。
「ウォリアーかナイトは、とにかく盾を持って密集してください。シーフ、ニンジャは、挙動を見切ってください。跳べば直線です。軌道をずらせばカモですよ」
「ファイター系はどうするんだよ」
「両者の中間です。軌道を見切って、そこに剣を置く感じです」
ボーパルバニー対策はこんな感じだ。
「あとはタイラントビートルと、クリーピングシルバー、ウィルウィー=オスプ、マーダーベア、ロックリザードですか」
安全性を重視した斥候を出して、38層に現れるモンスターは大体調べがついた。魔法耐性や、物理耐性、それぞれを皆に周知していく。
パーティは大きく2種類に分けることにした。基本はタンクを1枚、シーフかニンジャを1枚、エンチャンターを1枚、プリーストを1枚。ここに物理アタッカー2か魔法アタッカー2を加える。
2パーティを一組で扱い、敵を見てから戦闘するパーティを決めるやり方だ。
さらに、各所に木製の柵を作り、モンスターの行動を制限する。
ゲームじゃできないことだけど、リアルとの狭間のここでは、それができるんだ。なんなら、柵越しに戦闘状態に持ち込むことも可能だ。兎狩りにはこれがベストだと思う。
◇◇◇
「ここまでで丸1日。余裕を見てあと3日でレベルをできるだけ上げましょう」
「目標は適正レベルくらいでしょうか」
「いえ33から35もあれば、道中で上がりますよ。ジョブチェンジについては悩むなあ」
わたしとハーティさんは38層の陣地で話し合っていた。
同時に19層でも『ブラウンシュガー』や『村の為に』なんかがレベル上げをやっているはずだ。
「じゃあ、『ルナティックグリーン』も出ますね。ベルベスタさんとハーティは入れ替わりでレベル上げですよ」
「分かりました。12時間交代ですね」
スキルは3時間熟睡すれば復活する。9時間行動して3時間睡眠を2セット、これを基本にする。
睡眠はウィザードの魔法、『ノティカ』を使って強制的に、そして9時間の戦闘はバイタルポーションを飲んで無理やり行うんだ。我ながら酷い。
「それにしても『ルナティックグリーン』は凄いですね。サワさんのジョブチェンジがこんな意味を持っているなんて」
そうなんだ。『ルナティックグリーン』は凄い。全員物理アタッカーが可能で、ヒーラーが2人、シーフが1人、エンチャンターも1人、更に魔法アタッカーが2人。タンクだって2人ができる。人数が合わないぞ。これぞマルチロールの醍醐味だ。
だから『ルナティックグリーン』だけは、攻勢に出る。積極的に扉を開けて敵を蹴散らし、宝箱を漁るんだ。
場合によっては徘徊する敵を、適切なパーティに押し付けることもやる。効率だよ効率。
「虫1、熊2!」
蹴破った扉の先には、タイラントビートルとマーダーベアがいた。ターンが素早く判定した声を聞いて物理アタッカー、つまりわたしとサーシェスタさん、ガルヴィさんでタイラントビートルを狙う。2頭のマーダーベアは、ダグランさんとターンがタンクで抑えている間に、ベルベスタさんの魔法攻撃だ。
1分と経たず、戦闘は終了した。
「来た来た、さすが38層!」
わたしとターン、ベルベスタさんが光に包まれた。
これでターンがレベル19、ベルベスタさんが20、わたしが16だ。この3人はマルチジョブなので、レベル30くらいあれば、下を目指せると思う。
「さあ、次に行きましょう」
「おう!」
結局2日目は、わたしがレベル19、サーシェスタさんが31、ターン、ベルベスタさん、ハーティさんが21、ダグランさんとガルヴィさんが20になって終わった。
ついでに、宝箱から良い装備も出てきたので、適性に合った人たちに配った。もちろんパーティなんて関係なくだ。残念だけど『カタナ』『クナイ』『シュリケン』は出ていない。
昼か夜か曖昧な迷宮で食事をしながら、明日以降の予定をみんなで考える。
「サーシェスタさん、ベルベスタさん、ダグランさん、ガルヴィさんはこのまま装備を充実させながらレベル上げですね」
「待ってくれ、あたしゃコンプリートしたらファイターだ」
「ベルベスタさん、いいんですか?」
「エルダーウィザードに拘っている場合じゃなかろうさ。それに、モンスターを斬るのも楽しくなってきたところさぁ。事件がおわりゃ、幾らでも上げられるさね」
「分かりました。わたしはコンプリートしたらソードマスターになります。格好良いですよね、ソードマスター」
「おお、サワさん分かるか!」
「ええ、『霊斬』でしたっけ、ウィルウィー=オスプを斬るなんて、滅茶苦茶じゃないですか」
ダグランさんが嬉しそうだ。
「ハーティさんはどうします?」
「そうですね……、エンチャンターを考えています」
「わたしのフォローですか?」
「それもありますね。サワさんが前衛アタッカー寄りになってきているので、エンチャントを私がやるのがパーティのためになると思います」
「助かります。ターンは?」
「速さが足りないから、ファイター?」
「ニンジャなら最高なんだけどね。仕方ないね」
そうして私たちは3時間の強制睡眠に入った。
◇◇◇
さらに翌日。
「レベル、レベル、レベル!」
「経験値!」
「レベル寄越しなあ!」
「ほうら、レベルをおくれよぉ」
「レベルだ! レベルゥー!」
「経験値だ! レベルだ! 強さだ!」
いかにも『ルナティックグリーン』な台詞を吐きながら。わたしたちは扉という扉を開きまくっていた。
レベルが上がって、装備も充実していく。連携も合っていく。最高じゃないか!
「なあ、お前ら。特にダグラン、ガルヴィ。お前らまで染まってどうするんだよ」
「何言ってやがる、こんなに楽しいことは無いぜ」
「ああ、俺も『訳あり』に入れてほしいくらいだ!」
「ホント、お前らなあ」
『晴天』のリーダーさんが、ダグランさんとガルヴィさんになんか言ってるけど、知るか。強くなるのは正義だ。すなわちレベルは絶対正義なのだ。
オーバーレベリング2日目終了時点、事件発生から3日目のリザルトはこんな感じだ。
わたし、ファイターレベル22、多分後レベル1個でコンプなので、そこからはソードマスターだ。
ターン、ファイターレベル10。見事ウィザードをコンプしたので、ファイターへのジョブチェンジ完了だ。ウェポンはまだ出ない。
サーシェスタさん、モンクレベル34。
ベルベスタさん、ファイターレベル12。こちらもジョブチェンジ完了。
ハーティさん、エンチャンターレベル8。ウィザードをコンプして、エンチャンターになった。
ダグランさん、ソードマスターレベル26。ガルヴィさん、ナイトレベル27。
ダグランさんとガルヴィさんは、間に合わないかもしれないね。だけど二人とも進む気マンマンだ。その気持ちが嬉しい。
「サワ! ターン!」
そろそろ明日に備えて寝ようかと思っていた時に、『ブラウンシュガー』が38層に降りてきた。
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